注目の若手・津川恵理氏(ALTEMY)による“ビルの中の大地”、「まちの保育園 南青山」を体感する──みんなの建築大賞2025ベスト10から④

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 ALTEMYを主宰する津川恵理氏の名前を筆者(宮沢)が知ったのは、コロナ禍の真っ只中だった。

 「ポーラ美術館(神奈川県・箱根町)が、チケットカウンター前で来館者を誘導するために、ALTEMYのデザインによる『Spectra-Pass』を2021年8月から導入──」というニュースだ。コロナ禍が拡大し世の中が右往左往するなかで、津川氏は「周囲の人との間に一定の間隔を保ちながら、チケットカウンターに整然と人が並ぶ」ことをサポートする“誘導装置”を設計した。筆者は実物を見ておらず写真を載せられないので、事務局仲間である「TECTURE MAG」さんの記事(こちら)を見てほしい。単なる機能を越えて美しい。こんなもので「建築空間」をつくり出すことができるのか…。これも写真が載せられないが、石上純也氏のデビュー作、「レストランのためのテーブル」(2003年)を思い出した。

津川恵理氏。ALTEMY代表。床の起伏を伝えるため、モデルポーズで撮らせてもらった。神戸生まれ。2013年京都工芸繊維大学卒業(エルウィン・ビライ研究室)。2015年早稲田大学創造理工学術院修了(古谷誠章研究室)。2015~2018年組織設計事務所に勤務し、東京オリンピック2020選手村、海外/国内のホテルや集合住宅の設計に従事。2018~2019年Diller Scofidio + Renfro (NY)に文化庁新進芸術家海外研修生として勤務。国際コンペ、ヴェネツィアビエンナーレの展示制作、トロント大学の基本設計、カジノの実施設計、プラダの鞄デザイン「PRADA Invites」、都市演劇「Mile Long Opera」の演出等に従事。2019年ALTEMYとして独立。2020年より東京藝術大学教育研究助手に着任(写真:特記以外は宮沢洋)

 長い前振りになってしまった。そのポーラ美術館の件以来、ずっと頭の隅に引っかかっていた津川氏が、今回の「この建築がすごいベスト10」に選ばれた。2024年春に開園した「まちの保育園 南青山」である。これはいい機会だと思い、津川氏に初めて会った。

(写真:介川亜紀)

 会ってみたいこともあったが、この空間を体験してみたかった。写真で選ぶ賞を運営しながら言うのも何だが、写真ではちょっと伝わりづらい。おしゃれで清潔なだけの空間にも見えてしまう。

居室の採光のため、窓際に乳児室を配置(写真右手)。水回りの排水勾配を確保するため、床レベルを共用廊下よりも300㎜上げる必要があり、それを逆手にとって緩やかに隆起する床とした。各乳児室には法に定められた二方向避難が成立している

 推薦委員が集まって行われた選定会議で、津川氏を強く推した委員の1人は、同じ苗字の津川学記者だ。筆者よりも年上の大ベテラン。彼のコメントはこれだ。

「ビルのワンフロア。真っ白な隆起する地形(床)は自然の大地のようでもある。園児は「名もない隆起の場所」で、その建築との対話を通して身体を育てていく。完成後も「デジタル保育」を支援。」(津川学)

 体験してみると、確かにそういう空間だった。

 写真では、白くうねる床がガラス質の樹脂に見えたのだが、左官仕上げだった。靴下で立っても、ちょっとざらっとした感じが伝わる。足の裏で踏ん張る実感がある。「自然の大地のよう」というコメントは大げさではない。

隆起する床(一般部)の断面は、上から専用トップコート、専用仕上げフィラー1㎜、グラスファイバーネット+専用下地フィラー1㎜、押し出し発泡ポリスチレンフォーム50㎜~、構造用合板12㎜という構成。スタイロフォームはデジタル切削した
左官の起伏ではない部分は、コルクフローリング

能動的に身体を動かし、他者との距離や関係性を築く」

 筆者が納得したとしても、結局は写真で伝えるしかない。無駄な形容を並べるよりも、津川氏(設計者の方)が自身のサイトに載せているコメントを引用する(太字部)。

感性のランドスケープ

 この保育園では、年齢や身長の異なる園児たちの活動に明確な境界を設けず、大らかな大地のような床や曲線で保育園全体を構成することで、各領域や活動が混ざりあい、重なっていくことを目指します。

 こどもたちの身体の感覚それ自体から表現が生まれてくるように、高低差のある床面や曲面を有した環境を考えました。多様な起伏がある床は、身体性を伴いながら、子供たちの発見を促す場になったり、時を経て自分の成長を実感する場となったり、異なる他者を認識し共に学び合える場となります。能動的に身体を動かし、他者との距離や関係性を築いていくことで感性を育んでいきます。

 明確な境界を設けないことで、保育士さんやまちの人が子供たちの創造的な活動に気軽に関わっていくことができ、大人と子ども/保育園とまちが一体となっていきます。青山の多様な文化との交流を経て、出逢いを紡ぐ、新しい青山の顔となっていくでしょう。

 環境と身体との接続から領域を知覚する保育園としての新たな建築です。

左官の起伏は映像を映すスクリーンともなる
写真がうまく撮れなかったが、くぼみに水の波紋が現われる
1歳児室

公開コンペでこの案を選んだ事業主の英断

 この保育園は、「ポーラ青山ビルディング」の3階にある。冒頭にポーラ美術館のチケットカウンターのことを書いたが、津川氏はそれが評価されて設計者に指名されたわけではない。クライアントが異なる。園の事業主であるナチュラルスマイルジャパンは2022年、独自に設計者を選ぶ公開コンペを実施。津川氏はポーラ美術館の縁でそのコンペを知って応募し、当選を果たした。その時点で、隆起する床の案だった。普通の保育園事業者なら、チャレンジング過ぎてたぶん選ばないだろう。

 ナチュラルスマイルジャパンは博報堂出身の松本理寿輝氏が2010年に立ち上げた会社だ。「一人ひとりの存在そのものを喜び、互いに育みあうコミュニティを創造する」を理念に、2011年、まず「まちの保育園 小竹向原」を開園。現在は都内の6か所で認可保育園・認定こども園を運営している。「まちの保育園 小竹向原」(設計:宇賀亮介建築設計事務所)と「まちのこども園 代々木公園」(設計:ブルースタジオ)は建築専門誌の老舗『新建築』にも掲載されている(前者は2012年4月号、後者は2018年6月号)。つまりはクライアントが建築の目利きなのだ。津川氏はチャンスに導かれ、周りがほおっておかない人なのだろう。

開園から1年近くがたつのに室内がきれいなことに驚かされる。これからオープンする施設のよう。スタッフの“建築愛”あっての空間だ
入り口。扉の円は現代美術作家、SHIMURAbrosのアート作品

■まちの保育園 南青山/ALTEMY
所在地:東京都港区南青山二丁目5-17 ポーラ青山ビル3階/発注者:ナチュラルスマイルジャパン/設計者:ALTEMY/設計協力者:Gn設備計画(機械設備)、EOSplus(電気設備)、Talking about Curtains(テキスタイル)、Donny Grafiks(サイン)、ナガサワ(家具制作(置き家具のみ))、studio arch(特殊家具設計制作)、SHIMURAbros(エントランスアート)/施工者:ミライズ/延べ面積:381.63m2/施工期間:2023年10月~2024年2月/開業日:2024年4月1日/主な雑誌掲載:新建築2024年11月号

■投票はこちら→XInstagramGoogleフォーム

 第2回となる今回の「みんなの建築大賞」は、投票の参考として、ノミネート建築の設計者によるライブ解説の場を設ける(オンライン配信)。開催日時は2月1日(土)19:00~20:30。津川氏は中盤辺りに登場予定だ。若手の注目株のプレゼン、ぜひライブで見てほしい。

YoYouTubeURL→https://www.youtube.com/live/XieqK9uJVRM

ポーラ青山ビルディングもノミネート!

 ところで、すでにお気づきかと思うが、この保育園が入る「ポーラ青山ビルディング」も、今回の「この建築がすごいベスト10」に選ばれている。同じ場所だが、発注者と設計者が異なるということで、別のエントリーとした。

 子どもたちは復原・移築された土浦亀城邸の脇を抜け、専用のエレベータ―で3階に上がる。園のガラス窓からは土浦邸が見下ろせる。いつかここの卒園生から日本を代表する建築家が生まれることを願う。(宮沢洋)

園に通う親子は土浦亀城邸の左脇を抜け、建物内に入る

■「ポーラ青山ビルディング」を含む他のノミネート作はこちらから↓