芦澤竜一氏本人が覚えているかどうかはわからないが、筆者が前職の『日経アーキテクチュア』時代に初めて彼を取り上げたのは、群馬県伊勢崎市の「Sg」という戸建て住宅(2009年)だった。それは四角い部屋を、複数の庭を挟んでパズルのように並べた住宅で、屋上が高さの異なる緑化庭園になっていた(詳細はこちら)。そのときには、師匠譲りの幾何学な空間構成が主役で、屋上緑化は施主の好みに合わせたおかずなのだろうと思っていた。それが15年たって、こんな方向に進もうとは……。


琵琶湖の北西側。高島市マキノ町に4月19日にオープンした「メタセコイアと馬の森」である。
前編で取り上げた「グラウンディングツリー」もそうだが、たぶん、芦澤氏が安藤忠雄建築研究所出身だとは今は誰も思わないのではないか…。ご存じない方のために言うと、芦澤氏は早稲田大学建築学科を卒業した後、1994年から2000年まで約6年間、安藤忠雄建築研究所に在籍。「淡路夢舞台」(2000年)などを担当した(詳しく知りたい人はこちらの記事を参照)。
「メタセコイアと馬の森」は、観光地となった「メタセコイア並木」に近い小さな牧場で、競走馬を引退した馬たちが暮らす。来館者は乗馬や馬車体験、ミニチュアホースを間近で見ながらのカフェタイムが楽しめる。引退競走馬の支援活動などに取り組む TCC Japan(滋賀県栗東市、代表取締役:山本高之)が建設し、運営する。

実は『ひととき』(ウェッジ刊)という旅雑誌で、2025年7月号から「建築トライアングルツアー」という不定期連載が始まることになり、その取材で行った(『ひととき』は新幹線のグリーン車で無料で読めるほか、こちらで購入できる)。紙幅の都合でそこでは詳しいことが書けずもったいないので、同誌の編集部と発注者の了解を得て、このサイトでも紹介することにした。
この建築は執筆時点でまだ建築専門誌に載っていない。取材の参考に、芦澤氏からコンセプトのメモをもらったので、それを引用しながら見ていこう。
■受け継がれて里山の風景が残る場所 マキノ
滋賀県の湖北にある高島市マキノ町、比叡山からの豊かな水や多様な植生、生態系が存在しており、生の里山の風景が残る豊かなエリアである。湖岸には江戸時代から残る石積みがあり、同じ高島市の針江地域では湧水を飲料や炊事に使う文化(カバタ)が今も残っている。マキノ町には防風林としてメタセコイアが植樹され、高原らしい景観の並木として観光名所となっている。積雪や山風など、厳しい自然と共生している地域である。敷地はメタセコイアの東にある小さいエリアでありながら、周辺地域を一体としてとらえた馬車運営や、広大な山地・田園が広がる奥行きのある地形を意識した計画が求められた。

▪馬と人が過ごしやすいの共生の空間をつくる
引退馬のセカンドキャリアとして引退馬を事業で活かす取り組みを行っているTCC Japanを施主としたプロジェクトである。ランドスケープとして馬を放牧するエリア、馬車・引馬の発着地となるエリアがあり、建築として訪れた人がくつろぐカフェと馬車や引馬の待合所の計画を行った。馬と人のふれあいの距離をデザインしながら、周辺地形も含めたランドスケープと建築が一体となる計画を行った。

■周辺のランドスケープと連続する緑化建築 / メタセコイアの森
本計画地はメタセコイア並木の近傍にある敷地で、北西側に広がるメタセコイア並木と雄大な比良山系との関係性が求められた。比良山系から琵琶湖までの水の流れを地形から読み取り、敷地内の造成を行いながら、建築が周辺のランドスケープと一体化した計画を行った。また、敷地の中央に建物と舗装路で取り囲むように馬と人のふれあいの広場を設け、広場内や建築周辺にシンボルツリーとなる黄金メタセコイアを含めた計19本のメタセコイアの植栽を行い、メタセコイアの森として新たな地域の象徴となる建築・ランドスケープの計画を行った。

建築に使う素材は近畿圏を中心とした近隣県産の自然素材を基本とし、木造の滑らかな曲面の大屋根は薄板を編み込むような構造体となり、力強い丸太材が曲面屋根を支え、屋内外に広がる版築壁がそれぞれの柱を繋ぐことで、最大6mを想定した積雪にも耐えるしなやかな構造体を設計した。大屋根の上は屋上緑化を行い、屋根の傾斜に合わせて盛り土を行うことで、建築とランドスケープが一体化した周辺の山々の風景に呼応する建築となっている。



南側のカフェ・オープンエリア内部からは、北側の比良山系の山並みを一望することができる。
北側待合棟の壁は、ストロベール下地の土壁で、冬場の蓄熱効果を期待している。


■地形によって微気候をつくり、厳しい自然環境の中で過ごしやすい環境をつくる
周辺の地形を読み込んで設計した微地形と、ふれあい広場内に設けたスウェイル、大屋根によって集水した雨水によるビオトープなどによって水の流れや風の動きをつくり、敷地内にマイクロクライメイトをつくることで、居心地がよく穏やかな空間を実現している。
風 … 卓越方向を考慮して、北からの風を受け入れるように建築の前面に水飲み場を配置する。水を通過する風によって、夏は冷却効果、冬は湿気を建築内部にもたらす。
雪 … 冬季に雪が降り積もる際は、雪を受け入れ、かまくらのような機能を持たせる。奇跡の少ない内部空間では暖気が上昇して天井まで登ると下降するという熱循環が活発に起き、同時に雪に内包された空気の断熱効果により、熱を閉じ込めて最低限の熱源で空間を暖める。
水 … 琵琶湖に向かって緩やかな斜面の敷地を読み取り、水を大地に浸透するためのスウェールを計画している。降雨時は建築前面に設けた木造屋根から鉄の水瓶に落とし、水飲み場に貯水を行う。オーバーフローした水そして建築背面に降った雨は入口側のビオトープへと導かれ、水性植物に潤いをもたらす。水の動きをデザインした。


熱 … 太陽高度が低くなる冬季においては、北側待合棟は建具を締め、土間床やストロベール壁で日射熱を蓄熱し、内部空間を暖め、暖房を不要とする。屋根上の雪は、断熱に寄与する。
■馬の動線を簡潔化する
馬車・引馬コース・厩舎の出入りの動線の起点を一点に集約化することで管理効率を高めます。起点を中心にそれぞれ円を描く動線計画とすることで、馬の合理的で美しい動きを引き出します。合わせて馬・来客・従業員の動線が敷地内で交錯しないように計画し、管理効率を高めます。



クライアントであるTCC Japanの山本高之代表は、芦澤氏と同世代。「ランドスケープと一体となった施設をつくりたい」と自分で建築家を調べ、正攻法でWEBサイトから依頼したという。発注者の強い想いがあって生まれた建築だ。

筆者はJR湖西線のマキノ駅からバスで行った。「マキノピックランド」でバスを降りると目の前だ。
洞窟のような入り口を入ると、10人中10人が「おおっ」と声を上げていた。そういう建築って少ないと思う。各部のデザインが魅力的であることに加え、流れとしての見せ方がうまいのだ。

筆者が建築を取材するようになった1990年代前半はポストモダン末期で、取材する建築の多くは、予備知識がないと意味がよくわからない“知の建築”だった。ここは、何の予備知識がなくても「自然環境から形を導いた」ことが伝わる“地の建築”である。



琵琶湖周辺には芦澤氏の“地の建築”が多く集まっており、前編の最後で触れた「セトレマリーナびわ湖」(2013年)と「ヤンマーサンセットマリーナ」(2023年)のほか、「湖月庵」(東近江市、2021年)、「守山市立北部図書館」(2023年)」など、車があれば1日でぐるっと回れる。ぜひ琵琶湖芦澤建築巡礼に出掛けてみてほしい。
前編を読む↓。