いよいよ明日4月13日に開幕する大阪・関西万博。今後も記事は書くと思うが、「プレビュー」と謳う記事はこれが最後となる。
これまでは全ての施設を見きれていないこともあり、技術寄りの視点で取り上げてきた。客観性のオーラが出しやすいからだ。それはある意味“逃げ”でもある。しかし今回は開幕前最後のまとめであり、4月9日のメディアデーでほぼほぼ見ることができたこともありで、”完全主観”、筆者(宮沢)の心が動いた空間体験ベスト3について書く。
地面の起伏を格子状の影が増幅する服部+新森の「休憩所 4」

1つ目はこの「休憩所4」だ。
おそらく「何それ?」だろう。筆者も技術的な観点で前情報を読んでいた時にはノーマークだった。しかし、これが空間としてすごくいい。

万博の公式サイトではこう説明されている(太字部)。
【施設概要】
1設計者:服部 大祐 + 新森 雄大 | 一級建築士事務所 Schenk Hattori + Niimori Jamison 2主用途:休憩所、トイレ 3階数:地上 1 階 + 地階 1階 4延床面積:248.84 m² 5構造:鉄骨造

【設計コンセプト】
私たち人間が築き上げてきた世界は、目覚ましい進歩と引き換えに時に不自然な断絶を生み出し、「向こう側のいのち」への想像力を弱めてきたかもしれません。 「多様さからうまれる、かけがえのないひとつの世界」を守り、さらなる未来へと発展していくために、 こちらとあちらの断絶を弱めていき、共に生きる感覚をいま一度思い起こすことは重要だと考えます。 本計画は、敷地要件による土の掘削、それを型枠にした鉄筋のパーゴラ屋根でつくられる、半年のあいだ 現れる「多様な他者と共にある広場」です。
ね、コンセプト文を読んでも全くわからないでしょう(笑)。でも、これが実にいい。地面の起伏を格子状の影が増幅するからだろうか。

設計主旨に「土の掘削、それを型枠にした鉄筋のパーゴラ屋根」とあるので、足元の起伏に沿って鉄筋を組み、それを反転して連続させた、ということなのだろう、たぶん。

ここで休憩していた若い人たちも「ここ、すごくいいよね」と言っていた。建築好き以外にも伝わるのだと安堵。万博を見に行く人はぜひ、ここで一休みしてほしい。場所は「静けさの森」の北東側だ。
設計者の2人はこんな人。
服部大祐:1985年横浜生まれ。2008年 慶應義塾大学環境情報学部、神奈川・学部卒業。2012年 Accademia di Architettura, Mendrisio (CH) – 修士課程修了。2014年 Schenk Hattori, Antwerp (BE) / 京都 – 共同主宰。
新森雄大:1986年徳島県生まれ。滋賀県立大学大学院人間文化学研究科、スイス・イタリア大学大学院メンドリジオ建築アカデミー修了後、2018年Niimori Jamisonを共同設立。

プリツカー建築家だからこその挑戦「Better Co-Being」(宮田館)
これは、昨年末の段階から万博関係者の何人かから「あれはすごい」と聞いていたパビリオン。「静けさの森」の中にあり、なかなか近づくことができなかったが、4月9日のメディアデーでようやくはっきりと見ることができた。

テレビでもよく見る宮田裕章氏(慶應義塾大学医学部教授)がテーマ事業プロデューサーを務めるシグネチャーパビリオン(本万博のメイン施設群)、「Better Co-Being」だ。屋根も壁もなく、万博会場中央にある静けさの森と一体となって佇むパビリオンである。設計はSANAA、敷地面積は1634.99㎡。
青空にこの繊細な格子の広がり。これぞ新たな空間体験!

パビリオンのサイトにある説明がかなり詳しいので、それを読みながら、動線順に写真を(太字部)。
■万博博覧会の会場における「Better Co-Being」
近代の万博は大量生産・大量消費社会の象徴でもあったが、その構造が限界を迎えつつある現在、新たなビジョンを提示する責務がある。

大阪・関西万博の「大屋根」は、多様な人々をゆるやかに包み込みながら、同じ空を見上げるという体験を用意する装置として設計された。同じ空を共有する行為には、社会的・文化的背景の異なる者同士が、悲しみや喜びも含めた感情を分かち合う潜在力がある。この共通の視点を通じて、多様性を否定せずに未来を思い描くきっかけが生まれる。
Co-beingの本質は、決して強制的な同質化ではなく、むしろ互いの差異を認めたうえで、「同じ空」を共有することにある。これこそが、大阪・関西万博において「Better Co-Being」という概念が担う重要な意義といえよう。

■Better Co-Beingパビリオンの空間
SANAAが設計したパビリオンは、周囲を森にかこまれた空間の中で、森と溶け合うようにそこに佇む。この建築には既存の概念であるところの天井や壁はない。高さ11mに四層からなるシルバーのグリッド状のキャノピーが敷地を覆い、地上部にはそれを支える細い柱のみが配置されている。緻密に設計された柱と接合部により、キャノピーはそこに雲のように浮かぶ。この建築に風雨を遮断する機能はなく、Better Co-Beingパビリオンの理念を体現し、またアートを軸とした体験を行う舞台装置としての役割を果たす。

自然から人々を遮断し、また空間を画して意味づけを行う建築の機能は今後も重要であろう。一方で会場の中心に森を招き、生態系とのつながりの中で未来へと歩を進める森とBetter Co-Beingパビリオンの体験においては、つながりと広がりを重視した。そのような体験を実現する上で、アーキテクチャは人と世界をつなぎ、未来への可能性を広げる役割を果たす。


パビリオンのキャノピーを通して見上げる空は、いつもの空とは違う表情を見せる。シルバーのキャノピーを通して切り取られた空は、時に太陽や雲の動きをよりダイナミックに知覚させ、時に光の色の変化をとおして繊細に伝える。曇りの日は空と一体化するように不思議な存在感を放ち、夜の闇の中では宇宙の一部であることすら感じさせるかがうような光景である。この「空をともに見る」という行為は、万博会場でさまざまないくつものアートに共通するものである。
SANAAのデザインしたキャノピー通して見る空は、多様な未来をともに感じながら、ともに歩むという点において、Better Co-Beingの中核をなす体験であると言える。

ベテラン世代の万博好きは1970大阪万博のスイス館(光の木、設計:ウィリー・ワルター)を思い出すのではないか。そしてその水平方向への広がりは、同じく丹下健三によるお祭り広場大屋根も想起させる。コンセプト文にはどこにも書いていないが、きっと前大阪万博の記憶の継承を意識していると思う。
何よりも、これはSANAAなのか宮田氏なのかはわからないが、メインのパビリオンのひとつなのに「コンテンツが全て屋外」という発想が冴えている。呼び水の一つである「虹」も、照明ではなく、太陽が光源だ。つまり、ピーカンでないと見えない。そんな不確実性って、イベント施設には普通ないだろう。雨が降ってしまって、傘で巡るのもそれはそれで記憶に刻まれると思う。

こういうことはプリツカー賞受賞者という看板があるからできるのだと思うが、その看板を新たな挑戦に向ける(若手にはできないことをやる)のが、さすが世界のSANAA!
見たことのない不思議なリズム感、山田紗子「休憩所3」
3つ目は「休憩所3」。全くのノーマークだった。場所は最初に挙げた「休憩所4」の少し南側。


まずは公式サイトの情報(太字部)。
【施設概要】
1設計者:山田 紗子 | 一級建築士事務所合同会社山田紗子建築設計事務所 2主用途:休憩所、トイレ 3階数:2 階建 4延床面積:568.23 m² 5構造 :木造、鉄骨造
【設計コンセプト】
静けさの森につづく樹木群と小さくもユニークな人工物とが寄り集まる休憩所。頭上に広がる樹冠や立ち並ぶ幹に、建築物の柱や壁、屋根が寄り添い、心地よい半屋外空間が連続します。それぞれの植物や建 物がもつ色彩と形の連なりがこの場全体に編み込まれていくことで、独自のテキスタイルを伴った生態系が立ち上がっていき、この場が新しい世界の捉え方へ繋がっていくことを目指しています。

山田紗子氏はこんな人。
山田紗子(やまだすずこ):1984年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京芸術大学大学院美術研究科建築専攻修了。2007~11年、藤本壮介建築設計事務所。現在、suzuko yamada architects代表。
この施設は魅力を具体的に伝えるのがとても難しいのだが、まず、日本では見たことのない空間性だ。直線的な造形、軽やかさ、空間の連なり、色彩。その相互の関係性が不思議なリズムを生み出している。山田氏の設計した住宅は雑誌などで何度か見ていたが、現実の空間を体験するのは初めてで、周囲の期待値が高いことにも納得した。

ということで、結果的に選んだ3つはどれも屋外となった。パビリオンの外装には面白いものが多いが、“空間体験”といえるものは正直少ない。それは、映像演出が中心となった今回の万博の特徴とも言えるし、もう長いこと万博はそうなのかもしれない。
そうなることを見越して若手たちをトイレや休憩所に起用した会場デザインプロデューサーの藤本壮介氏を筆者は高く評価したい。ただ、目玉の大屋根リングは何回通ってもあまりピンと来なかったけれど。(宮沢洋)
