小山薫堂氏×隈研吾氏による茅(かや)葺きパビリオン、循環型素材の「茅」は変化球でなく直球?──万博プレビュー05

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 小山薫堂氏といえば、知らない人はいないであろう放送作家で脚本家、敏腕プロデューサーである。だが、小山氏が2025年大阪・関西万博でテーマ事業プロデューサーとして手がけるシグネチャーパビリオン「EARTH MART」についての情報はあまり聞こえてこない。しかも、パビリオンの設計は隈研吾氏で、こんなインパクトのあるデザインだ↓。これは情報を抑えている? そうであれば、自称“隈研吾ウオッチャー”としては、誰よりも早く詳しくリポートせずにはいられない。

シグネチャーパビリオン「EARTH MART」の外観(2025年2月14日に撮影、写真:宮沢洋、特記以外は以下も)

 小山氏のシグネチャーパビリオン「EARTH MART」のメッセージは、「食を通じて、いのちを考える。」だ。公式サイトではこう説明されている(太字部)。

「私たちのパビリオンでは地球環境や飢餓問題と向き合いながら日本人が育んできた食文化の可能性とテクノロジーによる食の進化を共有し、より良き未来へと導く「新しい食べ方」を来場者と共に考えます。食を通じて様々な当たり前をリセットすることでいのちにとって本当に大切なものに気づき、感謝や優しさが生まれ、それがみなさんのほのかな幸せにつながる。そして今夜から、食事の時間を昨日よりも少しだけ大切にしたくなる・・・そんな後味を残せればと思います。

食をはぐくみ、
ひとが賑わう、
茅葺のパビリオン。

EARTH MARTでは、全国地域から集めた茅を使い、職人たちの手によって茅葺屋根を構築します。茅は、かつて里山の暮らしにあった営みの循環の象徴であり、そして、小さな屋根の集積は市場のようにその繁栄と賑わいを表現しています。また、茅は万博会期終了後に新しい形で生まれ変わらせるアップサイクルを予定しています。」

 今回、木質のパビリオンが多い万博会場だが、その中でも「EARTH MART」の茅葺きは一瞬で目を引く。さすが小山氏、うまい変化球を投げてきたな、と感心する。

 内部の展示はまだ見せられないが、「建築のリポートだけなら」ということで取材の許可が出た。案内してくれたのはこちらの皆さん。

左から隈研吾建築都市設計事務所パートナーの岡山直樹氏、施工現場の副所長を務めた大成建設関西支店の辻慎太郎課長、大成建設西日本営業本部の大原信成専任部長、2025日本国際博覧会協会企画局企画部テーマ事業課の前川智哉係長

隈事務所内のコンペで茅葺き案が当選

 循環型の茅葺き屋根の下で日本の食について考える──というのはいかにも小山氏らしい、分かりやすく筋の通ったアイデアだ。そう思ったのだが、隈事務所の岡山氏によれば、これは隈事務所内の若手コンペで選ばれたものだという。

2022年に実施した隈事務所内コンペの案(資料:隈研吾建築都市設計事務所)

 小山氏から隈氏に「隈事務所の若手でコンペをやってほしい。若い世代の自由で刺激的なアイデアが欲しい」と提案があり、2022年1~2月にコンペが行われた。その時のお題は「食べられる建築」だった。若手20組以上が参加、小山氏も審査に加わったプレゼン会にてファイナリスト7組がプレゼンし、右上③の工藤浩平氏の茅葺き案と左上①の西田安里氏・平井未央氏の丸太構造案が選ばれた。

 工藤氏は、岡山県・蒜山の「GREENable HIRUZEN」にある茅葺き建築↓も担当しており、茅葺き経験があった。

GREENable HIRUZENのサイクリングセンター(2021年竣工)。詳細はこちらこの記事を(写真:宮沢洋、下も)

 所内コンペ後、丸太構造の茅葺き屋根で基本設計が進められた。

鉄骨造への変更を余儀なくされるも、茅の主役性は強まる

 「EARTH MART」は、施工者の決定に難航し、3回目の入札でようやく大成建設が落札した。その過程で建設費削減のため、当初の丸太構造から鉄骨造に変更された。

当初案(資料:隈研吾建築都市設計事務所、©EARTH MART / EXPO2025)
最終案(資料:隈研吾建築都市設計事務所、©EARTH MART / EXPO2025)

 また、所内コンペの案では茅葺き屋根が急こう配だったが、小山氏の意見もあり、古民家に近い屋根勾配となり、全体では“日本の集落”のイメージに。屋根の重なりは、案内してくれた岡山氏が担当した「石垣市新庁舎」↓もほうふつとさせる。

石垣市新庁舎(2021年竣工)(写真:宮沢洋、下の写真も)

 「EARTH MART」は鉄骨造で、屋根の傾斜部も鉄骨だ。

鉄骨部の施工風景(写真:隈研吾建築都市設計事務所)
鉄骨部の施工風景(写真:隈研吾建築都市設計事務所)

 茅葺きの作業は意外にシンプル。ワイヤで茅の束を縛って結束し、ビスで下地に固定していく。

 使用した茅の束は約6200束。茅葺き部の面積は約585m2。

茅葺きの様子(写真:隈研吾建築都市設計事務所)
茅葺きの様子(写真:隈研吾建築都市設計事務所)

 開幕後にこのパビリオンを見る人は、遠目に見るだけでなく軒下に入って見上げてほしい。茅は5カ所の産地から調達しており、その違いがよくわかる。

 どういうことかと言うと、「茅」というのは植物の種類ではなく、屋根を葺くのに用いるイネ科やカヤツリグサ科の植物の総称だ。ここでは、静岡県御殿場市と熊本県阿蘇市、岡山県真庭市の3地域のススキ、滋賀県近江八幡市と京都・大阪の淀川流域のヨシを用いた。

左側がススキで、右側がヨシ。遠目には同じ素材に見えるが、軒下から見ると違いが明白。同じススキでも産地によって違いがある
青、黄色、紫はススキ、赤、緑はヨシを葺いた。色のない部分はカラーガルバリウム鋼板(資料提供:大成建設)

 当初案では丸太の上に茅が載るデザインだったが、鉄骨造となったことで「茅が主役」という印象が強まった。

 茅は万博閉幕後に募集をかけ、再利用する計画だ。何に使うの?と思ってしまうが、各地の文化財建築などで茅の葺き替えを必要としているところは多いのだという。半年の会期くらいでは茅はさほど傷んでおらず、ニーズは少なくないと見る。なるほど…。この記事の序盤で“変化球”と書いたが、実は“直球”なのだ。

 今回、閉幕後の茅の再利用がうまく進めば、今後、こうした茅葺きの仮設建築は増えるかもしれない。いや、隈氏のことだから、すでに茅の循環サイクルを自作でも考えているに違いない。(宮沢洋)

■建築概要
主用途:展示場
構造・階数:鉄骨造・地上2階
最高高さ:11m
敷地面積:1945㎡

建築面積:1309㎡
延床面積:1620㎡
基本設計:隈研吾建築都市設計事務所(2022年2月~7月)

実施設計:大成建設・隈研吾建築都市設計事務所(JV、DB)(2023年8月~12月)
施工:大成建設
施工期間:2024年1月~2025年3月