今回は万博会場の海側(南側)にある若手施設6件を紹介する。

その前に、記事の見出しにある“新風”について。ここで言う“新風”には、上の写真のような「今までにないデザイン」という意味とともに、「万博という国家イベントに若い建築家が参加するスキームの新しさ」という意味を重ね合わせている。
「万博」×「若手」というキーワードを挙げると、1970大阪万博での黒川紀章を思い浮かべる人が多いのではないか。当時、36歳だった黒川は「タカラ・ビューティリオン」「東芝 IHI館」「空中テーマ館 住宅カプセル」の3施設を設計し、話題の中心となった。それもあって、1970大阪万博は「若手が活躍した万博」のイメージがあるが、当時の建築雑誌を見ても、黒川以外で若手といえるのは万博協会本部ビルをコンペで取った根津耕一郎(当時37歳)くらいだ。他は中堅・ベテラン勢と組織設計事務所ばかり。
2005年の愛・地球博を見ても、目につくのは「みかんぐみ」(トヨタグループ館を設計)くらいだ。このとき、みかんぐみの中心メンバーは43歳。30代の建築家は筆者が調べた限りでは見つからなかった。 国と開催県が先導する万博で、実績の少ない若手をバンバン起用するということは、普通は考えにくいことである。以前にも書いたが、今回、公募型プロポーザルを実施して若手建築家をトイレや休憩所に起用した会場デザインプロデューサーの藤本壮介氏を筆者は高く評価している(あくまでこの件についてではあるが…)。
前置きはこのくらいにして、出発しよう。今回は海側(南側)の6件だ。(以下、太字部は開幕1年前の2024年5月に発表された概要データと設計コンセプト。細字部は筆者のひと言。連番は以下の地図に対応)

⑧トイレ2(設計:小林広美+大野宏+竹村優里佳)
設計者:小林広美+大野宏+竹村優里佳| Studio mikke 一級建築士事務所 + Studio on_site + Yurica Design and Architecture/主用途:トイレ/階数:平屋建/延床面積:60.54㎡/構造:鉄骨造 一部 木造

【設計コンセプト】
-いのちをもつ庭-
地球の中で数百年もの時間をかけて固まった花崗岩を、400 年程前の人々が大坂城再建のために切り出し、その幾つかが利用されず、切り出した地に残されました。現代、これらの石は大坂城に運ばれなかったことで残念石と呼ばれています。本計画では、長い時を経て自然の力・人の手によってつくられた石を人間と同じように「いのちある存在」として建築に取り込み、いのちをもつ建築・庭をつくります。
建築になった際に生まれる場では、残念石と人間の距離はこれまでよりも少し近いものとなり存在感、 表情、手触り、温度など長い時間をかけて紡がれた唯一無二の生命としての力強さが感じられます。同時に400年もの前の人の痕跡が残っており、人間の力強さを感じることができます。デジタル技術を利用し石を傷つけることなく、時の記憶を持つそのままの姿で建築に取り込みます。石と大屋根によって生まれる空間は、自然と人のいのちを感じる場となります。 世界が一同に介する場で、歴史的な石を現代の建築の中に存在させ、価値を伝えていくきっかけとなることも願っています。


*今回使わせていただく残念石は 1620年頃に大野山から切り出され、木津川にストックされていましたが、その後の人々が川の堤防代わりに土留として利用されていたものが 1975年に発見されました。切り出された位置から何度か動かされ、現在はまたバイパス工事のために多くの残念石が別の場所に移動途中です。大野山付近にて、400年前の人々が石に残した印が見えるような形でご覧になれますので是非足を運んでみてください。
開幕前には「残念石の使われ方が残念だ」といった批判の声が上がった。それを見て、「人の見方はいろいろなんだな」と思った。そういう声があることに異議は唱えない。が、筆者個人としては、建材というものは古来から別用途にリユースして使われてきたものだと思う。こういう再利用はむしろ建築の王道ではないか。
これから見ようという人に知っておいてほしいのは、この石が実際に建築の構造の一部であること。概要データに「鉄骨造一部木造」とあったので、筆者は鉄骨造の本体だけで屋根を支持している(石は自立するのみ)と思っていた。現地で見たら、石の上にも屋根の支持材があるではないか。屋根を受ける大きな基礎のような扱いにしたのだろう。
関連記事を読むと、石の上に木の接合部を載せ、その上にCLT(直交集成板)の木屋根を架けたとのこと。石を3Dスキャンし、ぴったり合う接合部を木材で製作した。宮大工が神社などの石の形に合わせて柱を加工する「光付け」と呼ばれる手法を応用したのだそう。そんなことも含めて、全く残念ではない前向きなプロジェクトだと筆者は思う。

⑨サテライトスタジオ(西)(設計:佐藤研吾)
設計者:佐藤研吾| 佐藤研吾建築設計事務所/主用途:放送用スタジオ/階数:平屋建/延床面積:144.08㎡ /構造 :木造

【設計コンセプト】
サテライトスタジオは、会場内のウォーターワールド沿いに建つテレビ局のスタジオとして使われる施設です。海を眺めることができる大きなガラス窓があり、その窓の正面には小さな広場を設け、訪れた人々の居場所を作ることにも配慮しています。この施設は福島県産材を用いた木造の建築で、基礎も含む大部分の部品が再利用可能で、万博会期後には再び福島県に移築し、地域の拠点施設となる予定です。


この施設は設計者の佐藤研吾氏(1989年生まれ)が福島県大玉村を拠点に活動する建築家だと知ると納得感が深まる。詳細は共同通信のインタビュー記事が面白いので、読んでほしい。
⑩トイレ8(設計:斎藤信吾+根本友樹+田代夢々)
設計:斎藤信吾+根本友樹+田代夢々| 斎藤信吾建築設計事務所+Ateliers Mumu Tashiro/主用途:トイレ /階数:平屋建/延床面積:56.19㎡/構造 :木造 一部 鉄骨造

【設計コンセプト】
今を生きる人々は、様々な文化や国籍にルーツがあり、統一された言語はなく、宗教も異なり、体格や身体能力もバラエティーに富み、「こころ」と「からだ」の性や個性も多様化しています。これからは、従来の標準とされた「人間」をモデルに作られた「建築計画」を一度解体し、現代におけるあたらしい「かた」(typology)から建築を考える必要があるのではないでしょうか。万博のトイレの計画では、視覚・聴覚障がい・車椅子利用者とのワークショップを行い、「こころとからだの性の多様性」にも呼応しながら、様々な国籍や宗教にも配慮した計画を行いました。個性ある異なるもの同士の総体が、へだたりながらもひとつながりの群となる風景を目指します。




1つのフォルムでない分散型のシンボル。中に入ったら、木造だとわかり、びっくり。設計者の1人、斎藤信吾氏は、「か・かた・かたち」(代謝建築論)で知られる菊竹清訓の研究でも知られる。設計主旨にある「現代におけるあたらしい『かた』(typology)」というフレーズに、菊竹好きとしてはうれしくなる。
⑪トイレ7(設計:鈴木淳平+村部塁+溝端友輔)
設計者:鈴木淳平+村部塁+溝端友輔 | HIGASHIYAMA STUDIO+farm+株式会社NOD/主用途:トイレ/階数:平屋建/延床面積:95.46㎡ /構造:鉄骨造

【設計コンセプト】
3Dプリントされた樹脂パネルによってつくられる建築です。外周を湾曲したパネルで覆うことで、周辺の風景や光を不規則に反射させ、蜃気楼のように景色を映し込むことで広場に溶け込むような建築となります。同時にパネルは光を透過させることで、内部を光に満ちた空間にします。 パビリオンのような強い象徴性を示す存在ではなく、人や自然環境が寄り添うことで表情が変わるような建築を目指します。会期後、樹脂パネルは粉砕・再加工され、形を変えながら様々な場面で使われることを想定しています。



到着したのがたまたま夕方だったこともあり、グネグネの壁に反射する夕日が複雑でとてもきれいだった。案内板に書かれていた説明文を読むと、この仕上げはポリカーボネートを3Dプリントしたものであるようだ。3Dプリンターというと、すぐに「新しい構造」と結びつけてしまうが、仕上げに徹してこういう新表現を探るのも面白そうと気づかされる。内部への光の入り方も新鮮だった。

⑫サテライトスタジオ(東)(設計:ナノメートルアーキテクチャー)
設計者:野中あつみ+三谷裕樹/株式会社ナノメートルアーキテクチャー一級建築士事務所/主用途:放送用スタジオ/階数:平屋建/延床面積:248.08㎡/構造:木造

【設計コンセプト】
私たちは一般的な建材を扱う合理性を捨て、規格も入手ルートも不鮮明な非合理的な手法で建築をつくります。そんな先の思いやられる設計の足掛かりとなるのは、その木がどのような由来=ストーリー性を持つかということです。 合理的かつハードの側面に価値が見出されがちな木材を非合理的かつソフトの側面に価値を見出し、従来の建築とは真逆のプロセスで建築をつくるのです。ここに集まるのは個性的なバックボーンを持つ、形は歪で土やコケやフジツボ(!?)がついているような、実に厄介で愛らしい木たちです。 そんな木たちを主役に据えることで、木たちを、ひいては建築そのものをストーリー性という新たな視点で批評できる価値観を養うことが私たちの挑戦です。



若手を20組選ぶと、いろいろな方向性が示せるのだなと思った1つがこれ。これは若手5組だったらたぶん選ばれない。ケバケバの外壁だけではなく、短い丸太を継いだような柱にも注目。
⑬:トイレ1 (設計:GROUP)
設計者:井上岳 +齋藤直紀+中井由梨+棗田久美子| GROUP/主用途:トイレ/階数:平屋建/延床面積:81.27㎡/構造:鉄骨造

【設計コンセプト】
万博前の夢洲には、植物や鳥類が棲みつき独自の生態系がつくられていました。そして、夢洲は万博やIR による利用が決まり、更地になりました。本計画では万博期間中に人間が立ち入れない、夢洲につくられていた生態系がアーカイブされた「夢洲の庭」をつくります。利用者は入口から各個室に入り、出口から出ると、アーカイブされた夢洲の生態系を一望できます。この「夢洲の庭」は万博会場の中で、夢洲の過去現在未来に思いを馳せ、自然と人間の共生のあり方を再考できる場となります。




いかにも意図がありそうな無機的な外観のトイレ。個室の入り口と出口が違っていて、用を足した後は中庭側に出て手を洗うという斬新な構成になっている。筆者は最初、中庭への入り方がわからなくて、しばらく考えてから「そういうことか!」と気づいた。開幕後、SNSでは「入っているのかいないのかわかりにくい」という声が多く上がった。サインの点灯で筆者はすぐに意味がわかったが(下の写真)、万人に伝えるためには「空き」→「使用中」→「中庭」みたいな照明表示が必要だったのだろうか。子連れの親が子どもを見失うという指摘もあって、確かにそれはどうしたらよかったのだろうか…。公衆トイレの動線を根本から見直す意欲作なので、建築界として“その先”を考えたくなる。

次回は夢洲駅に近い北東側の若手施設7件を紹介する。(宮沢洋)

「若手20組の万博“新風”総まくり(下)」はこちら→https://bunganet.tokyo/banpakuwakate3
「若手20組の万博“新風”総まくり(上)」はこちら→https://bunganet.tokyo/banpakuwakate1/
