日建設計と図解総研、“異色”の連携で「地域内の移動」を担うコミュニティ・ドライバーの発掘・育成を支援

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 工事費の高騰で、大型プロジェクトの計画見直しが相次いでいる。公共建築の工事発注における入札不調も珍しくなくなった。新築の大型プロジェクトが限られていくなか、設計事務所にはどう事業領域の拡大を図るかという課題が突きつけられている。

 その1つの解が、地方都市などが抱える課題の解決に向けて、各地域を支援していくことだろう。例えば、日建設計は2022年9月、ハチハチやロフトワーク(ともに東京都渋谷区)と、合弁会社Q0(東京都千代田)を設立。地方の地元企業などと協力しながら新たなプロジェクトを企画・実装し、地方と都市の新たな関係性をつくる試みを始めた。

2025年2月12日の記者会見に登壇したメンバー。右から日建設計 執行役員設計グループ代表の羽鳥達也氏、SMARTふくしラボ プロジェクトマネージャーの小柴徳明氏、図解総研 代表取締役の近藤哲朗氏、日建設計総合研究所 役員主席研究員・名古屋大学客員教授の安藤章氏(写真:森清)
コミュニティドライブプログラムのスキーム(資料:以下もCommunity Drive プロジェクト/SMARTふくしラボ、日建設計、図解総研)

 現在進行中の「Community Drive プロジェクト」も、地域の課題解決を図る試みだ。例えば、デイサービスを提供しようと思っても送迎の人材を確保できないため、介護職の人が運転まで担当しなければならないといった問題がある。特に中山間地域では送迎付きのデイサービスが提供できないという状況が増えている。健常な高齢者でも車が運転できないと日常の買い物に困る場合も多い。

 Community Drive プロジェクトは、そうした問題を解決する。地域に「自分たちの移動を自分たちで考えていく」マインドを醸成し、地域を動かす人材である「コミュニティ・ドライバー」の発掘と育成を進める。ぱっと見、地域内の移動のための車のドライバーのように思えるが、移動問題の解決に向け、地域内で先導していく人材を意味している。

 2025年2月12日に日建設計で開かれた記者会見で、同プロジェクトの最終報告と今後の展望が語られた。令和6年度(2024年度)国土交通省モデル事業(共創MaaS実証プロジェクト/モビリティ人材育成事業)として、富山県黒部市で実証実験を実施。住民主体の取り組みと地域の合意形成を促すという点で一定の成果を得た。25年の春からは、全国各地の連携地域へ「コミュニティドライブプログラム」の提供を始める。

 プロジェクト自体も注目されるが、プロジェクトを推進する組織も興味深い。中心となるのは、一般社団法人SMARTふくしラボ(富山県黒部市)と日建設計、図解総研(東京都文京区)だ。SMARTふくしラボは、福祉分野のデジタル化やDX推進、新規事業創発を担う。図解総研は、ビジネスモデルや共創などの複雑な概念について、図解によって相互理解を促すビジュアルシンクタンクだ。代表の近藤哲朗氏は、大学の建築学科出身で、面白法人カヤックを経て図解総研を設立した。

 また、日建設計の中心となるのは執行役員で設計グループ代表の羽鳥達也氏だ。同氏は、設計をリードする他、モビリティを活用したインフラシステムの研究、避難時間を可視化した逃げ地図の開発などで知られている。これらの3者が得意分野を持ち寄り、プロジェクトの実現を目指す。

複数のマイクロプロジェクトを試行し、地方公社の設立を目指す

 プロジェクトに先立って、SMARTふくしラボが2021~23年にトヨタモビリティ基金と共同で行った調査では、人口4万人、高齢化率32%の黒部市には福祉車両が210台あり、年間の維持費は2億2000万円に上ることが分かった。福祉車両の稼働実態を調べたところ朝夕の送迎時には稼働率は高いが、それ以外は低いという実態が明らかになった。

 「福祉の分野の送迎に限らず、身の回りでは乗客のいないバスを毎日見たり、統廃合した学校では朝夕以外は何台ものバスが駐車場に止まっていたりする。我々の職場でも昼間には通勤用の乗用車50~60台が駐車場に止まっている。人がいないといいながら、人も移動リソースも地域にあることが分かった」。SMARTふくしラボの小柴徳明プロジェクトマネージャーはそう話す。

 日建設計の協力を得て実施した調査・試算では、以下のことも明らかになった。「人口密度1km2当たり5000人以上、1万人未満の集落を想定すると、従来のインフラシステムの場合、維持し続けるのに約40億円のコストがかかる。一方、将来的なイメージとして水道や電気は従来のインフラで、人や宅配便、ガス、ごみは混載によって運ぶなど、人手やモビリティを効率よく運用すれば、少なくともコストは半分以下になるという試算結果となった」と、日建設計の羽鳥設計グループ代表は説明する。

 このように、現状の移動リソースを把握し、将来的なモビリティの活用も想定した上で、Community Drive プロジェクとして24年7月から黒部市で実証実験を進めてきた。今年度の活動は下図に示した「対話」「調査」「可視化」がメインだ。これらを専門家チームが統合的に実施して、地域の主体性と合意形成を促すプロセスが最大の特徴だ。約6カ月間のプログラムで、アンケートに回答した90%以上が、「移動課題に関心を持った」と回答。コミュニティ・ドライバーとなる人材を10人以上発掘できた。70歳を超える免許を持たない高齢者、地域交通を担う民間事業者、地域サービスを展開する個人事業主など、様々だ。

プロジェクトの5つのステップ
「対話」では、行政や企業、市民へのヒアリングやワークショップを通じて、黒部市の移動や生活の困難に関する生の声を集め、議論を深めた。24年7月26日には市民や企業、行政向けのワークショップを、同11月28日には多様な立場の人たちが参加するミライドライブワークショップを開いた。写真は11月28日の黒部市でのワークショップの様子(写真:Community Drive プロジェクト)
「調査」では、ワークショップやヒアリングで集めた生の声や移動データをもとに、属性や目的別に分析を行い、どの場所にどんな目的で、誰といつ移動しているのかを調べた。イベントに参加できない人の意見も集めるためにつくった移動課題を投稿できるオンラインの仕組みには、150件以上の投稿が寄せられた。これらの投稿データについては、AI解析によって移動課題をさらに深く分析した。図は地図上に集計した移動データ分析の一部
「可視化」では、対話や調査で集まった課題やデータを、多くの人に分かりやすく伝えるための可視化手法を開発した。例えば、「移動課題マップ」と呼ぶ、課題の全体像や構造を把握できるマップを作成し、因果関係や影響を可視化した。ワークショップでは、このマップを4m×6mのサイズで印刷し、参加者が実際に歩き回りながら、シールや付箋を使って課題に取り組むインタラクティブな方法も取り入れている。図は黒部地域の移動課題マップ

 「我々のプロジェクトは、課題を解決するサービスをつくるものではない。サービスありきで始めて、そのサービスの導入を目的とすると、サービスの提供側、受ける側という構図が出来上がってしまう。行政と市民、行政と民間企業という関係ではなく、みんなでサービスをうまく考えて、つくっていく流れにしたい。『住民の主体性』と『地域の合意形成』を育むことが大切であり、このマインド醸成こそが課題解決策の1つだと考えている」。こう小柴プロジェクトマネージャーは強調する。

 これから「実行」「展開」を加えた5つの活動を進める体制を整える。「実行」では、プロジェクトメンバーとコミュニティ・ドライバーが連携して、移動解決に向けたマイクロプロジェクトを実施する。「展開」では、全国の他地域へ広げるために、「対話」「調査」「可視化」に「実行」を加えた取り組みを導入し、コミュニティドライブプログラムを促進する考えだ。

 小柴プロジェクトマネージャーは、「黒部市でマイクロプロジェクトとして小規模な事業をいくつも試行し、2年後には事業主体となる地域公社の設立・始動を目指したい。公社といっても民間と行政、市民による新しい形をイメージしている」と語る。(森 清)