大組織に属する設計者たちがチームで実現した建築にも、世に知ってほしい物語がある。大成建設が設計を手掛けた名作・近作をリポートする本連載。第5回は「イノベーション編」として、「エディオンピースウイング広島」(広島市)を訪ねた。(宮沢洋)
今年2月、広島市中区基町にオープンした「エディオンピースウイング広島」は、Jリーグのサンフレッチェ広島がホームとするサッカースタジアムだ。サッカーファンはご存じと思うが、サンフレッチェ広島はJ1リーグで現在1位(10月8日現在)。チームの勢いがあふれ出すようなスタジアムだ。
勢いがあふれ出しているのは、チームの成績だけではなく、建築自体もそう。まずは広島の中心部、例えば原爆ドームからも10分も歩けばついてしまう「街なか」にあること。スタジアム内の雰囲気が外からも見える大きな穴が空いていること。建物に公園がくっついていること。……などなどの理由により、スタジアム建築の歴史の中で1つのエポックになりそうな挑戦作なのだ。
この施設は、すでにいくつかの建築専門誌に載っている。それを読んだ人は、「ああ、建築家の仙田満さんの設計したやつね」と思うかもしれない。間違ってはいないが、正確に言うと、設計者は東畑建築事務所・環境デザイン研究所・大成建設・復建調査設計JV、施工は大成建設・フジタ・広成建設JV。仙田満氏は設計JVの中の環境デザイン研究所の主宰者だ。
今回は設計JVの一員である⼤成建設設計本部の伊藤真樹設計室⻑に現地を案内してもらった。伊藤氏は広島市の出身、しかもサッカー経験者で(審判員資格も持っているという)、この施設の実現にひとかたならぬ思いがある。
まずは、スタジアムの公式サイトにある「施設紹介」を引用しつつ(太字部)、写真を見ていこう。
エディオンピースウイング広島は、敷地面積約49,900㎡、収容人数約28,500人。エディオンピースウイング広島の名には「恒久平和と、夢や希望を持って明るい未来へ羽ばたく」との願いが込められています。翼(ウイング)をイメージして設計されたスタジアムの特徴的な屋根にも由来しています。
スタジアムのコンセプトは世代や国をこえて、人が集い、楽しみ、歓喜し、憩う、まちなかスタジアム。日本で初めての都心交流型スタジアムパークとして、サッカーの試合日以外もスタジアムと公園がひとつになってさまざまな施設や多目的な機能を融合させ、365日のにぎわいを作ることを目指しています。
01 日本初 “まちなかスタジアム”気軽に来て、気軽に帰ろう
02 全席屋根付き 雨でも心配せずに観戦に集中できる
03 360度コンコース あらゆるコンテンツを全力で楽しもう
04 臨場感溢れるスタンド あらゆる位置から熱量を感じよう
05 選手がとても近い! ピッチと観客席の距離 各方面最短8m
06 居心地の良さを追求した観客席 ゆっくり、ゆったり観戦を
07 Jリーグ最多の42席種と約28,500座席数を用意
08 世界基準のラウンジでおもてなし 幸せな出会いと興奮を
09 世界各地の美味しいグルメが満喫できる
10 贅沢な空間であなただけのひと時を
11 お子さまも楽しめるキッズルームやキッズスペースも用意
建築的イノベーションは「街なか」と「大きな穴」
さて、利用者向けの魅力紹介としては以上のようなものとなるが、建築的イノベーションで特筆すべきは、冒頭にも書いた①「街なか」にあること、②大きな穴が空いていること、③建物に公園がくっついていること、3点だと思われる。
まず①については、「街なか」に存在する巨大建築のデザインとして、これはなかなか優れていると思う。方角によって見え方が全く違うのだ。平和記念公園の方からちらりと見える外観、近づいていく途中の見え方、公園から見る側面の見え方と、どんどん変わっていくので、歩いて向かう面白さがある。
スタジアム全体がペデストリアンデッキでぐるっと覆われていて、広島中心部方面とゆるやかなスロープでつながっている。今まで歩いてみようとも思わなかった基町高層アパート(1978年、設計:大高正人)のエリアにも足を延ばしやすくなった。
そして、②の大きな穴が空いていることもそれに寄与している。中が見えるということは、巨大な壁の圧迫感を減らすとともに、近づいて見てみたいという誘因力となる。
②の大きな穴が空いていることは、内部からの見え方にも大きなインパクトを与えている。視覚的な面白さに加え、「ああ、街の中にいるな」という感じがするのだ。
なぜこういう屋根があまりないかというと、穴の空いた部分の席数が減るからだ。ここでは、その代わりに特別な価値のある席を約40種用意。客席の単価を上げることで収益性をアップすることにした。
こうした考え方は、今後のスタジアム設計に影響を与えそうだ。
そして、建物に公園がくっついていること
そして③の建物に公園がくっついていること、だ。スタジアム開業から半年たった2024年8月1日、スタジアム東側の芝生広場と公園内の商業施設「HiroPa (ヒロパ) 」が新たにオープンし、「ひろしまスタジアムパーク」が全面開業となった。
もともとスタジアムのエリアを含むこの一画には公園があったが、地元出身の伊藤氏いわく、「あまり過ごしやすい公園とはいえなかった」とのこと。公園エリアはスタジアム設計チームがマスタープランを描いたうえで、別途、PFIの事業者選定が行われ、NTT都市開発、エディオン、広島電鉄、RCC文化センター、中国新聞社、NTTアーバンバリューサポート、NTTファシリティーズ、大成建設、日本工営都市空間、UIDによるチームが事業主体に選ばれた。設計の中心になったのはNTTファシリティーズだが、伊藤氏は「あの公園でこんなに人がくつろいでいるのを見ると感慨深い」と話す。
この日、スタジアムの見学を始めたときには、公園はまだ暑くて人がまばらだったが、夕方になってスタジアムの影が広場に伸びていくとともに、どんどん人の姿が増えてきた。日が落ちた公園を楽しむってなんだか南米っぽい(アルコールが飲める施設も多数あり)。
「Park-PFI」(公募設置管理制度:都市公園の魅力と利便性を向上するために、 公園の整備を行う民間の事業者を公募し選定する制度)には賛否あるようだが、筆者は、都市を魅力的にするためにとても可能性のある制度だと思っている。ここでは隣接するスタジアムとも相乗効果があって、公園に面したミュージアム(試合がない日もやっている)は、公園のにぎわい施設の一部のような印象だ。
公園も含めて、公共施設なのに、いい意味で「緩い」。これは設計サイドだけでなく、施主や運営者が腹をくくってこそのイノベーションといえそうだ。昨年開業した「北海道ボールパークFビレッジ」(こちらの記事を参照)と並んで、東西の“今見るべきスタジアム建築”だ。
最後に余談。伊藤氏から「屋根の形は、平和への願いと明るい未来に羽ばたく希望の翼をイメージした」と聞いて、なるほどと思うとともに、「これ↓もそうかも!」と思った。
平和公園方向からのスタジアムの屋根の見え方と似てません? 少なくとも伊藤氏は意識していなかったようなので、“平和のシンクロ”かも。(宮沢洋)