ひろしま国際建築祭メディアツアーの2日目をリポートする。まずは筆者が一番楽しみにしていた「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」へ。尾道市立美術館で10月4日から始まった。会期は建築祭全体と同じ11月30日(日)までの58日間。



「ナイン・ヴィジョンズ」とは何か。公式サイトの開催概要を引用する(太字部)。
ナイン・ヴィジョンズ |日本から世界へ 跳躍する9人の建築家
建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー建築賞」を受賞した、日本の建築家に焦点を当てる企画展です。「プリツカー建築賞」受賞の日本人建築家は、2025年時点でアメリカと並び8組9人と、世界一の受賞者数を誇ります。
なぜ日本の建築家は世界で評価され、どのようにして世界レベルに達したのか? その魅力と真相に迫ります。

この展示は、ひろしま国際建築祭の総合ディレクターである白井良邦氏(神原・ツネイシ文化財団理事/慶應義塾大学SFC特別招聘教授)がずっとやりたくて、温めていた企画だという。白井氏は元カーサブルータスの編集者。筆者(宮沢)は前職の日経アーキテクチュア時代、よく同じ場所で白井氏と取材した(ともに安藤忠雄番だった)。2人とも文系出身。白井氏と自分は発想が似ているなと感じることがよくあるのだが、この展示もそう。「プリツカー受賞者が日本でこんなに多いのはなぜ?」「そんなに高いレベルであることをもっと一般の人に知ってもらえたらいいのに」という問題意識は筆者もかなり前から持っていた。
前職時代にこんなWEB連載↓を企画したこともある。
連載「プリツカー賞」常連日本 海外からはどう見える?(日経クロステック、2019年5月)
自分も同じアイデアを持っていたと主張したいわけではなくて、そういう(文系的)着眼点を展覧会へと発展できる白井氏の飛び抜けた人脈と実行力が本当にすごいと思うのである。前回も書いたが、普通、こういうものは「主役級1人を取り上げる」か「流れを描くために複数人を取り上げる」のどちらかで考えるものである。こんな「全員が主役」「序列はNG」みたいな展覧会をやろうと思う人は少ないだろう。
内容もなかなか充実していた。写真ルポに入ろう。
(1)限られたスペースでも記憶に残る9人の展示
最初の部屋は、丹下健三(1987年受賞)、槇文彦(1993年受賞)、磯崎新(2019年受賞)の3人。すでに鬼籍に入られた3人だ。



残りの6人(5組)は1組1室となっている。
安藤忠雄氏(1995年受賞)。

妹島和世氏・西沢立衛氏(2010年受賞)。

伊東豊雄氏(2013年受賞)。

坂茂氏(2014年受賞)。



山本理顕氏(2024年受賞)。


それぞれが膨大なコンテンツをもつ巨匠たち。それぞれに任せておけば、狭い部屋にぎゅうぎゅうに詰め込んだ印象になってしまうだろう。だが、どの展示もゆったりと見ることができた。そして、各人の見せ方やテーマが被っていない。だから、各人の展示が記憶に残る(記事も書きやすい)。
これは偶然なのか、企画者側でコントロールしたのか。チーフキュレーターの前田尚武氏に質問すると、「後者」とこっそり教えてくれた。うーん、自分には絶対無理…。
白井さん、前田さん、本当にご苦労さまでした。次回はこれを超えるどんなテーマがあるのか、私には思いつかないので、楽しみにしています。

<企画概要>
名称:ナイン・ヴィジョンズ | 日本から世界へ 跳躍する9人の建築家
会期:2025年10月4日(土)- 2025年11月30日(日)
会場:尾道市立美術館
広島県尾道市西土堂町17-19(千光寺公園内)
出展建築家:プリツカー建築賞を受賞した8組(9名)の建築家
丹下健三(1987年受賞)、槇文彦(1993年受賞)、安藤忠雄(1995年受賞)、妹島和世・西沢立衛[SANAA](2010年受賞)、伊東豊雄(2013年受賞)、坂 茂(2014年受賞)、磯崎新(2019年受賞)、山本理顕(2024年受賞)
特別協力:千葉工業大学建築学科 今村創平研究室、京都大学大学院工学研究科建築学専攻 建築史学 ダニエル研究室、京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab
普通の日ならこの展覧会を見ただけでお腹いっぱいなのだが、建築祭の1日は長い。むしろここからだ。尾道市立美術館から急坂を下り、LOG(ログ)へ。
(2)スタジオ・ムンバイの思考を手でたどるUMAのナイスな仕掛け
LOG(ログ)は60年代に建てられたアパートを改修し、2018年に開業した6室だけのホテル。設計を手掛けたのはインドを拠点とする建築家ビジョイ・ジェイン氏が率いるスタジオ・ムンバイだ。


ここで、大阪のデザイン事務所UMA(ユーエムエー)が、「建築との対話」を試みる体験型の展示を行っている。
Architecture Voice from LOG |「建築の声」を聞く
大阪を拠点に活動するUMA/design farm(ユーエムエー・デザインファーム)は、尾道を訪れた際、LOG(ログ)を設計したインドの「スタジオ・ムンバイ」代表で建築家のビジョイ・ジェイン氏の設計コンセプトや、それを具現化した尾道のスタッフの思いを聞き、どうにかその目に見えない場が発する「声」をデザインで表現できないか、と考えました。試行錯誤の結果生まれたのがこの体験型の展示です。LOGの建築が発する「声」をハンドアウトを片手にご覧いただくことで、ビジョイ・ジェイン氏の哲学や日本・インドの職人のこだわり、LOGが大切にしていることや取り組んできたことを「ちょっと知っていただく」、そんな機会をお届けします。
展示の楽しみ方:受付で貸出する UMA/design x LOG体験キット(11:00~17:00) を使って、オリジナルクレヨンを使ったスケッチや素材のフロッタージュ、カタチの確認やまちの音の収集など、思い思いにお過ごしください。(エリア制限あり)


クレヨンでフロッタージュとは考えたなあ。「フロッタージュ」って、若い人は知らないのではないか。凹凸のあるものの上に薄い紙を置き、鉛筆などでこすって写し取る絵画技法。1970年代に当時の若手建築家の間で注目された。これを企画したアートディレクターの原田祐馬氏(UMA/design farm)は1979年生まれで、そんな世代ではないが、一周してこういう手法が新しいと思わせる着眼点はさすが。

<企画概要>
名称:Architecture Voice from LOG |「建築の声」を聞く
会期:2025年10月4日(土)- 2025年11月30日(日)
会場:LOG
広島県尾道市東土堂町11-12
TEL:0848-24-6669
受付時間:11:00 – 17:00
※ギャラリーご見学:14:00 – 17:00
無休
※「鑑賞パスポート」での見学は、1階及び2階のオープンエリアに限ります。
※追加特典:宿泊者専用2階ギャラリーへの入場(14:00-17:00)
※ギャラリーの観覧には「鑑賞パスポート」が必要です。
※ギャラリーを観覧する方は、1Fショップ(受付)までお越しください。
※期間中、SHOPで建築公式グッズ、LOG会場限定商品を販売。
※1階オープンスペースでは、鑑賞パスポートをお持ちでない方も自由にご覧いただける建築展示を実施
ちなみに、原田祐馬氏はひろしま国際建築祭全体のグラフィックを担当している人で、筆者も日本橋高島屋や猪熊弦一郎現代美術館のハンドアウトづくりでご一緒した。


(3)「未完であることの可能性」を長坂常氏が発信
LOGからもよく見える「LLOVE HOUSE ONOMICHI」へ。建築家の長坂常氏が空き家を購入してリノベーションした文化交流拠点。ここで行われている「OPEN LLOVE HOUSE|尾道「半建築」展」をのぞく。

OPEN LLOVE HOUSE|尾道「半建築」展
建築家・長坂常が尾道で一目惚れした空き家を自ら購入しリノベーション、新たな文化交流拠点として再生させた「LLOVE HOUSE ONOMICHI(ラヴ・ハウス・オノミチ)」──2022年のオープン以降、期間限定で公開され、国内外のクリエイターが建築やデザイン、アートに関する展示を行っています。
建築祭開幕に合わせ「LLOVE HOUSE ONOMICHI」では、オープンハウス「OPEN LLOVE HOUSE」を開催。長坂が率いる建築設計事務所、スキーマ建築計画が今年で設立から27年を迎えることを記念し、OBOGと現スタッフ約40名が自身の携わったプロジェクトや現在の活動を報告。本展では、その記録と共にスキーマで素材やデザインを検討する際につくってきたサンプルや家具なども展示します。スキーマがその活動のなかで模索してきた、建築と家具の間、脱デスクトップでつくること、未完であることの可能性、見えない開発……など。「LLOVE HOUSE ONOMICHI」の空間を通して、建築におけるさまざまな「半建築」の可能性を探ります。


<企画概要>
名称:OPEN LLOVE HOUSE|尾道「半建築」展
会期:前期2025年10月4日(土)- 2025年10月13日(月・祝)
後期:2025年11月22日(土)- 2025年11月30日(日)
会場:LLOVE HOUSE ONOMICHI
広島県尾道市東土堂町8-28
出展建築家:長坂 常+スキーマ建築計画
※会期による展示の変更はありません。
※10/4(土)~10/6(月)は、OBOGと現スタッフ約40名による「半トーク」を一般公開する予定です。
(4)人気写真家・高野ユリカ氏による展覧会は11月3日まで
さらに坂道を下って尾道駅に向かう。その途中の商店街にあるまちなか文化交流館「Bank」(旧三井住友銀行尾道支店の改修)で、写真家・高野ユリカ氏による展覧会が行われている。


うつすからだと、うつしの建築
尾道には、国宝や重要文化財に指定されている古建築から、最新の現代建築、あるいは名もなき建物まで。街の日常生活の中に様々な時代の建築が溶け込んでいます。写真家・高野ユリカはなかでも「うつし」の建築に焦点を当て、浄土寺や茶園・爽籟軒など、尾道の建築をみずみずしく写し出します。かつて尾道で⽣活をしていた⼈たちの視線を倣い、ここからまた100年先に向けて「うつし」ていくように。私たち⾃⾝が「うつす」からだとなって、尾道の建築の語りを試みる展示となります。

<企画概要>
名称:うつすからだと、うつしの建築
会期:2025年10月4日(土)- 2025年11月3日(月・祝)
会場:まちなか文化交流館「 Bank」
広島県尾道市土堂1丁目8-3
出展作家:高野ユリカ(写真家)
撮影場所(予定):浄土寺、西國寺、旧土堂小学校、林芙美子記念館、
明喜庵(豪商・橋本家別邸内「待庵」うつし)
この展覧会は11月3日で終わってしまうので注意! 高野ユリカ氏についてもっと知りたい方はこの記事↓を参照。
(5)かわいい!2人がハイタッチするような中山英之氏の移動型キオスク
尾道駅を通り過ぎて、海岸に立つ「ONOMICHI U2」(設計:SUPPOSE DESIGN OFFICE)へ。

建物に入る前に海に近づいてみよう。そこに中山英之氏が設計した移動型キオスクがある。か、かわいい!

移動型キオスクー小さな建築プロジェクト 02:「風景が通り抜けるキオスク」中山英之 x モルテン
建築祭の会場のひとつである広島県尾道市の ONOMICHI U2 に隣接するウォーターフロントの木製デッキの空間、オ リーブ広場に設置するキオスク。透明な膜材の2つの小さな建築による“風景が通り抜ける”キオスクが登場します。 2 つの建築の蓋をあけるとそれが屋根になり、子供向けのワークショプなども行う予定です。モルテンが掲げる独創的なものづくりの場「the Box」を象徴するように、クリエイティブな場を提供します。
中山英之氏コメント: 個別の島々だった瀬戶内が船や橋で結び合わされたように、ふたつの小さなキオスクが手をつないで、ひとつの場所 をつくり出します。キオスクたちは半透明な素材で覆われて、収納されたさまざまな物たちが、風景を背景に浮かび ます。ふたつのキオスクから生まれる場所は、収納された物や道具と、訪れた人々や子供たちが出会う空間です。透き通った大きなスケッチブックを広げて、尾道の海や空に毎日違った絵を描き込むような、そんな光景を想像しています。

水玉の現代建築って珍しい。特に女の子が喜びそう。レインコートを着た子どもがハイタッチするようなデザインは、建築祭の総合テーマである「つなぐ」を受けていると思われ、そこもさすが。


(6)全国の自主制作建築雑誌が集結
ONOMICHI U2に入ると、入り口左手すぐのところにこんな展示がある。

「ZINE」から見る日本建築のNow and Then
京都の「けんちくセンターCoAK」が日本全国から建築家のZINE(ジン)を集めて展示。「ZINE」とはMAGAZINEの「ZINE」から取られた言葉で、自主制作の雑誌や、紙に印刷した自主制作のヴィジュアルブックを指します。今回は京都を拠点に活動するけんちくセンターCoAK(主宰:川勝真一)のキュレーションで、日本の若手建築家がつくった「ZINE」や希少な建築系のヴィジュアルブックを集めて展示・一部販売も行います。日本の若手建築家のZINEカルチャーを体験してみましょう。
※この展示は「鑑賞パスポート」購入なしでご覧いただけるプログラム(無料)です。
<企画概要>
名称:「ZINE」から見る日本建築のNow and Then
会期:2025年10月4日(土)- 2025年11月30日(日)
会場:ONOMICHI U2 (設計:SUPPOSE DESIGN OFFICE)
広島県尾道市西御所町5-11
出展者:けんちくセンターCoAK
※本展示は「鑑賞パスポート」購入なしでご覧いただけるプログラム(無料)です。

棚の下の方に、Office Bungaのパートナーである磯達雄による『建築趣味』を発見。ぜひ手に取ってみてください!

(7)「オープニング・プレミアトーク」は巨匠から注目株まで
これでひろしま国際建築祭の「展示」は全部見た。だがメディアツアーは終わらない。福山にバスで戻る。2日間のメディアツアーの最後は、伊東豊雄氏や石上純也氏が登壇する「オープニング・プレミアトーク」だ。
会場は2022年9月に福山市にオープンした「iti SETOUCHI(イチ セトウチ)」。もとは「福山そごう」として建てられ、その後を継いだ大型複合商業施設「エフピコRiM」(2020年8月閉館)の1階をリノベーションして、新たなまちの拠点とした。設計はオープンエー。

ひろしまから世界へ—建築祭オープニング・プレミアトーク
初回となる『ひろしま国際建築祭2025』を記念して、出展建築家・作家の方々によるオープニングトークを開催します。それぞれ、「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ跳躍する9人の建築家」展と「NEXT ARCHITECTURE|「建築」でつなぐ新しい未来」展から2名ずつご登壇いただき、今回の展示やご自身のプロジェクトについて、たっぷりとお話をうかがいます。
<詳細情報>
日 時:2025年10月5日(日) 13:00〜18:00(開場12:30)
会 場:コワーキングスペース tovio (iti SETOUCHI内)広島県福山市西町1-1-1
主 催:一般財団法人 神原・ツネイシ文化財団
入場料:5,000円(事前予約制)※鑑賞パスポート付き ※第1部、第2部すべてを聴講可。途中入退場可
定 員:100名
トップバッターは伊東豊雄氏。講演タイトルは「瀬戸内から始まった日本の現代建築」。

講演の中で印象に残ったのは、「技術を使って自然に戻していきたい」という言葉。単に過去に戻るのではなく、技術を使って先に進もうとしているのがさすが。伊東氏の講演を聞くと、いつも「自分ももっと頑張らなくちゃ」と思う。

続いて秋吉浩気氏、川島範久氏、Clouds Architecture Officeが自作を説明した。




大トリの石上純也氏は「My Works」というタイトルで、建築祭に出展しているプロジェクトを中心に自作について語った。

石上氏のプロジェクトの突き抜け方はどれもすごくて、10人目なのか何人目なのかはわからないが、この人はいつか絶対にプリツカー賞を取るだろうなと思った。

特に心に残ったのは、「水の美術館」(中国・山東省)を説明する際に口にした「建物の中に新しい外をつくる」という言葉。なんなんだそれは。今までそんなことを考えた人間はいたのか? でも、本当にそれを実現している…。いつか実物を見ないとなあ。

パスポートは「3日間有効」で会場販売 3000円、WEB販売 2500円
ふう。「年を取ると時間がたつのが早い」とよく言ってしまうのだが、この2日間は長かった。密度が濃かった。
ひろしま国際建築祭のパスポートは「3日間有効」で、会場販売 3000円(税込)、WEB販売 2500円(税込)だ。「3日間」はなるほどよく考えられていて、3日あればたぶん我々のようにあくせくせずに、すべてを見られると思う。会場を整理すると、以下の7カ所だ。
●庭のミュージアム:広島県福山市沼隈町大字上山南91
●ふくやま美術館(ギャラリー):広島県福山市西町2丁目4-3 (福山城公園内)
●尾道市立美術館:広島県尾道市西土堂町17-19 千光寺公園内
●LOG:広島県尾道市東土堂町11-12
●LLOVE HOUSE ONOMICHI:広島県尾道市東土堂町8-28
●まちなか文化交流館「Bank」:広島県尾道市土堂1丁目8-3
●ONOMICHI U2:広島県尾道市西御所町5-11
※ONOMICHI U2は、鑑賞パスポート不要会場です。
※会場により開催期間が異なります。事前に公式サイトでご確認ください。
それにしても料金設定が安すぎないか…。パスポートの購入はこちら。https://hiroshima-architecture-exhibition.jp/passport-ticket/
坂茂氏や前田圭介氏が参加するトークイベントも予定されているので、こちらから。https://hiroshima-architecture-exhibition.jp/events-tours/
①から読み返したい人は下記をクリック! (宮沢洋)

