「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」で開催中の「堀口捨己と谷口吉郎-茶室に魅せられた建築家-」に、遅ればせながら行ってきた。今年2月14日から始まっており、5月31日まで。あと2週間の会期だ。


筆者は以前にも書いたが、「2人展」とか「3人展」のような枠組みが好きだ。例えば、これら↓。
自分が『丹下健三・磯崎新建築図鑑』という本を書いたのも同じ理由による。
今回の展覧会も、「谷口吉郎の茶室展」だったら「ふーん」くらいだったと思うが、2人の考え方を比べることでいろいろな差がわかり、すごく楽しめた。

そもそも筆者は分離派建築会のメンバーであった堀口捨己と一世代下の谷口吉郎は、「仲が悪い」のだと思っていた。若き日の谷口(24歳)が分離派建築会批判を書き、結果的にそれが分離派建築会の活動終焉と重なったというのは有名な話だからだ。

だが、戦中から2人は、「茶室」を通じて結構つるんでいたらしい。そうだったのか。

あれやこれやをじっくり書くと会期が終わってしまうので、以下、プレスリリースのコピペで察していただくか、会場で展示をご覧いただきたい。
◆展覧会概要
建築家の谷口吉郎(1904~1979)は、戦後における新しい茶室や和風建築を創出した ことで知られていますが、茶道が盛んな金沢の九谷焼の窯元に生まれ、数寄者であった 父のふるまいを眼にして育ちながらも、若い頃は正統派なモダニズム建築に傾倒していました。他方、大学で谷口の先輩にあたる建築家の堀口捨己(1895~1984)は、先端的 なモダニズムから徐々に茶の湯の世界に入り込み、茶室研究の第一人者となります。両者は、戦時中にかけて松永耳庵などの茶人を介して新しい数寄屋のあり方について様々な試みを行い、戦後すぐれた数寄屋建築を世に送り出しました。本展では、文化庁国立 近現代建築資料館所蔵の堀口史料と谷口建築設計研究所所蔵の谷口史料を中心に、戦後の和風建築を牽引した二人の建築家の歩みを辿ります。
第1章:谷口吉郎と金沢の茶道文化
古くから盛んであった金沢の茶道文化と、寺町の旧谷口家にあった茶室「一種庵」 を、谷口吉郎の原風景として紹介します。

第2章:戦前の堀口捨己と谷口吉郎
日本初の近代建築運動とされる「分離派建築会」を結成した堀口捨己と、その活動 を批判した谷口吉郎。両者の建築的スタンスの違いについて、戦前の活動や建築作 品を中心に比較します。


第3章:渡欧での体験
堀口は 1923~24年にかけて、谷口は 1938〜39年にかけて渡欧し、それぞれ大きな 影響を受けました。西欧の歴史的変革期と重なった、両者の対照的な渡欧体験を辿ります。

第4章:茶の湯への傾倒
戦時中、堀口と谷口は茶の湯への傾倒を深めていきます。近代三大茶人の一人である松永耳庵との交流や、新しい数寄屋のあり方についての試みなどを紹介します。




第5章:戦後の和風建築の展開
戦後の堀口と谷口は、戦前の作風から大きく変化を遂げ、新しい和風建築を牽引す る存在となりました。両者の代表的な数寄屋建築作品と、名古屋鉄道とのプロジェクトを紹介します。
第12回企画展
堀口捨己と谷口吉郎
―茶室に魅せられた建築家―
Sutemi Horiguchi & Yoshiro Taniguchi
-Architects Enchanted by Japanese Teahouses
期間:2026年2月14日(土)~2026年5月31日(日)


