北川原温氏が学校法人豊昭学園と関わるようになったのは、1990年代半ばのこと。今も残る体育館が1988年に建て替えられて、しばらくたった頃だ。
その後はこういう流れで主要施設を建て替えてきた。すべて北川原温建築都市研究所(現・MET)の設計だ。
第1期:3号館(1999年)/豊島学院高等学校
第2期:4号館(2003年)/豊島学院高等学校
第3期:2号館(2004年)/昭和鉄道高等学校
実習棟(2002年)
第4期:1号館 東京交通短期大学(2018年)
第5期:6号館 ラーニングセンター(2022年)→前回の記事参照

1人の設計者が30年近くにわたって、1つのキャンパスの設計を続けているのは相当珍しい。この規模のものを「1度に建てた」ということならば何人か思い浮かぶが、「段階的に30年」という建築家は日本に他にいるのだろうか。筆者はてっきり豊昭学園が一族経営なのだと思っていたのだが、そうではないと聞くと余計に驚く。

どうしてそんなに信頼を得られたのか(どう見ても「言われたまま」につくっている感じではない…)。その答えを本気で書いたら1冊の本になってしまうので、ここでは主要施設の写真を見ながら想像していただきたい。建設された順に巡っていく。
第1期:3号館(1999年)/豊島学院高等学校

豊昭学園から、老朽化した校舎を改築するためのマスタープランの策定を依頼され、全体を4期に分けて順次改築していく計画となった。同学園は豊島学院高等学校、昭和鉄道高等学校、東京交通短期大学の3校を運営する。改築計画を検討しているキャンパス委員会に設計者も参加し、学園の複雑な事情を理解することに努めた。



第1期の3号館の設計では、限られた敷地の中でグラウンドの広さを確保しつつ、教育施設として必要なボリュームをいかに配置していくかが大きな課題だった。その解として、気積の大きい講堂を地下埋設し、教室棟をグラウンド上空に34mスパンでまたぐ案とした。


この頃、学校建築では「オープンスクール形式」が注目されていた。豊昭学園では教室だけでなく廊下や階段、トイレといった生活空間のひとつひとつに着目し、個々の空間に質的な個性を与えつつ、全体の中で連続性をもたせることで新しい教育環境を構築することを目指した。その象徴といえるのが、3、4階の普通教室の間に設けた「スカイバティオ」という名の中庭空間だ。

スカイバティオの中夬の階段を上ると、屋上には木デッキが広がり、都市のパノラマが開ける空中庭園。この屋上は今も休み時間には大人気だそう。

設計:北川原温建築都市研究所(建築)、池田建築設計事務所(構造)、イーエスアソシェイツ(機械設備)、日永設計(電気設備)
施工:大林組
延床面積:7201.68㎡
階数:地下2階・地上4階・塔屋1階
構造:鉄骨造+鉄筋コンクリート造+鉄骨鉄筋コンクリート造
工期:1998年7月~1999年7月
第2期:4号館(2003年)/豊島学院高等学校
第2期工事の4号館は、3号館の4年後の2003年に完成した。3号館とグラウンドをコの字に囲む形で、北側に東西に伸びる。主に一般教室とクラブ室で構成される。



大きくは第2期に含まれるものとして、2002年に実習棟(7号館)も完成した。

第1期の完成時に入学生徒の大幅な増加があり、この第2期が完成するとさらに入学希望者が増加したという。
設計:北川原温建築都市研究所(建築)、池田建築設計事務所(構造)、イーエスアソシェイツ(設備)
施工:北野建設
延床面積:3508.42㎡(4号館のみ)
階数:地上3階
構造:鉄筋コンクリート造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造
工期:2002年4月~2003年3月
第3期:2号館(2004年)/昭和鉄道高等学校

2004年に完成した4号館は、昭和鉄道高等学校の校舎。まず、外観のデザインが印象的だ。西面と南面はステンレスのリブが交錯して走る白いボリューム。ステンレスのリブは「交通、情報のメタファ」だという。機能的にはガラス窓の水切り庇や誘発目地を兼ねている。

入り口のある北面は、「未来の列車」と名付けたステンレス鏡面。


室内に入って驚くのは、木とステンレスのうねるような面に挟まれた3層吹き抜け。この空間は各教室フロアをつないでおり、鉄道高校のキャンバス生活の中心となる象徴的空間として「ロコステージ」と名付けられた。


設計:北川原温建築都市研究所(建築)、池田建築設計事務所(構造)、イーエスアソシェイツ(設備)、EOS設備工房(電気)
施工:松尾建設
延床面積:3770.47㎡
階数:地下1階・地上4階
構造:鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造
工期:2003年3月~2004年8月
第4期:1号館 東京交通短期大学(2018年)
地上9階建ての1号館は、東京交通短期大学の校舎。川越街道と首都高に面したキャンパス全体の顔となる位置にあることから、外部の人を迎え入れるエントランス機能と、学園を象徴するランドマークの役割を持たせた。中には100人規模の大教室が積み重なる。

設計:北川原温建築都市研究所(建築)、TECTONICA(構造)、金田充弘(構造)、EQSD(構造協力)、建築エネルギー研究所(設備)
施工:北野建設
延床面積:2817.49㎡
階数:地下2階・地上9階・塔屋1階
構造:鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造
工期:2016年11月~2018年3月
風景と衝突? ナチュラルに共存?
北川原氏は、前回リポートした第5期の「6号館ラーニングセンター」の完成にあたり、『日経アーキテクチュア』(特別版「これからの学校2023」2023年5月25日発行)にこんな文章を寄稿している(太字部)
5期30年にわたる整備で住宅街に「キャンパスタウン」醸成
約30年前に策定したキャンパス整備のマスタープランは、様々な計画条件・社会状況の変化に対応して発展的に更新を続けてきた。キャンパスは、生徒たちの生活に寄り添い、豊昭学園らしく醸成されている。一貫して意識してきたことは、街路とキャンパスの関係性である。
学園の中心的な役割を担う「豊昭学園6号館ラーニングセンター」の完成によって、当初より掲げていた「街路で分断されたキャンパスをつなぐ」という考えが、「キャンパスの中に街路が通っている」という反転した関係性とも言えるようになってきた。
設計時期が違う校舎はそれぞれ意図的に異なるデザインを施し、単純な統一感が生じないよう配慮してきた。共通するのは「雑然とした住宅地の風景に、強いコントラストを生む」ということである。あえて「住宅地の風景との衝突」を起こすことによって点在する校舎をつなげ、周辺の住宅環境と対比的ながらも共存する。個性的な街区を生み出そうと試みている。
一連のプロジェクトは、第6期で完成に近づく。残るのは、既存校舎に囲まれた豊島学院高等学校の体育館の建て替えである。現段階では時期は未定だが、年月を置いていずれ動き出すタイミングを契機に、有機的に構成するキャンパスタウンをさらに醸成し、学園の進化と街区の発展に貢献したい。(北川原温)

この文章を読んで筆者が思ったことが3つある。1つは「「街路で分断されたキャンパスをつなぐ」という考えが、「キャンパスの中に街路が通っている」という反転した関係性とも言えるようになってきた」という部分。これはキャンパス内を歩いていると、まさにそんな感じだ。要所がブリッジでつながれているので、分断は感じず、キャンパスとして普通に一体感がある。


2つ目は、「あえて「住宅地の風景との衝突」を起こすことによって点在する校舎をつなげ、周辺の住宅環境と対比的ながらも共存する」という部分。これは北川原氏の本意と異なるかもしれないが、「風景との衝突」は絶妙に回避されている。意匠的に強い部分は、校舎同士が向かい合う部分で、住宅地に面する部分では意匠を抑えたり、セットバックしたりしている。だから、割とナチュラルに共存しているように見える(あくまで筆者の主観)。

3つ目は、「(既存体育館の建て替えの)時期は未定だが、年月を置いていずれ動き出すタイミングを契機に、有機的に構成するキャンパスタウンをさらに醸成し、学園の進化と街区の発展に貢献したい」という部分。当然、北川原氏(というか新生「MET」)としては、体育館も建て替えてパーフフェクトな状態にしたいだろうとは思うが、今の状態でも別に違和感はない。

実は、筆者は今回案内してもらうまで、体育館も北川原氏が設計したものだと思っていた。6号館にある旧丸ノ内線車両もそうだが、一見、異質なものを違和感なく抱き込んでしまうのは北川原デザインの特質ともいえるだろう。
とはいえ、池袋在住30年になる筆者が池袋から拠点を移すことは今後もないと思うので、自分の目の黒いうちに最終形を見られるかもしれないことを少しだけ楽しみにしていよう。(宮沢)

