まち・建築・ビジネス、田中仁の建築ヒストリー05:JINSの店づくり――中村竜治氏とのコラボを通してたどり着いた「クリエイティブさ」と「売れる店」の均衡点

Pocket

JINSの田中仁氏が店づくりのパートナーとして、数多く指名しているのが中村竜治氏(中村竜治建築設計事務所)だ。2006年に東京・青山の店舗づくりで初めて顔を合わせてから17年。売り上げも伴うヒット店舗が23年に大阪市内に生まれた。(ここまでBUNGA NET編集部)

 「中村竜治さん」と聞いてピンとくる人は、よほどの建築好きに違いない。名前に「竜治」とあるので、最初は強面(こわもて)の人物かと構えていたが、実際に会ってみると拍子抜けした。華奢(きゃしゃ)で、控えめで、まるで主張がないような佇まい。けれどもその姿からは想像もできないほどの心の強さとクリエイティビティを、彼は秘めていた。

 中村竜治さんとの出会いは、青木淳さんからの紹介がきっかけだった。店舗設計を若手の建築家に依頼したいと相談したところ、「中村竜治くんという事務所の卒業生がいる。なかなか面白いから会ってみたら」と勧められた。2006年のことだ。

JIN’s GLOBAL STANDARD 青山の店内(写真:鳥村鋼一)

 ちょうど東京・青山にオフィスを構えることになり、1階部分を借りて店舗にしようとしていた。彼が最初に出してきた案は、壁に吊るしたビニールに切れ込みを入れ、そこにメガネを引っ掛けて陳列するというものだった。「これは大丈夫か…?」と焦った記憶がある。

 さすがにビニールはやめようとお願いしたところ、次に出てきたのが「白い布に穴を開け、そこにメガネを引っ掛ける壁」の案だった。これも十分に非常識な案だったが、最初のプランがあまりにもぶっ飛んでいたので、次の案が“まとも”に見えてしまい、そのままお願いすることになった。

 壁以外には、中央に白いピアノ塗装の長方形什器を置くだけ。シンプルで真っ白な空間が完成した。場所は外苑西通りを一本入った路地裏。雰囲気は良かったが、売り上げは散々だった。立地のせいもあっただろう。けれど、店舗の佇まいにも原因があったように思う。素敵ではある。でも、どこか敷居が高くて入りにくい。アートギャラリーのようでメガネが売れるお店ではなかった。これが彼との最初の仕事だった。

 それでも、なぜか次の店舗もお願いした。今となっては、その理由をはっきりと思い出せない。けれど、自分の感性に何かが響いたのだと思う。

 依頼した2つ目のお店は京都・四条河原町阪急の改装。シナベニヤで囲われた壁、中央には標本箱のようなガラス什器を積み重ねた空間。天井からはシャンデリアが吊るされ、ちょっと色気があって竜治さんっぽくない仕上がりだった。売り上げもそこそこ良く、感覚的に「いいな」と思えたので、その次もお願いすることにした。ただこの店舗は、竜治さん的には納得がいかなかったのか、彼の事務所のホームページ(HP)からは消えてしまっている。

 3つ目は神戸北の店舗。イオンモールの中に、住宅の基礎だけが取り残されたような空間があり、その基礎の間を縫うように家具を配置して家の間取りのような空間をつくった。基礎部分の上にもメガネを置き、天井からは無数の小さなペンダントライトが吊るされ、壁にはヒョウ柄のような模様が施された。モールの担当者が目を丸くしていた光景は今でも忘れられない。

 さらに続けてお願いした千葉県・流山の店舗は、またしても斬新だった。店内を通路に対して45度振って壁を立てるという、まるでお店ではなく図書館のような空間。当初は「紙を曲げてメガネを置く」という案が出てきたが、これは売れないと直感し、一蹴した。結果、壁に棚を設ける案に落ち着いたが、死角が多く、商品がよく紛失する店舗になってしまった。

 それでもこの店舗は、「JCDデザインアワード2007 大賞」を受賞した。プロの目から見れば、アイデア満載の設計だったのだと思う。ただ、その裏には「中村竜治のクリエイティビティを信じて任せた発注者の勇気」があったことも、少し付け加えておきたい(笑)。

JIN’s GLOBAL STANDARD 流山(写真:DAICH ANO)
JIN’s GLOBAL STANDARD 流山の平面図(資料:中村竜治建築設計事務所)

「雰囲気の良いお店」と「商品が売れるお店」は全く別物だと気づく

 そうして彼には多くの店舗をお願いすることになったが、ある日突然、彼からこう言われた。「すみません。もうこれ以上は仕事を受けられません」。話を聞くと、このスピード感で毎回魅力的なアイデアが出せるわけではない。面白いと思えないまま、こなすような仕事はできない、と。

 当時の彼はJINS以外に大きな仕事をたくさん抱えていたわけではなかった。けれど、自分のやりたいことに正直でいたかったのだろう。時間に追われる仕事では、彼の興味が失われてしまう。それが伝わってきた。私はその考えを尊重し、いったん彼との仕事をお休みすることにした。

 そして9年後、2016年に再び声をかけた。京都・寺町通の路面店で、JINSのクリエイティビティを存分に発揮したいと思った。改めて依頼すると、「ぜひやりたい」と快諾してくれた。

 この店舗も、驚きの空間になった。テナントとして入るビルの1階に、鉄筋コンクリート(RC)造のコンクリート平屋を“詰め込んだ”ようなハウス・イン・ハウスの設計。竜治さんは「古い街や建築のように、次の改装の手がかりとなる空間にした」と言っていたが、これを改装しようと考える次のテナントが現れるかどうか…。とはいえ、グラフィックを担当した「高い山」の山野英之さんの表現と相まって、非常に京都にふさわしい仕上がりになった。

 この店舗はJIA新人賞や京都建築賞優秀賞なども受賞し、竜治さんのクリエイティブさが高く評価された。

JINS 京都寺町通の店内から見る(写真:中村竜治建築設計事務所)
JINS 京都寺町通の断面図(資料:中村竜治建築設計事務所)

■JINS ×中村竜治の主な仕事(年月は開業月)
2006年
3月 JIN’s GLOBAL STANDARD 青山
9月 JIN’S GLOBAL STANDARD 京都
11月 JIN’s GLOBAL STANDARD 神戸北
2007年
2月 JIN’s GLOBAL STANDARD 流山
9月 JIN’s TOKYO OFFICE
10月 JIN’s GARDEN SQUARE 青山
12月 JIN’s GARDEN SQUARE 名古屋大須
2016年
8月 JINS 京都寺町通
2020年
4月 JINS イオンモール高崎
2021年
8月 JINS イオンモール岡崎
2022年
12月 JINS 札幌ステラプレイス
2023年
4月 JINS 佐久平
8月 JINS グランフロント大阪

 そしてついに、売り上げも伴うヒット作が生まれた。それが「JINSグランフロント大阪店」である。この店舗は、愛知県・岡崎店の発展型として設計された。岡崎店では、店内のすべてが同じサイズだった木箱の什器を、グランフロントではバラバラのサイズに。壁面什器もカウンターも、すべて「木箱」で構成された。素材はヒノキの角材と合板。POPやポスター、デジタルサイネージなど、店舗内に乱立しがちな要素を木箱に収めることで、全体に統一感をもたらした。

 これまでの店舗はどれも単発の設計だったが、このデザインは“型”として横展開が可能だと感じた。JINSのビジョン「Magnify Life(マグニファイライフ)」に込めた、「プログレッシブ(革新的な)」「インスパイアリング(感動させる)」「オネスト(誠実な)」というアティチュード(姿勢)を体現した設計になっている。

 この設計は他店舗にも応用され、どんな条件の立地でも柔軟にJINSを表現できるものとなった。当初は横展開に消極的だった竜治さんも、いざやってみると新しい気づきや面白さを感じてくれるようになった。

JINSグランフロント大阪店(写真:中村竜治建築設計事務所)

 振り返れば、建築が好きだったからこそ、数々の建築家と面白いと思うお店づくりを重ねてきた。そして繰り返しの経験の中で気づいたのは、「センスや雰囲気の良いお店」と「売り上げを伴うお店」は全く別物だということ。

 かつては、建築家やインテリアデザイナーの提案をそのまま受け入れることもあった。今は、設計者と何度もすり合わせを重ね、完成へと近づけていく。奇抜さは少し抑えられたかもしれない。けれど、事業としては順調に進められるようになった。その背景には、クリエイティブさとビジネスのバランスを探し続けた、あの竜治さんとの時間があったのは間違いない。

 ちなみに、竜治さんには店舗設計だけでなく、建築そのものも依頼している。ひとつは、手打ちパスタ店「GRASSA」のために設計した、商店街に立つ物件だ。これは、前橋まちなか活性化プロジェクトの最初期に生まれた建築でもある。

 当時、シャッター街に並ぶ多くの建物は外壁に新建材が使われ、経年劣化で色あせ、街の寂しさを際立たせていた。そこで、かつての前橋に多く存在していた赤レンガ倉庫の風景を参照し、経年変化に強い素材を選んだ。赤レンガの色と質感が街の記憶を呼び起こし、新しい建物でありながら土地の歴史と連続性を感じさせる狙いだった。

住宅地に立つ木造平屋の倉庫に関する中村氏のスケッチ(資料:中村竜治建築設計事務所)
住宅地に立つ木造平屋の倉庫(写真:中村竜治建築設計事務所)
住宅地に立つ木造平屋の倉庫の平面図(資料:中村竜治建築設計事務所)

 もうひとつは、住宅地に立つ木造平屋の倉庫である。コストや耐久性を考慮し、外壁には金属や樹脂の波板を用いた。内部は木造トラス構造とすることで柱のない大空間を実現し、同時にローコストもかなえることができた。

 倉庫ではあるが、家としても十分に使えそうな建物だと思った。簡素ではあるものの、シンプルで自由な生活をしようと思えば、こういう空間も「あり」だと感じさせる建築である。何も加えず、安価な素材だけで空間を構成する姿は、中村竜治さんの真骨頂を表しているように思えた。

 この建物のすぐ隣には昔から残る長屋があり、その高さや屋根の色がこの倉庫とよく似ているため、遠目には「長屋の新築版」のように見える。街並みを壊さぬよう、あえて寄せたのだろうか。その真意は、今もわからない。(田中仁)

※次回は10月半ばに掲載予定

田中仁(たなか・ひとし):株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEO、一般財団法人田中仁財団代表理事。1963年群馬県生まれ。1988年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001年アイウエア事業「JINS」を開始。2014年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。同時に衰退していた地方都市・前橋のまちづくりに取り組み、2020年白井屋ホテルを開業し、現在も奮闘している(イラスト:宮沢洋)