JINSの田中仁氏による連載も今回で最終回。建築への関心を持ったきっかけを振り返るとともに、田中氏にとって街、建築、ビジネスがどんなつながりを持っているのかをまとめてもらった。(ここまでBUNGA NET編集部)

「縁側に戻る」。
この連載は、前橋の実家の縁側の話から始まった。祖母の膝に抱かれ、日だまりの中でうとうとしていた時間。家の中のようでいて外にも開いている、あの曖昧な場所。祖母と近所の人がとりとめのない世間話をしている。私はその声を聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
今振り返ると、私の建築への関心は、あの縁側から始まっていたのかもしれない。縁側は、何かをするための場所ではなかった。特別な目的があったわけでもない。ただ、そこにいることが許されている場所だった。
内と外の「あいだ」。人と人との「あいだ」。時間の「あいだ」。日本には「間(ま)」という言葉がある。はっきり区切らない。完全に閉じない。その曖昧さの中に、心地よさを見いだしてきた文化があった。
余白が必要か否か、対話を通して建築は街になじんでいく
子どもの頃はそんなことを考えていたわけではない。ただ、なんとなく落ち着く場所だった。しかし今思えば、あの空間には、人が安心して時間を過ごすための仕組みが、自然なかたちで備わっていたのだと思う。
街も、本来はそういう存在だったのではないだろうか。用事がなくても歩ける通り。立ち話が生まれる店先。少し座って空を見上げられる場所――。何かを消費するためだけではない時間が、そこにはあった。
建築は、その「間」をかたちにする役割を持っていたはずだ。だが今、街を歩くと、ときどき息苦しさを感じる。投資額。利回り。回収年数――。算数で成り立つ建築が、街を埋めていく。それは間違いではない。ビジネスとして持続させなければ、建築も街も続かない。私自身も事業を営む立場として、その現実をよく理解している。
だが、「間」がなくなると、街はどこか単調になる。自分の関わった空間でも、あとからそう思ったことがある。どこに行っても似たような風景になり、そこにしかない空気が薄れていく。
建築家は、ときに説明のつきにくい余白を提案してくる。用途を限定しないスペース。数字では測れない空気。すぐには評価されない提案――。事業家の立場からすると、そうした部分は削りたくなることもある。
それを残すか、削るか。そこに、事業家の判断がある。建築家が構想を結晶化する人だとすれば、事業家は、その結晶を現実の中で持続させる人なのだと思う。
ときには意見が食い違うこともある。折り合いをつけなければならない場面もある。だが、その「あいだ」の対話があるからこそ、建築は少しずつ街になじんでいく。
建築は箱、ビジネスは仕組み、街はインフラ――決してそれだけではない
この連載では、いくつかの建築家との仕事を紹介してきた。どの建築家との対話も刺激的だったし、迷いもあった。ときには、自分の考えが揺さぶられることもあった。だが、その時間があったからこそ、自分の考えは少しずつ形になってきたのだと思う。実際には、ここで触れられなかった素晴らしい建築家が本当にたくさんいる。
回数の制限もあり、すべてを書くことはできなかった。それは正直に言えば、心残りでもある。この場を借りて、あらためて感謝を伝えたい。
街・建築・ビジネス――。3つは別の言葉だが、私の中ではつながっている。建築は、ただの箱ではない。ビジネスも、仕組みだけでは語れない。街も、インフラ以上の何かを抱えている。
そのあいだにある「間」をどう扱うか。街に何を残すのか。建築に何を託すのか。ビジネスで何を持ち続けるのか。結局は、「どんな間を未来に残したいのか」ということなのだと思う。
答えは出ていない。きっと、これからも出ない。ただ、月明かりに照らされた桑畑の景色を、今でも思い出すことがある。深い緑のはずの葉が、黄色い光を受けて静かに輝いていた。美しく、どこか少し切ない光景だった。

あのとき、私はただ窓の外を眺めていた。何かを決めるためでもなく、何かを考えるためでもなく、ただ、そこに流れていた時間。街にも、建築にも、ビジネスにも、そんな時間を少しでも残せたらと思う。
連載はここで終わる。だが、縁側の風や、桑畑の月明かりを思い出しながら、これからも街を歩き、考えていくのだろう。あの縁側に流れていた時間を、どこかで探しながら。(田中仁)
※完。1年間のご愛読ありがとうございました。


