「船の体育館」の愛称で知られる丹下健三設計の旧香川県立体育館(1964年竣工、2014年閉館)の代替施設となる新体育館「あなぶきアリーナ香川」が2月24日に開館した。筆者(宮沢)が前職時代から注目していたプロジェクトで、「見たいなあ」と思っていたら奇跡的に近くで別の仕事が入り、同日午後の開館イベントを見ることができた。



敷地は瀬戸内海に面し、高松港や高松駅に近接する「サンポート高松」の北側街区。JR高松駅から歩いて5分ほどという便の良さ。
設計はSANAAだ。施工は大林組・合田工務店・菅組JV(共同企業体)。工事費約202億円。

2018年の公募型プロポでSANAAが当選
今年2月上旬にRIBA ゴールドメダルの受賞が発表されたSANAA(日本人では丹下健三、磯崎新、安藤忠雄、伊東豊雄に続いて5組目の受賞)。今をときめく2人だが、さすがにこの規模の公共建築は特命発注ではない。2018年に公募型プロポーザルで選ばれた。これが筆者の前職(日経アーキテクチュア編集長)時代で、大空間建築の設計競技は極めて珍しく(大抵こういうものは設計・施工JVコンペになる)、しかも公開プレゼンテーションがあるということで記者に取材に行ってもらったのだった。
プロポーザルの評価委員長は建築史家の松隈洋氏(当時は京都工芸繊維大学教授)が務めた。そのほか、建築家の北山恒氏や構造家の斎藤公男氏など計9人が審査に当たった。
選考は2段階。まず応募32者の提案書を評価し、SANAAのほか、日建設計・タカネ設計共JV、SUEP.、藤本壮介建築設計事務所、坂茂建築設計・松田平田設計JVの5者を選定。2018年5月に公開プレゼンテーションを開催した後、非公開で審議し、最優秀者を決めた。次点者は日建設計・タカネ設計JVだった。
ちなみに次点の日建設計チームのメイン担当は大谷弘明氏(現CDO)で、これでもかと水平性を強調した案だった(その案や他の案を見たい方はこちら)。
SANAAの計画案は、コロナ禍の2021年に東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で行われた妹島和世+西沢立衛/SANAA展覧会「環境と建築」でも模型が展示されていた。
速報:SANAA展@ギャラリー・間が開幕、妹島・西沢両氏から直接聞いた“鑑賞の心得”


最優秀の決定後、議会でのSANAA案に対する風当たりが厳しいという話を聞いていたので(例えばこんな報道)、どこにでもある無難な体育館になりはしないかと気を揉んでいた。それでは丹下の旧体育館が浮かばれないではないか。だが開館式で見た限り、新体育館はプロポーザル案と大きく変わらずに出来上がっていた。
「豊島美術館」を思い起こさせる屋根、構造設計は佐々木睦朗氏
外観の特徴は、メインアリーナとサブアリーナ、武道施設兼多目的ルームの3つの施設を、連続するドーム状の大屋根で覆っていること。地下1階・地上2階建てで、延べ面積は約3万1000m2。

屋根は、瀬戸内海や讃岐平野の山々の風景との連続性を意識したフォルム。周囲の景観に配慮して高さを抑えた1枚の大屋根で3施設をつなぐ。一般的に大空間を持つ建造物は、立体トラス構造で空間を支えるが、今回、メインとサブのアリーナは高さを抑えるために単層ラチスシェル構造を採用している。主役のメインアリーナは直径116mで最高高さ27.7mと、この規模では見たことのないライズの低さ。各アリーナをつなぐ部分は吊り構造となる。



ドーム状部分の鉄骨は、円形のテンションリングの中に四角い格子を架け、その中にもう1つの格子を斜めにはめ込んでラチスを構成している。不透明な屋根が架かってはいるが、ガラスドームを見上げるような軽やかさだ。

SANAAの建築が好きな人は、きっと西沢立衛氏が設計した「豊島美術館」(2010年)を思い出すだろう。あちらはコンクリートシェルで大きさも小さいが、低くなだらかに、奥へ奥へと伸びる天井の感じは非常に似ている。

実は構造設計も、豊島美術館と同じく佐々木睦朗氏だ。


メインアリーナは、国際的な競技大会やコンサート、プロバスケットボールチームの試合など多岐にわたる利用を前提に、固定席5024席、仮設席を含むと約1万人の収容が可能な中四国最大級のアリーナだ。
この日のメインイベントは、香川県出身のギタリスト・小倉博和さんがプロデュースしたミュージックセレモニー。ゲストとしてバイオリニスト葉加瀬太郎さんが登場し、会場を盛り上げた。


観客席をぐるりと囲む共用部分に「交流エリア」と呼ばれるスペースがある。ここはイベント時には物販などに利用でき、普段は県民の憩いの場になることを想定している。

この日は外光が入らない状態になっていたが、資料を見ると、開口部がぐるりと取り巻いているようだ。実施設計資料には「海への眺望」と書かれているので、館内からも海が見えるのだろう。

弧を描くステンレスシートを現場で成型
もう一度外に出て外観を眺めよう。

屋根はフッ素樹脂塗装カラーステンレスシーム溶接防水工法で施工した。耐候性に優れたステンレスシートをシーム溶接でつなぎ、球面形状の屋根にする。立面上で溶接ラインを垂直に見せるデザインだ。実際には直線ではなく、弧を描くシートが必要になる。ひずみ対策に施される深リブ加工を利用し、ステンレスシート1枚ごとに左右にカーブさせる必要があった。メインアリーナ全体ではステンレスシート約650枚を、現場成型で一枚ずつ加工している。この工法で100mを超える大規模施設への適用は前例がないという。

なんと、このライン↑を出すためにそんな大変なことを…。この話は大林組のサイトのリポート(下記)を参考にさせてもらった。
プロジェクト最前線 瀬戸内海の山並みに溶け込む多目的アリーナをつくる 新香川県立体育館(仮称)建築工事(2024. 08. 22)
サブアリーナはこの日は見学できなかった。ガラス越しに覗くと中はこんなだった。天井がより近い感じがする。

西側の武道施設兼多目的ルームから見ると、庇が3段に雁行して見える。これは、桂離宮を意識しているな、きっと。

総じて「旧体育館が浮かばれないことはない」仕上がりだった。
だが、だからといって「旧体育館は忘れてもいい」ということにはならない。
東へ2km、「船の体育館」は変わらぬオーラを放つ
開館イベントの後、東に2km、30分ほど歩く。そこには、ありし日と変わらないすごいオーラを放つ旧体育館が待ち構えていた。そこにあるというだけでこれほど強いメッセージを放つ建築は珍しい。


そして、あることに気づいた。
この形は誰がどう見ても和船である。筆者の近著『丹下健三・磯崎新 建築図鑑」(2025年3月1日発刊予定)でもこんな絵を描いた。


それに対して、SANAAの新体育館はどう見ても「島」。開館式の来賓挨拶でも「ひょっこりひょうたん島を思い出す」という声が出ていたし、筆者も「昔話の島のよう」と思った。この形は誰の心にもある“原風景としての島”につながる。

つまりSANAAは、旧体育館の「海に浮かぶ船」というモチーフに対して、「海に浮かぶ島」で返したのである。船が寄港する島だ。公式の設計資料を見てもどこにもそんなことは書いていないが、これは「新体育館は旧体育館と対になってこそ意味をなす」=「旧体育館も新たな形で活用すべき」というメッセージなのではないか。

KSBの報道(こちら)によると、香川県は旧香川県立体育館の解体費用を新年度の当初予算案に計上する方針を固め、2月17日に開会した2月定例県議会に提案する見込みだという。新年度当初予算案に計上するのは解体工事などの費用10億900万円で、事業期間は2025年度から27年度まで。
香川県議会の皆さんには、SANAAが新体育館に込めたであろうメッセージをもう一度考えていただきたい。こうした提案(旧香川県立体育館問題で「再生の会」のサウンディング型市場調査の提案がすご過ぎる件)をはじめとして、旧体育館を生かす道はないわけではない。そしてこれは筆者の持論であるが、急いで壊す理由がない建築は、今のまま「ほおっておく」ことも賢明な「生かす道」である。(宮沢洋)
