「反復と日常 木村松本建築設計事務所 展覧会」が、10月15日まで大阪市中央区の「日本橋の家」で開催中だ。オープンしているのは基本的に土・日・祝日の午後1時から6時まで。最終日の10月15日のみ平日にオープンする。
会場となる日本橋の家は、オーナーである金森秀治郎氏一家がかつて住んでいた住宅をギャラリーに改修したもの。「安藤(忠雄)さんが設計した空間をできる限り多くの人に体験してほしい」(金森氏)と、まずは名を知られる関西の建築家4組に声をかけ、彼らの建築展に来てもらうことで、その思いを実現してきた。木村松本建築設計事務所(京都市。以下、木村松本)が4組の最後を飾る。
木村吉成氏と松本尚子氏のパートナーによる木村松本と言えば、木の架構を繰り返した構造体とそこにきっちりと納めたサッシワークが持ち味の1つだろう。個人的には、1階を透明ガラスのサッシで囲んだ「house T / salon T」(2016年)が彼らの作品の“原風景”として記憶に残っている。生活に応じてクライアントがアレンジして使いこなす。これはプロトタイプとも言え、与条件に応じて架構やサッシに変化をつけながら、きめ細やかなディテールで、アトリエと住居、店舗と住居などといった併用住宅を生み出してきた。今回の展示のタイトルである「反復と日常」(趣旨は記事の最後を参照)も彼ららしい。
1階のエントランスを入ったスペースには、3つのテーブルが置かれ、手前の2つには100分の1で統一されたスタディ用の架構模型が所せましと並べられている。最も奥のテーブルに配されたのは、実現されたプロジェクトの架構模型だ。2階から上の迷路のように続く各部屋には、代表的なプロジェクトが1つもしくは2つ置かれている。
現地を訪れたのは9月21日。金森氏には面会できたものの、木村氏や松本氏に会うことができなかった。展示会のフライヤーには詳細な説明がなかったこともあり、展示の意図をその場で完全には理解できなかった。しかし、会場を訪ねた日の夜、木村氏からメッセージをもらい、合点がいった。
木村氏のメッセージは次の通りだ。「『安藤建築で建築展をする』ということを考えた展覧会だ。そこにある空間と建築展がどうすれば併存できるか、というのが今回の1つのテーマとなっている。また同時に「建築展」というフォーマットを僕たちなりにどう設計するかも考えている。そのため、細かな(わかりにくい)仕掛けをいろいろと試した。展示パネルを空間から切り離すために斜めに立て掛けながらもコンクリートパネル割りは意識するとか、それぞれの部屋の特徴を読み込んで展示物を計画するなど、楽しんでつくりあげた」
「迷路的な建築を鑑賞者が自由に行き交う姿を想像」
木村氏のメッセージを受けて、彼に2つの質問を投げかけた。
――1階の2つのテーブルにスタディ模型を配置した意図とそのスケールの根拠は?
「1階の展示について、手前2つのテーブルは100分の1モデルで、どの規模のプロジェクトも同じ解像度で条件と環境に対する構え方を試作するため統一して行っている。プロジェクトごとに時系列は外して連続した思考方法を群として見せたいと考えた。奥のテーブルのものも同じく100分の1だが、各部材のメンバーは実現したものとは異なり統一している。木村松本のスタディは架構をどうつくるかを考えるとともに直行座標系にどのような線(柱・梁・筋交いなど)を引くかのノーテーション(特定の記号・符号による表記法)でもあることを示している」
――上階の各部屋に割り当てたプロジェクトは、どのような考えでピックアップしたものか。またそれぞれの展示計画はどう決めたのか?
「上階の展示は写真・モデル・図面などを、それぞれの展示方法により、断片として並列に展示した。それは実際に建った(建つ)建築の複製としてではなく、ある意味『足りない』それらのあいだを鑑賞者が行き来することで、それぞれのなかに異なる建築がたち現れる体験が起これば、という考えからだ。またそれぞれの室への割り当てはそれぞれのスケールと展示する建築のある部分の類似(すべてではないが)、明暗という環境条件(暗い部屋の写真は全艶など)、コンクリートのパネル割りなどから作品と展示計画を決定している」
「全体として『建築展』という出来事と、『日本橋の家』という建築空間が別々にあるような総体をつくりたいと思っていた。完全なホワイトキューブではなく、また本来的にはギャラリーでなく家だった建築と一体化をさせず、併存しているような状態だ。そのことであのシルプルかつ迷路的な建築を鑑賞者が自由に行き交う姿を想像した」
<開催案内> 反復と日常 木村松本建築設計事務所 展覧会 会期:2024年9月14日(土)~10月15日(火)の土・日・祝日(最終日のみ平日) 入場時間:午後1時~午後6時 入場料:無料 場所:日本橋の家(大阪市中央区日本橋2-5-15) 会場提供:金森秀治郎 協賛:株式会社ストローグ、大和重工株式会社、株式会社ドットアーキテクツ、株式会社水野製陶園 アクセス:地下鉄堺筋線・千日前線および近鉄線の日本橋駅下車 徒歩3分
金森氏の思いに木村松本が存分に応えた展示は見ごたえがある。上階の各部屋には段ボール製のスツールや木製のベンチがしつらえられており、そこに腰かけて連れ同士でなごやかに話す姿、一人で図面集に見入る姿があちこちに見られる。その前を、迷路のような安藤建築を楽しむように、人が行き来している。木村松本による考え抜かれた展示をぜひ体験していただきたい。
オーナーの金森氏の取り組みは今後も続く。大阪・関西万博が開かれる2025年にはデンマークの建築とアートをテーマにした展覧会を予定している。さらに、同年にはアルファヴィルと川島範久建築設計事務所、26年には芦澤竜一建築設計事務所とUIDの建築展も開く予定だ。「70歳になるが、あと10年は頑張りたい」と金森氏は言う。
最後に会場のエントランスに掲げられた木村松本による展示の説明書きをまとめておこう。(森清)
反復と日常 repetition・everyday 木村松本ではあるときからボリュームスタディ、つまり建築を外形から考えること、スタイロフォームなどを用いて建築の立体を考える作業をやめた。また、ゾーニング、プランニングからも設計をスタートすることもやめた。それは「house T/salon T」(2016年)の設計がきっかけだ。当時としても相当に厳しい予算(今ではきっと不可能だ)での建築、これまでやってきた、建築を建築たらしめるのに必要で外せないと思っていたことのすべて、プランニング、あらゆるものが持つ意味とその操作、マテリアル、ディテール、そして構造など。そんなことのすべてがその予算の前ではどうしたらよいかわからなくなり途方に暮れてしまった。だけどそういった状況でひとつだけ選ぶとするならば、とわれわれが握りしめたのは構造、つまり「架構」だった。斯くして設計はスタートした。 進めていくうちに敷地にまつわる条件や歴史性、気候などといった風土的特性だけでなく、建築基準法や景観条例(そこは風致地区だった)、材料の規格、建材そのもののありかた、建設に際して必要な足場やさまざまなものを運搬する費用、廃材を廃棄する費用などといったものまでもが、すべて架構に集約することが可能であることに設計を進めるなかで気がついた。あらゆる事象・事情・条件を還元的に、集約的に捉えて架構という統合体で現出させればよいのだと。それ以降、迷いなくすべての建築をその思考で設計し続けている。 今回展覧会を開催するにあたり、そういったこれまでの仕事を振り返ると多くの共通点が見いだせた。 それが「反復」である。 いうまでもなく架構、あるいはエレメントであったり、マテリアルであったりと、ある条件において最適なものを私たちはひたすら反復していた。それらは人の安全を守るだけでなく、平面的な広がりを生み出し、さまざまなものに場を与える気積を有し、複数の機能を同時に解きもする。 反復は「リズム」を生み出す。 テンポや拍子によるリズムは音楽においては3つの要素、リズム・メロディ・ハーモニーのひとつである。それは楽器のみで演奏される楽曲(インストゥルメンタル)だけでなく、われわれがその言語を理解していないものでさえそれらを「美しい」と知覚できるのは、おそらくそれらの声音も「リズム」として捉えることができるからだと思う。 そしてリズムは地域性を有する。例えば無拍とよばれるリズムが日本にはあり、コンテンポラリーな音楽にも使われるポリリズムはアフリカが発祥である。 反復は「秩序」でもある。 建築が建てられる周辺環境にはすでになんらかの秩序が備わっているのが常であるが、それは自然の中であっても、人工的な都市であっても変わらない。自然の中に立つ大木の下には木陰が生まれ、まわりと温度や湿度の差異を生みだす。木の下やそのまわりでは独自の植生がつくられ、幹や枝葉、そして土中にもさまざまな生き物が生態系をつくりだす。そういった「総体としての大木」を前に、無意識にさまざまなものの息遣いを私たちは感じ取っている(それは人工的な環境においても同様だろう)。 建築は取り巻く環境の秩序に対して分析と整理を行い、それらに接続する「仮説としての秩序」を設定し、設計を実行する。そうやって作られた秩序、すなわち目に見える反復はあらゆる人にわかりやすくその成り立ちを知らしめ、そこでのやり方にヒントを与えるだろう。 反復は大きなものをつくりだす。 小さな単位は反復することで大きなもの(例えば建築)としてこの世にたち現れる。そしてそれは都市規模で見た場合はまた小さな単位となりまた反復し、さらに大きなものとなる。 最後に、人の生活は反復によって成り立っている。 それは時間や1日という単位としてだけでなく、季節や年といった長い時間においても繰り返される。あるいは人ひとりの人生だけでなく反復する生活が文化となる。 そういった反復からなるリズムや秩序を、いかに心地よく、快適に、あるいは自由を保証するように刻むことができるか。反復からなる無形のリズム=生活を支え続けてきたものが、有形のリズム=反復としての建築であり、それを実現する技法が設計なのだと言えそうだ。 今回の展示ではそういった木村松本の実践の一部を、数々のスタディとともに、部分と全体、全体と部分を行き来する経験として、またこの素晴らしい日本橋の家という建築空間での経験を二重奏のように体験していただければ幸いである。 木村松本建築設計事務所