夏の建築展02:「情熱と現実の間」に悩んだメタボリストの記録、「こどもの国」のデザイン展@ 国立近現代建築資料館

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 「SUEP.展」を乃木坂のTOTOギャラリー・間で見た後は、千代田線で東に15分ほどの湯島駅へ。駅から5分ほど歩くと、湯島天神の向かいにある「国立近現代建築資料館」(湯島地方合同庁舎内)に着く。ここでは“一般の人にもとっつきやすい”SUEP.展とは対照的な“建築好きですら受け取り方に悩む”展覧会が行われている。6月21日に始まった「『こどもの国』のデザイン ー 自然・未来・メタボリズム建築」展だ。

(写真:宮沢洋)

 タイトルを聞くと、「子どものための建築デザイン」の展覧会に思えるが、そうではない。「こどもの国」というのは比喩ではなく、固有名詞。横浜市青葉区に現存する児童遊園だ。マニアックなテーマが多い国立近現代建築資料館(以下、建築資料館)の企画展の歴史の中でも、これは相当に渋い。私は菊竹清訓ファンなので、「こどもの国にかつて菊竹が設計した宿泊施設があった」ということを知っているが、「こどもの国」とだけ聞いてピンと来る人はどれだけいるのだろうか。

結成から3年たったメタボリズム・グループに訪れた実践の場

 以下、太字部はニュースリリースの中にあった内容紹介だ。

 「こどもの国」(横浜市青葉区)は、1965年5月5日に開園した児童厚生施設です。当時の皇太子殿下(現上皇陛下)のご成婚を祝して全国から寄せられたお祝い金を、子供のためになる施設に使ってほしいという殿下の御意向を受け、国費はじめ多くの民間企業や団体・個人の協力のもと、1961年に米軍から返還された旧日本陸軍弾薬庫の土地を整備し、開発されました。(中略)

 「こどもの国」の計画と整備は、日本の近現代建築の発展において、貴重な意味を持ちます。施設の設計者の多くは、メタボリズム(新陳代謝という意味)という建築家・芸術家グループの結成にかかわり、生物が新陳代謝するように成長する建築、他者との共生に配慮した建築を重視した建築思想と未来都市像を発展させました。(中略)

 ここまでは、分かる。本展で展示されている建築家名を補足すると、こんな面々だ。

・浅田孝:マスタープラン、皇太子記念館
・イサム・ノグチ、大谷幸夫:児童遊園・児童館
・黒川紀章:セントラルロッジ、アンデルセン記念の家、フラワーシェルター、等
・大髙正人:修学旅行会館
・鈴木彰:交通訓練センター
・菊竹清訓:林間学校

 おお、すごそう。これもリリースに書けばいいのにと思ったので補足すると、上記の設計チームは1963年に結成された。浅田孝、大高正人、菊竹清訓、黒川紀章は、1960年に結成されたメタボリズム・グループの中心メンバーだ。結成から3年たったメタボリストたちが、チーム一丸で取り組む大規模計画ということで、さぞや意気が上がったに違いない。さらに、メタボリズムメンバー外からも、丹下健三の右腕であった大谷幸夫や、世界で活躍する彫刻家のイサム・ノグチが加わることになった。そんなことを知ると、嫌がうえにも展示への期待は高まる。

 しかし、リリースの内容紹介は、その先が何だかよく分からなくなっていく。

 開園当時のこどもの国の施設の一部は現存していますが、施設デザインの当時の全体像を知るには、施設デザインを詳細に紹介する本展が絶好の機会となります。建築家たちが、子供の遊びと成長と自然と未来を結びつけようとした努力や工夫も理解されるでしょう。ここには、1960年代という、今日に比べれば素朴な社会状況にもかかわらず、共生、持続、更新といった、現代社会の大きな課題への先駆的取り組みの芽生えを見ることができます。こどもの国の開園時のデザインを見つめ、そこに見られる夢と理想と魅力を再考することで、現在の様々な課題に向かい合うためのヒントが得られるのではないでしょうか。

 何か大きいことを言っているようで、具体的なことは何も言っていない。現代に対する位置付けをしたいのは分かるが、それもぼやっとしている。編集者的に見るとかなり苦しい。

 しかし、展示会場を見てみると、位置付けに困ったことが伝わってきた。

敷地全体がABCDの4地区に分けて計画され、本展もそのゾーニング別に展示されている
黒川紀章が設計したフラワーシェルター。なるほど、同じパーツで2種類つくれる、と。確かにメタボリズムだけど、なんてシンプル!
これは、現在も「こどもの国」に残っているようだ

 設計過程ではさまざまな大胆なアイデアを出しているが、実現したものにそれほどびっくり感がない。そもそも実現していないものもある。この面々でこの程度か、と逆にびっくりしてしまう。

菊竹清訓が設計した林間学校の宿泊棟(現存せず)。菊竹らしい造形だなとは思うが…
設計過程を見ると、こんなタワー案の図面も描いていた

「あとがき」を読むとようやく腑に落ちる

 私も展示を見ながらどういう視点でリポートを書こうかと悩んでいたのだが、最後のコーナーで「あとがき」を読んでようやく腑に落ちた。小池周子研究補佐員が書いた文章だ(太字部)。

 何よりも資料を見て伝わるのは、財政やりくりの多大な努力と経過についてである。(中略)

 中に減額案、折衷案とも見られる計画案もある。協力会の懸命で地道な集金活動を横目に、メタボリスト達も現実的な落としどころを模索していたのかと想像させられる。(中略)

 「情熱と現実の間」という言葉がぴったりくる本資料群は、戦後日本の高度成長期を支え、実現した日本のメタボリズム建築の実像を語る資料なのである。

 おお、これこそ、この展覧会の位置付け。「情熱と現実の間」と小池氏はロマンチックに表現しているが、私の印象としては「現実に敗れたメタボリストたちの記録」だ。そういう視点で見ると、それぞれの資料が面白く読める。こうした60年代半ばの挫折があったからこそ、1970年大阪万博やその後の高度成長期に創作欲を爆発させることができたのかもしれない。そんな想像が沸いてくる。 

 余談になるが、本展では、会場の一画に「新規収蔵資料紹介」というコーナーが設けられている。この中に「木村俊彦構造設計資料」として、大阪万博「住友童話館」の構造軸組み図などが展示されていた。住友童話館は、大谷幸夫の設計だ。

 「新規収蔵資料紹介」は企画展の「こどもの国」とは何の関係もない展示なのだが、勝手に結び付けて「大谷さん、情熱が現実を越えましたよ!」と賛辞を送りたくなった。

 弾丸建築展巡り3件目は、湯島から千代田線と東西線を乗り継いで早稲田へ。(宮沢洋) 

■「こどもの国」のデザイン ー 自然・未来・メタボリズム建築
会場:文化庁国立近現代建築資料館(東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内)
会期:2022年6月21日(火)~8月28日(日)、毎週月曜日休館(但し、7 月18日は開館し、7月19日休館)
主催:文化庁
協力:社会福祉法人こどもの国協会
公式サイト:https://nama.bunka.go.jp

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