SNSでこの写真展がいいと書きこむ人がいたので、見てきた。本当によかった。建築の写真展でこんなに“強さ”を感じたのは久しぶりだ。高野ユリカ氏の『秋の日記』展。日比谷公園にある千代田区立日比谷図書文化館の1階特別展示室で、9月20日(金)から9月30日(月)まで開催中だ。今日を含めてあと4日しかないが、無理をして行っても損はない。
高野ユリカ氏は、最近あちこちで写真を見かける人だ。建築写真家というわけではないが、建築家や編集者が建築を撮ってもらいたくなるということなのだろう。本展を見てその理由がわかった気がした。
まずは公式の説明文(太字部)。
《秋の日記》は、建築家・白井晟一(1905–1983)の秋田県湯沢市の建築群をめぐり私が書いた写真日記である。
この日記では、白井と親交のあった作家・林芙美子(1903–1951)の旅行記の身体の身振りを倣い、その土地にとってあり得たかもしれない身体の演技を試みた。その空間における過去や未来を想像することは、私にとっての「わからない」ものに眼差しを向けるときの手がかりになる。「彼女」の身体を型(かた)として、白井の建築を見てみたいと思った。
大文字の歴史(history, his-story)として残ってこなかった、取りこぼされた個人史や生活史(her-story)の視点から、いまここの時間ではない、百年前や百年先の何かに出会うように、建築空間を想像して眺めてみたい。白井と林の二人の思想に共通する「民衆」への眼差しや「生活」への慈しみに共鳴し、このプロジェクトを通して私なりの形で応答してみる。
本展は公益財団法人窓研究所の2023年度文化活動助成を受けて実現したものだという。
「林芙美子(1903–1951)の旅行記の身体の身振りを倣い、その土地にとってあり得たかもしれない身体の演技を試みた」という高野氏の日記(原稿用紙に手書き)が、写真にまじって並んでいる。そういう趣向が心に響いたのかというと、そういうことではなく(それがツボだったという人もいるかもしれないけれど)、とにかく写真が“強い”のである。その強さが普段見ている建築写真のそれではなく、“情念”のような強さなのだ。
“情念”なんて、これまで記事で一度も使ったことがない言葉かもしれない。でも、ほかに言葉が見つからない。そこに映し取られているのは、単なる建築の形や陰影ではなく、その建築への執着だっだり、安らぎだったり、嘆きだったり、諦めだったり、憎悪だったりなのだ。
普段見ている建築写真の強さというのは、考えてみると、設計した人が伝えたかった部分を研ぎ澄まして伝えることによる強さなのだろう。それに対して、本展の高野氏の写真は、たぶん白井晟一の伝えたいところを強調しているわけではない。その建築に向き合う別の人間のどろどろとした感情を写し取っている。「旅行記」というスタイルは、そういう枷をはめることでより深く建築に対峙するための仕掛けなのだろう。
「写真評」というものをたぶん、生まれて初めて書いたと思う。的を射ているかはさておき、何かを書きたくさせる写真展だった。(宮沢洋)
高野ユリカ氏のサイトはこちら→www.yurikakono.com
■開催概要
高野ユリカ氏『秋の日記』
会場:千代田区立日比谷図書文化館 1F 特別展示室
会期:2024年9月20日(金)から9月30日(月)
開催時間:10:00~17:00
入場料:無料
主催:高野ユリカ
展示デザイン:tandemstudy(大村高広+佐藤熊弥)
グラフィックデザイン:星野哲也