「高架下建築図鑑」では鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、高架下建築の魅力と奥深さをひもとく。連載3回目に訪れたのは、JR総武線の秋葉原駅と御茶ノ水駅の間にある「旅籠町高架橋」と一部が一体になっている「旅籠町橋高架下ビル」だ。
【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】
昭和初期の最新技術が導入された高架橋
「旅籠町高架橋」は、神田川に架かる「昌平橋」の北側にある。この周辺は中山道の第一の宿場である板橋宿、日光御成街道(にっこうおなりかいどう)の宿場町である川口宿への街道筋として、かつては旅籠が数多く立ち並んでいたことから「神田旅籠町」と呼ばれていた。高架橋の名称はその旧町名に由来する。
旅籠町高架橋は鉄筋コンクリート造で、高さは約12m。橋脚間の上部がアーチ状なのは、西側に連なる緑色のアーチ橋「松住町架道橋」との調和を建設当時の技術者たちが意識した結果だろうか。いずれの鉄道橋も関東大震災の復興事業として1932(昭和7)年、総武線が両国駅から御茶ノ水駅まで延伸された際に建設された。
両国駅・御茶ノ水駅間の総武線の線路は、秋葉原駅で東京市街高架線(現在の山手線と京浜東北線)をまたぐことになるため、鉄道橋も当時としてはかなりの高さがあった。また、“帝都”の復興事業として最新技術が導入され、近代的なデザインの鉄道橋が架けられた。架設当時はこれらの鉄道橋を遮る高さの建物もなく、その頃の旅籠町高架橋などを描いた絵葉書には「東洋一の大陸橋」と謳われている。
今回訪れた「旅籠町橋高架下ビル」は、そんな旅籠町高架橋の西端、松住町架道橋との連続部の真下に立つ。地上4階建ての既存棟に2階建ての建物を増築しており、全体が「POP @P SPACE -AKIHABARA-(ポップアップスペース・アキハバラ)」という名のゲーム・アニメ関連の物販・展示店舗だ。店内の一部にカフェスタンドも併設。2023年6月のオープン以来、ゲームキャラクターのポップアップストア等として使われている。
増築棟の杭は長さ約25m!
既存棟は築50年以上と古く、旅籠町高架橋と一体のつくりだ。「このような土木と一体構造の高架下建築は、今はなかなかつくれません。高架下建築は高架橋に触れずにつくることが原則ですから」と、ジェイアール東日本都市開発の福田美紀氏が話す。今回は同社開発事業本部の福田氏と施設管理本部の岩崎遥氏が案内してくれた。
一方、増築棟は敷地形状に合わせて平面が三角形で、南西面は昌平橋や大通りからよく見える。「この場所は“アキバ”の西側の入り口に当たるので、ガラスの大開口を設けて目印となるようにするとともに、開放感や入りやすさを演出しました」(福田氏)
もともと増築棟部分には、旧耐震基準しか満たさないブロック造の建物が立っていたという。それを解体撤去し増築棟を建てるにあたり、以前の建物は杭を打っていなかったので増築棟の工事で新しく打つことになった。その長さはなんと24.7m。しかも延べ面積72m2という規模に対して4本も打つ必要があった。
岩崎氏は「この建物の規模では一見過剰とも思えるような杭の長さと本数は、完全に立地の影響です。神田川に近接するこの一帯は軟弱地盤なのです」と説明する。また、杭を打ち込むと、地盤に影響が現れる。その影響が高架橋の既設杭に及ばないようにするため、JR東日本の土木管轄部門とは杭のことだけでも相当なやりとりをしたという。
高架橋のアーチを活かして新旧融合
既存棟は鉄骨造で杭も打ってあったが、その杭が高架橋に近接しているため撤去することができず、既存杭を残したまま新たに杭を打つスペースも確保できないため、建て替えることが難しかった。建て替えられたとしても低層になる。そこで既存棟に新しく増築し、既存棟と増築棟をつなげて1つの建物にする方向性を固めた。
高架橋と一体につくられた既存棟の2階部分では、高架橋のアーチ形状が露出していた。剥落などの安全性の問題から高架躯体露出での活用は難しかったが、テナントの内装計画で、高架橋の特徴的な形状をモチーフとしたアーチ状の壁と天井をつくっている。
このアーチ部分は新旧を結ぶ“トンネル”のような趣があり、店舗空間の大きな特徴になっている。
完成後の増築棟では1階・2階とも、開口部の傍に白い円柱が2本立っている。「この真下に杭があります」と福田氏。内装の壁に隠れているが、同様に“杭の真上の円柱”が他に2本ある。
階段は既存棟側に1カ所。その階段で岩崎氏が、言われなければ誰も気づかないだろう、高架下建築ならではのポイントを教えてくれた。「高架橋の点検時にカメラを入れて回転もできるように、内装壁と高架橋の間は10cmほど離しています。鉄道を安全に運行するうえで高架橋の管理・保守はとても重要ですから、壁は離して立て、高架橋をいつでも点検できるようにしているのです」
「旅籠町橋高架下ビル」は、外観は既存棟側と増築棟側とで全く異なるが、内部では新旧が違和感なく融合されていることがお分かりいただけたと思う。小規模ながら、そのギャップの面白さが光る高架下建築だ。
見学後は昌平橋を渡り、中央線の高架橋沿いを歩いて御茶ノ水駅に向かった。昌平橋は鉄道スポットとしても有名で、ここから御茶ノ水駅方面に目を向けると右手に総武線、左手に中央線、さらに聖橋の手前を東京メトロ丸ノ内線の車両が走り抜ける風景を楽しめる。タイミングによっては3つの路線を同時に見ることが可能だ。このエリアの地形のダイナミックさも肌で感じることができるだろう。
昌平橋から中央線の架道橋をくぐり抜け、淡路坂を上る。右手の煉瓦アーチの高架橋は「紅梅河岸高架橋」という名で、1908(明治41)年に完成。現存する国内最古の高架橋だ。
その高架橋のアーチ部分に入る飲食店の1つ「エル・チャテオ・デル・プエンテ」は、世界大会での受賞歴もあるパエリアが自慢のスペイン料理バル。米ではなくショートパスタを使ったパエリア「フィデワ デ ガンディア」もいただける。ちょっと寄り道して味わってはいかが?(長井美暁)
【用語解説】
・杭:構造物の荷重を基礎から支持地盤に伝達する役割を果たす柱状の構造材。
・デッキプレート:角波形につくられた床用の鋼板。強度があり軽量。
■著者プロフィル
遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーコーディネーター。1992年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所勤務を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩を用いた実測スケッチがSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑: 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中
長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年4月よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012-2019 全建築と設計図集』(ともに平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など
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