今回は「東京建築祭」との連動企画。2025年5月25日(日)までの会期中に「2k540 AKI-OKA ARTISAN(ニーケーゴーヨンマル アキオカ アルチザン)」と「日比谷OKUROJI」で、本連載で遠藤慧さんが描いた水彩イラストを含む特別展示が行われています。入場無料なので、ぜひ足をお運びください。
今回の記事では、その会場の一つである「2k540 AKI-OKA ARTISAN」をリポート。JR秋葉原駅と御徒町駅の間の高架下に、2010年12月に誕生した商業施設です。
【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】
珍しい円柱を活かし、新たな人流を生み出す開発を目指す
共用通路の床はアスファルト。そこに大書された「2k540 AKI-OKA ARTISAN」(以下、2k540)の白文字が道路標識をイメージさせる。施設の中まで道路が続くように見せるデザインは、“まちの延長”として来街者を施設内に誘導することを意図したものだ。
中に入ると、南北を貫く中通路の両側に高架橋の巨大な白い円柱が林立していて目を見張る。古代ギリシャの神殿建築の円柱を思わせて実に印象的だ。柱の上部は漏斗のような形状で、そのまま鉄道が走るスラブを受けている。梁がないから天井面もすっきりと美しい。


これは2k540の秋葉原駅側(南側)の出入口から施設内に入ると広がる光景だ。「円柱はフラットスラブ構造の採用によるもので、鉄道高架橋ではここで初めて採用されたと言われています」。今回の案内役の一人、ジェイアール東日本都市開発・開発事業本部の福田美紀さんが教えてくれた。この高架橋が完成したのは1930(昭和5)年。当時の先端技術を導入したのだろう。
2k540の全長は約150m。その高架にまず着目してみると、御徒町駅側へと北進する途中の左手に、四角い柱と大きな梁が現れる一角がある。店舗の建物に隠れて分からなかったが、京浜東北線と山手線側は円柱のフラットスラブ構造ではなく通常の高架橋なのだ。さらに中通路でも、御徒町駅側は円柱ではなく角柱。ただし、角を落とす“面取り”加工がされており、梁の形状も多角形アーチで優美さがある。この高架橋を設計した先人の思いが感じられるというものだ。


ちなみに御徒町駅は山手線の駅で3番目に若い(1番目は2020年開業の高輪ゲートウェイ駅、2番目は1971年開業の西日暮里駅)。と言っても今年100歳。1925(大正14)年、東京−上野駅間の高架複線化により山手線の環状運転が始まるときに開設された。つまり、2k540の高架橋は1925年にまず西側部分がつくられ、その後、線路拡幅のために円柱部分や面取り角柱部分がつくられ、結果として3種類の躯体が混在するようになったというわけだ。
この高架下は以前、秋葉原駅の北西にあった旧神田青果市場を利用する市場関係者等の駐車場や倉庫として使われていた。1990年に市場が移転した後、その跡地活用の再開発プロジェクトが東京都の主導で進められ、取り残されたような状況だったところ、ジェイアール東日本都市開発も秋葉原−御徒町駅間の高架下の開発に着手した。「以前は駐車場や倉庫だったので閉鎖的で暗く、用のある人しか通らない場所でしたし、西側にはコンクリートの壁が立ち、東西の人の流れを分断していました。開発に当たっては、この珍しい円柱を活かし、新しい人の流れを生み出せる施設を目指しました」。開業前の2k540の開発を担当したジェイアール東日本都市開発・開発事業本部の葉山えりな氏はこう振り返る。

ものづくりの世界を支え、発信するという特色
施設名は複数の意味を組み合わせている。まず「2k540」は、鉄道用語で「キロ程」と呼ばれる距離標に由来する。この場所は東京駅を起点として2540mに位置するというわけで、その標識が秋葉原側の出入口の外、蔵前橋通りに沿って東側にある。


「AKI-OKA」は秋葉原駅と御徒町駅の間にあるという場所を表すとともに、両エリアをつなげようという意味も込めたという。最後の「ARTISAN」は職人のことで、2k540は「ものづくりの街」をコンセプトに掲げている。実際にテナントの入居者には、革製品やファブリック製品、ジュエリーなど、ものづくり関連の小規模事業者が多い。
「ものづくりの街」をコンセプトとした理由は、立地が駅のすぐ近くではないため施設に何らかの特色が必要だと思われたことに加え、地域に根差した開発をしていこうという気運が社内にちょうど出始めていたからだという。このエリアの特性を調べてみると、周辺一帯は昔から革産業が盛んで、全国の革製造会社の3割以上が集まることが分かった。また、以前からクリエイターやものづくり関連の事業者が多かった東側の蔵前・浅草橋エリアも盛り上がりを見せ始めていた。電気街の秋葉原にはマニアックな電気部品を求める人が来訪するし、御徒町はジュエリーの問屋街だ。こうしたことから、職人やクリエイターなど、ものづくりをする人たちを支えるような施設にしようという方針が決まった。

この方針をもとに、個人や小規模な事業者がテナントとして入居できるように、賃料はできるだけ低く抑えることを目指した。また、単に物を売る場にするのではなく、ものづくりの背景を感じさせるようにしたいと、店舗は工房一体型の「アトリエショップ」にするか、それが難しい場合も、どのように制作しているかが見える形にすることを入居条件とした。
コンセプトを貫くためにテナントリーシングも自社で行った。しかし、それまでにない異色の施設であるため、道のりは決して平坦ではなかったという。
「私はもともと飲食店舗の開発担当だったのですが、2k540の開発に当たっていた若手からリーシングを手伝ってほしいと言われたほか、2k540の開発発起人兼責任者からも話があり、開業7カ月前に異動したんです。第1期は32店で臨むはずが、異動した時点で蓋を開けてみたら17店しか決まっていなかった。愕然としました」。ジェイアール東日本都市開発の宮森康友氏(現・埼京支社 開発管理部長)は当時を振り返ってこう苦笑する。宮森氏はリーシングを進めるうえで、“ものづくり”のキーワードで検索して見つけた区内の事業者に飛び込みで営業したり、デパートの職人展や雑貨関連の見本市などで良いと思ったクリエイターに声をかけたりして、テナント入居者を懸命に探した。
そうした苦労の甲斐あって、2010年12月の第1期オープン時には32店のうち24店がテナント初出店と、新鮮な顔ぶれが揃った。“ここでしか出会えないモノがある”というのは施設の強みになる。また、2011年9月には第2期エリアもオープンし、その頃から現在まで入居しているテナントが全51店中、半数程度もある。この定着率の高さは施設のコンセプトが今も揺るがないことにつながっている。
テナントの一例を挙げると、第2期エリアに開業時から入居する「toumei(トウメイ)」は、アクリル樹脂をベースに木材などの自然素材を組み合わせたり、箔押ししたり、オリジナルグラフィックによって演出したりして、素材の可能性を引き出した生活雑貨を制作・販売している。母体会社の益基樹脂は樹脂加工のプロ集団で、2k540の近くにオフィス兼デザインスタジオがある。同社がデザイナーと職人の技術を活かして現代感覚の日本製品をつくろうという志から立ち上げた新規事業が「toumei」だった。



2k540の各店舗では実際に、つくり手と対話することができたり、制作現場を垣間見ることができたり、多種多様なものづくりの世界に触れられて楽しい。中通路の東側では店内に円柱が現れているが、商品の見せ場として活用している店舗もある。2k540が出来るまで高架躯体は覆って隠すのが普通だったが、それを剥き出しのまま見せることにより、「高架下が変わった」と多くの人に鮮烈な印象を植え付けることになった。

まちと中通路をつなげる小道で回遊性促す
2k540の敷地は秋葉原側が広がっていて、上から見ると三味線のバチのような形をしている。中通路の白い円柱も秋葉原側はわずかにカーブしながら連なっている。敷地面積は約5,180㎡、総床面積は2,254㎡。店舗はシンプルな箱形で、一つとして同じ平面形のものはなく、小振りなサイズが多い。「最小区画は21㎡弱。30㎡台の店舗が多いです。小さい区画が人気なので、当初は1区画だったところを分割し、2区画にしたところもあります」と葉山氏。

建物としてはA~Q棟まで全17棟あり、まちとの回遊性が高まるように、東側や西側の道路と中通路を結ぶ小道を各棟の間に設けている。「まちに対してどう開くかが重要だと考え、小道をたくさんつくりました。一方でテナント区画の面積もしっかり確保しなければなりません。せめぎ合いの末に最終的なプランが決まり、これ以外は考えられないという感じです」。設計に携わった建築家の添田直輝氏はこう話す。添田氏は台東区内で建築設計事務所「AE」を営む。
このプロジェクトには、ジェイアール東日本都市開発と以前から協働していたグラフィックデザイナーの野内隆氏(SUPERBALL代表)などがブレーンとして関わっていた。添田氏は、彼らのアイデアやイメージした空間を具現化するためにプロジェクトに参画。高架下開発での設計経験が豊富な交建設計の渡辺栄治氏も実現に向けての統括役として加わり、設計が進められた。
渡辺氏は「プロジェクトの内容を最初に聞いたとき、『本当にいいんですか?』という言葉が真っ先に出ました」という。2k540が目指す施設の在り方があまりに異色に映ったからだ。例えば、商業施設は普通、建蔽率や容積率を目一杯使い、1㎡でも多く貸し付け面積をつくろうとするものだが、ここでは建蔽率を50〜60%しか使っていない。また、四周が道路に面する好条件の敷地なのに、その道路側に各店舗の出入口を設けるのではなく、テナントスペースをあえて減らして中通路をつくっている。高架橋の円柱を見せるためだが、事業性よりも企画のコンセプトを優先する発想も、それまでの定石にないものだった。
「これからの高架下開発を見据えていたのでしょう。ここを皮切りに他でも新しい開発をしていくんだ、という強い意志を感じました」(渡辺氏)。実際に、2022年に開業した「日比谷OKUROJI」は2k540を手本としている。
高架下に商業施設をつくるとなると様々な法律が絡む。建築基準法では敷地や避難通路の考え方などが多岐にわたる。また、商業施設は物販の店舗面積が1,000㎡を超えると「大規模小売店舗立地法(大店立地法)」の対象となり、駐車場等の設置が必要になるなど条件が増える。さらに東京消防庁の高架下基準に沿って消火活動通路も設けなければならない。これらを満たしながら「規制とコンセプトが両立するように設計をまとめていきました」と渡辺氏。建物が分棟で、間に小道をつくっているのは、これらの法対応の結果でもある。
共用通路に突如現れるベンチの正体
敷地の地盤は悪くなかったので新たに杭を打つなどの対応は不要だったが、地下を走る新幹線との取り合いが難しかった。「店舗の建物の荷重を分散させなければならず、そのために荷重の分布図をつくって検討しました。建物自体はシンプルな箱形ですが、構造設計が意外と大変でした」(渡辺氏・添田氏)。特に秋葉原側は新幹線のトンネルが浅く、荷重条件が厳しかったため、無理に建物をつくることはせず、イベントスペースや駐輪場などの開放空間としている。


ところで、施設の中央付近、「やなか珈琲店」の手前に不思議な配置のベンチがある。これは実は新幹線に由来するものだ。「木の座面の下のコンクリートは高架躯体の基礎だったもの。新幹線のトンネルをつくったときに基礎の受け変え工事を行っていて、その名残りなんです。今は必要ないものと言われたのですが、撤去自体が大変なので、あえて残してベンチにしました」(渡辺氏)。言わば“基礎ベンチ”、この場所ならではの産物だ。

各テナントの“色”を引き立てる白い空間
2k540の空間からどこか浮世離れした印象を受けるのは、高架柱も天井も店舗の外装も白いことが大きいだろう。「高架躯体を活かしたいというときに建物が目立つと邪魔になります。“ものづくりの街”というコンセプトもありますから、建物は控え目につくり、各テナントの色が空間にあふれてくるのが望ましい。だから建物の外装色は白以外にないと思いました。外壁は安価なリシン吹き付け仕上げで工事費の低減も両立しています」「天井を白くしたのは、照明を当てて、その反射光で高架下の空間全体を明るくするため。それによって浮遊感も生まれます」と設計チームの両氏は説明する。

円柱や天井など高架躯体の塗装色は、厳密にはややグレーを帯びた白だ。歩行者がいる空間に古い躯体からコンクリートが剥がれ落ちてくることがないように、躯体にネットを貼って剥落防止の塗装を施すという工事をJR東日本側が基盤整備として行っており、その際、塗装色を白にしてほしいと頼んだ。本来はグレーだという。「違う色にすると管理の手間も増えますが、最終的には希望を聞き入れてもらえるようジェイアール東日本都市開発側で動いてくれました」(渡辺氏)。
中通路があるということは、店舗の「顔」はこの中通路に対してつくられるということだ。その結果、施設全体がまちに対して背を向けることにならないよう、各店舗に大きな正方形などの窓を設けた。「テナントさんには当初から、この窓を活用して外を歩く人への発信的なことをしてほしいとお声掛けしています」と宮森氏。とはいえ、テナント側は店内にバックヤードも必要だから、そううまくいかないところもある。葉山氏は「テナントさんにもご協力いただいて、まちに対してもっと開いていくようにすることは今後の目標の一つです。ここは目的性の高い施設で、目的を持ったお客様に足を運んでいただいていますが、何も知らない海外の方などには気づかれずに素通りされてしまうことも多々あるので」と話す。




それまでにない企画型の施設をチーム一丸で実現
現在「O棟」と表示のある建物は、第1期より前に完成した通称・先行棟だ。台東区内に区が運営するファッションに特化した創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」があり、区との協力により2k540内に4区画つくることになった。
その先行棟に開業時から入居する「A:buchiadot(アーブチアドット)」は、「見せたくなる、話したくなる、楽しくなる」をテーマとしたジュエリーを制作・販売するショップだ。2k540の中でも最も小さい店内は、奥の半分が工房スペースで、狭さを逆に活かして合理的に道具類を配置し、二人のデザイナー兼職人が制作や接客に当たっている。実際のつくり手だから、カスタマイズやオーダーなども相談しやすい。


先行棟は今でいうスタートアップのためのスペースだ。渡辺氏は次のように語る。「スタートアップは資金力がないし、与信調査などもできませんから、入居させるのは企業としてとても勇気が要る。それでも場所を貸したのは、ひとえに2k540開発発起人兼責任者の考えによるところが大きい。事業者としては難しいことだと思います」
2k540が実現した背景には、新しい企画を推進する部長クラスの人物がジェイアール東日本都市開発の社内にいたこと、添田氏や渡辺氏など社外の人材も有機的に巻き込んでチームが組まれたこと、などがある。2k540はそのチームが一丸となって進めた成功事例として、他の鉄道関連事業者にも大きなインパクトを与え、その後の多様な高架下開発の起爆剤になった。
周辺地域への波及効果もある。「2k540が出来る前は、周辺にまったくお店がなかったのに、今はちらほらあります。人流が生まれ、商業エリアとしての価値が高まったことの表れだと思っています」(葉山氏)。敷地の西側に台東区が路側帯を設けたのも、2k540の集客性を受けたものだろう。
2k540の開業後、秋葉原−御徒町駅間の高架下には2013年に「CHABARA AKI-OKA MARCHE」、2015年に「御徒町らーめん横丁 AKI-OKA GOURMET」、2019年に「SEEKBASE AKI-OKA MANUFACTURE」が開業。それぞれ個性の異なる施設で、「AKI-OKA」間はまち歩きが楽しいエリアになった。一つの商業施設から始まったまちづくりの成果である。
まち歩きの際はその記念に、2k540で自分へのお土産を探してみてはいかがだろう。他所では見られないもの、つくり手の思いが伝わるものなどがたくさんあるから、気に入るものがきっと見つかるはずだ。(長井美暁)

【用語解説】
・フラットスラブ構造:鉄筋コンクリート造の構造形式の一つ。梁を設けず、柱とスラブ(水平方向に配置された平らな板状の構造部材)を直接緊結させる。主に耐震要素を多数配置した建物で採用される。型枠鉄筋工事を省力化できるので建設費の低減や工期の短縮が見込める。
■著者プロフィル
遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーデザイナー。1992年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所RFAを経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。デザインのリサーチとして始めた「実測スケッチ」がSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑: 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中
長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年4月よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012-2019 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅲ 2019-2024 全建築と設計図集』(いずれも平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など
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