「高架下建築図鑑」では鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、高架下建築の魅力と奥深さをひもとく。今回紹介するのは、JR中央線・高円寺駅の高架下につくられた「高円寺マシタ」。飲食店を中心とする商業施設で、2023年3月にオープンした。
【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】
独自の「フィレット柱」でテラス空間を居心地よく
「高円寺マシタ」を訪れてまず目に留まったのは、高架柱の臙脂(えんじ)色だ。南側の道路沿いで高架柱と高架柱の間に立つL字形状のコンクリート柱も、半分は臙脂色で仕上げられている。


「この臙脂色は高円寺マシタのキーカラーになっています。施設全体のデザイン監修を務めた建築家の古澤大輔さん(リライト_D)によると、鉄鋼材の錆止め塗装で一般的な臙脂色を素材の色とみなし、その色を施設全体のベースとすることで、各店舗がどのような個性を出しても受け入れられるように考えたとのことでした」。今回の案内役の一人で高円寺マシタの開発を担当したジェイアール東日本都市開発の米元潤也氏がこのように教えてくれた。
L字形状のコンクリート柱は関係者の間で「フィレット柱」と呼ばれている。発案者の古澤氏は、屋外のテラスがこれによって、公共空間である道路と緩やかに境界を保ち、かつ、高架柱とフィレット柱が上下で噛み合う配置とすることで、開放的でありながら落ち着いた雰囲気が生まれることを意図した。

フィレット(fillet)にはいくつかの意味があり、工学分野では部材同士が交わる角部分の入隅を丸くする加工を指す。高円寺駅の高架橋は柱と梁・桁の入隅部分が丸くなっており、古澤氏はこれと呼応するようにフィレット柱のデザインを考えたというわけだ。一見、ゴシック建築のフライング・バットレスを思わせるが、建物側とは縁を切っていて構造的な役割はない。高さは3.1〜3.3m(場所によって異なる)で、工務担当のジェイアール東日本都市開発の岩崎遥氏は「工作物申請に該当しない規模とし、A工事の外構としてつくりました」と話す。


高円寺マシタは、JR中央線の高円寺駅から西に延びる「高円寺ストリート」の1番街と2番街が建物の老朽化に伴い解体された後、その跡地に誕生した商業施設だ。区道を挟んで東側に1棟2区画、西側に3棟13区画と広場という構成で、全15区画のうち12が飲食店、ほかに喫煙所と銀行の出張所(ATM)等がある。
旧2番街を建て替えた西側には中通路を設けており、地域の生活動線にもなっている。まちの回遊性を高めることを目指し、南側の道路や北側の路地と接続する動線も設けた。

高円寺駅の周辺には、ねじめ正一の小説の舞台として知られる「高円寺純情商店街」をはじめ15の商店街があり、個人店が元気なまちだ。「高円寺駅西商店会」に所属する高円寺ストリートは1966(昭和41)年の鉄道高架化に伴って整備され、西端は7番街まである。
各店舗の個性やアクティビティが見える仕掛け
高円寺マシタの施設デザインを特徴付ける要素は大きく3つある。臙脂色とテラス、そして店舗外観の幕板部分を彩るパッチワークパネルだ。
テラスは道路側のテナントの専用スペースとして整備した。米元氏は「『高円寺らしさ』をこれからもつないでいきたいという私たちの思いを表すものの1つです」と話す。

高円寺では居酒屋などの飲食店が軒先にテーブルと椅子を出し、そのオープンエアの客席で人々が飲み食いを楽しむ風景がそこここで見られる。一方、以前の2番街はまちに背を向けるようなつくりだった。そこで今回の開発では、店舗の顔をまちに向けて開くようにし、同時にテラスを設けることで、高円寺らしい外での飲み食いができる環境を用意した。
「高円寺らしさ」をどう表現するかは開発の際に一番気にしたことだった。「高円寺には個人経営の小さな店がたくさん立ち並び、その多くは店の外にまで什器や商品、装飾品、植木、人々の営み、その他よく分からない様々なものが溢れ出ています。このように各店舗が個性を表に出して発揮している空気感とその集積が、高円寺独特の自由さや、自己表現できる、かつ、それを受け入れてくれるといった雰囲気をつくっており、そこに惹かれたり、共感したりする人が集まり、まちが新陳代謝しているところが『高円寺らしさ』だと解釈しました」(米元氏)。高円寺マシタの「高円寺の『これまで』と『これから』を紡いでいく場所」というコンセプトは、まちへのこのような眼差しから見いだした。
デザイン監修者をコンペで選んだのも「高円寺らしさ」を追求するためだった。ジェイアール東日本都市開発がコンペを実施することは珍しい。高円寺マシタのデザインコンペでは、この界隈に縁のある建築家を探して声を掛けた。
幕板部分のパッチワーク状のパネルは、各テナントに個性を発揮してもらいたいという開発側の思いを、建築デザインで実現するために古澤氏が考案した“システム”だ。木毛セメント板のグレーの濃淡3色のパネルをモザイク状に張るという標準仕様を用意しているが、素材や色は変更可と、装飾に関するレギュレーション(規定)の許容範囲を広げ、各テナントが自己表現できるようにした。制限したのは目地をなくす(突き付けにする)ことくらいだという。

テナントの自由度を高めると完成までの手間がかかる。実際、ジェイアール東日本都市開発では各テナントから図面が出た後に1店舗ずつ調整しなければならず、テナントの希望を叶えるために社内の説得に努める一幕もあった。しかし最終的に、パネルが標準仕様のままのテナントもあれば、素材や色を変えたり、照明を付けたりしているテナントもあるという多様な状況が生まれた。「私たちの基本スタンスは、テナントの希望は極力尊重するというもの。高円寺では雑多感があるほうが面白いと思ってもらえるだろうと考えました」(米元氏)
その雑多感と、施設としての統一感のバランスを保つのがキーカラーの臙脂色だ。高架柱やフィレット柱だけではなく、テラスの床の端部や手摺、パッチワークパネルの軒天部分など要所に臙脂色を用いている。
商店街の結節点を広場にして高円寺カルチャーのハブに
高円寺マシタの“顔”となるエリアを広場(約77㎡)として整備している点も注目したい。このエリアは駅に近いうえに、まちなかの動線が交差する、言わば一等地だが、あえてテナントスペースにはしなかった。「高円寺らしさを紡いでいくための“ハブ”となる場所として、私たちが使うというよりも、地域の人たちに使ってもらえる場所が欲しいと思ったんです。高円寺の人たちがこの施設に関わってくれる“のりしろ”と言える場所です」と米元氏。そして、その場所が高円寺マシタの顔となることが望ましいと考えた。


広場では、平日はキッチンカーなどが営業し、週末は手芸品や古着、古本、レコードなどの市場が開催されている。また、7月は「プレ阿波踊り」のルートの一部として使われたり、10月は「高円寺フェス」で大道芸やバンド演奏などのステージとして使われたりもしている。場所を提供して地域を盛り上げつつ、一緒に施設も盛り上がる、そんな関係性が育まれている。
広場でのイベントの企画運営は、高円寺を拠点に“街のプロデューサー”として活躍するアートディレクターの大黒健嗣氏の協力を得ている。大黒氏はアートを通じて高円寺のまちづくりに取り組む団体「みんなのまちアート実験室」を2023年に立ち上げ、「100 ♡KOENJI」プロジェクトを始めた。その一環で描かれた絵が高円寺マシタの通路で見られる。

高円寺マシタでは、高円寺に縁のある店舗の誘致に加え、インスタグラムでの情報発信を出店者である地元店舗に依頼するなど、多くの地域プレイヤーが施設運営に関わっている。こうした地域の人たちの力を借りて、施設運営でも「高円寺らしさ」を表現することを試みている。
いつにも増して施工条件の厳しい現場
高架下で行う建築工事は、一般的な建築工事とは比べ物にならないくらい規制が多い。そのうえこの現場では周辺道路に車両制限があり、南側の道路も広いわけではなく、施工条件が厳しかった。「資材の搬出入に関する計画を考えるのが特に難しかったです。資材の運搬は必ず二人以上で行ったり、生活動線にもなっている中通路は塞がずに、通行人優先で動線計画を立てたり、といった工夫をしました」と岩崎氏は振り返る。工事は3期に分けて行ったが、1期で完成・開業した店舗にはテラス席があり、営業中の店舗に対する埃や臭いへの配慮がいつも以上に求められた。北側の隣地に住宅が迫るため、夜間に工事するという選択肢はなかったという。
高円寺駅の高架橋は鋼製の桁橋で、これ自体は珍しいものではないが、高架柱の下端がすぼまった形状の「ピン支点」であることは工事を難しくした。ピン支点は垂直・水平方向の動きを固定する一方、回転は自由というものだから、工事の際もこの回転を拘束しないようにする工夫が必要だった。
さらに鋼製のため基礎が大きく、場所を取っているのに対し、新築する建物の荷重がその基礎に加わってはならないという制約もあった。「新築する建物の基礎をどうつくるかは相当検討しました。既存基礎の位置が浅く、地面を掘ったら数十年前の高架化工事の際の支障物がごろごろ出てきたほか、インフラ等の埋設物もあり、調整に苦労しました」(岩崎氏)


また、桁や梁が大きく、その隙間を縫って建物の屋上のどこに設備機器のための“ハト小屋”を設けられるか、ダクトをどこに通せば良いか、設計段階で苦労があったという。建築では往々にして現地では見えない部分に関係者の奮闘の跡が隠れているものだが、高架下建築はそれがさらに顕著だ。
開業後も米元氏は各テナントとの対話を大切にし、「テナントさんが望む店づくりができるようにしていきたいと思っています。『こうしたいんだけど』と相談を受けたら、できる限り叶えてあげたいです」と語る。その積み重ねは雑多感が増すことにつながるに違いない。
高円寺マシタに生まれ変わって、夜以外の時間帯に利用できる店舗が増えた。取材を終えたらちょうど昼時だったので、ランチメニューを用意している店の中から「米のこじま」に入ってみた。店内に精米機があり、精米したての米を羽釜で炊いているという。主菜と副菜はそれぞれ複数の選択肢があり、明太子と卵焼きもついてご飯が進む。食べ過ぎたら高架下を出て、腹ごなしにまちの散策を楽しむのも一興だ。(長井美暁)

【用語解説】
・A工事:商業施設や賃貸オフィスの工事は、A・B・Cの3つの区分に分けられ、それぞれ対象範囲と主体(工事会社の選定や費用負担)が異なる。一般的にA工事は建物の躯体や共有部を対象とし、主体は建物のオーナー。B工事はテナント専有部分のうち、建物全体に影響を及ぼす空調設備や防災設備などを対象とし、工事会社はオーナーが選ぶが、発注や費用負担は借り主(テナント)が行う。C工事はテナント専有部分のうち、内装工事のような建物全体に影響を及ぼさない部分が対象で、工事業者の選定から費用負担まで、すべて借り主が行う。
・ハト小屋:設備機器が集中する屋上に、電気配管や設備配管、ダクトなどを、防水層を直接貫通せずに立ち上げるために必要な躯体形状の総称。
・ダクト:建物内の空調・換気・排煙のために取り付けられる管状の設備。
■著者プロフィル
遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーデザイナー。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所RFAを経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。デザインのリサーチとして始めた「実測スケッチ」がSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中
長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリア専門誌『室内』編集部を経てフリーランスになり、建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)など
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