今回はタイトルの通り、松岡正剛さんの話から「本」の話へと展開しますが、一番最後に本好きにはたまらない「付録」がついていますので、最後までお読みください。これはぜいたく過ぎる!(ここまでBUNGA NET編集部)
松岡正剛逝く
[赤] 松岡正剛さんが亡くなられたなー。
[青] 本当にすごい人だった。6歳年上、付き合いは三十年近く、随分お世話になった。
[赤] 勝手に兄貴分みたいに思っていたんだけど、亡霊側に行っちゃったなー。すごく寂しい。
[青] この時代の大きな要石が外れた感じがするなー。
[赤] 連塾や椿座などの塾を催したり、千夜千冊なんてとんでもない企画を立ち上げて最後までやり通したよね。
[青] 毎日一冊評論を書くんだからね。信じられない。それがどの本の評も半端じゃない。ちゃんとしている。
[赤] あれを読んでその本を手に取るとよくわかる。こちらの知識不足や力量不足で足りないところを導いてくれる。本人も、修行みたいなもんだ、って言っていた。
[青] 千冊で修行が終わるのかと思ったら、その後もずっと続いて1850冊まで行ったんだからね。空前絶後のトライアルだな。
[赤] オレたちの本も取り上げてもらったなー。千夜千冊1104夜『建築的思考のゆくえ』だったかな。書いた当人が言うのもなんだけど、おそれいりました、って感じだね。
[青] 無意識に書いているところの裏を見透かされている感じあったからね。
[赤] 70年代、フォークシンガーの小室等が歌った「比叡おろし」って歌がヒットしたけど、あの歌の作詞作曲は松岡さんだった。それを知ってちょっと驚いた。
[青] 多才な人だったんだよ。
[赤] あの頃は松岡さんの作った雑誌の『遊』、これが若い世代、とりわけデザインやアート、そして建築を目指す尖った連中のバイブルだったね。
[青] この雑誌が若い世代の文化の交差点みたいになっていて、すごい影響力があった。雑誌のデザインも過激だった。デザインは杉浦康平さんだったよね。
[赤] ともかくあの時代のサブカルチャーを創ったヒーローだった。
[青] たぶん『遊』の編集から、「編集」という切り口であらゆる文化を総覧しようとしていた。
[赤]「編集工学」なんて言葉も作り出したしね。
[青] 要するに、人が世界を認知するときに「編集」という作業を脳でしているのだから、それを道具として、世界と文化と歴史を再編集しようとしていた。これはオレの解釈なんだけど。
愚者の楽園
[赤] 3.11以降、被災地に通う中で、悩むことがたくさん出てきて一度相談に行ったことがあったよね。二人でタバコ吸いながらコーヒー飲みながらの相談。
[青] 二人とも喫煙者だし酒も飲まないからなー。
[赤] モクモクやりながら随分話し込んだ。夜型のライフスタイルの人なので、事務所に行ったのは夜の10時を過ぎていたかな。
[青] あの時に言われた言葉には驚いた。忘れられない。
[赤] 三陸のことを一通り話して、どう考えたらいいのか、と問うたら、うーん、としばらく考えて、沖縄のことを同時に考えなきゃダメだな、って答えだった。
[青] まるで理解できなかった。なんとか朧げながらも理解できるようになったのは、あの時から7
~8年経ってからかな。
[赤] 要するに、いろいろな問題の根底にあるのは、戦後の行政と文化にある、そこまで辿らなければ、見えてこない、ってこと。その時はそうは言わなかったけどね。
[青] あの時、復興を阻んでいるのは1960年頃にできた法制度だって話をした。
[赤] それであの答えだった。
[青] 今になると、本当にそれはよく分かる。そのことを思い出しても、すごい人だったと思う。
[赤] 磯崎さんが最晩年に沖縄に拠点を構えたのも、松岡さんの考えとどこかで繋がっているよね。
[青] そこから逆照射される戦後日本の文化ってなんなんだ、ってことだよね。
[赤] 沖縄返還交渉の矢面に立った若泉敬さんが吐いた「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」と「愚者の楽園」って言葉だね。
[青] この国は表向きは独立国家だけど、実は植民地だってこと。
[赤] それを意識しないように絶妙にカモフラージュされている。
[青] それを百も知った上で確信犯的に踊っているうちはまだいい。「愚者のふりをした楽園」だからね。
[赤] なにがあっても、どんな状態でも、戦争より平和がいい、って言うのはアリだよね。偽善と言われようが愚者の楽園と言われようが、平和がいいんだ、と。
[青] それもひとつの知恵だからな。
[赤] 中学校の担任だった岡田先生の言葉が忘れられないな。
[青] 明るくていかにも気丈夫な国語の先生だった。その先生が、ある時決意を込めたような口調になって、君たちに言っておくけど、きれいな戦争より汚い平和の方がずっとマシなんだからね、それを絶対に忘れないように、って言った。
[赤] 突然だったんでその時は意味なんかわからなかったけど、心に残ったなー。でも、今、その感じはよくわかる。
[青] 先生の言葉の裏にどんな事情があったのか知らないけど、たぶん、先生が体験から得た実感や感慨が言葉に出たんだと思う。
[赤] でも、戦中世代がほぼいなくなって、そのことを知っている人がほとんどいなくなってしまったよね。
[青] 偽善を知らないで踊っている奴だけになっちゃったら、「愚者のふりをした楽園」がただの「愚者の楽園」になっちゃうんだからね。
[赤] 社会的に大きなことが持ち上がると、必ずそこに行き着くんだね。
[青] これから起きてくる南海トラフ地震や首都直下地震が起きた時も、結局はそこに行き着くんだろうね。同じことの繰り返しだよ。
[赤] その時に、松岡さんにいてほしかった。そして、その行き着く先も見届けてほしかったなー。
文化の必殺仕掛け人
[青] 松岡さんとは80年代「日本文化デザイン会議」で面識は得ていたけど、ちかしく接するようになったのは、岐阜県が主催していた織部賞を2003年に頂いた時からかな。松岡さんは企画も含めた総合プロデューサーだった。
[赤] あの時、オレたちと同時にもらったのは映画監督の鈴木清順さんとアーチストの森村泰昌さんだった。
[青] 受賞の後の宴会、やっぱり映画監督っていうのはすごいね。宍戸錠がずっといた。
[赤] それにしても酒癖がわるかったなー。オレたちは鈴木監督の隣だったんでセーフだったけど。
[青] 周りに軒並み喧嘩を売ってからんでた。けっこう面倒な人だと思ったけど、今から思うと純な人だったんだね。
[赤] 途中から原田芳雄がやってきた。それにしても、原田芳雄はカッコよかったなー。やっぱり雰囲気かなー。あれは惚れるね。
[青] 松岡さんのおかげでずいぶんたくさんの人と知遇を得ることができたね。
[赤] 知り合って同い年なのがわかって意気投合したのが山口小夜子さん。カリスマモデルだった。残念ながら、知り合ってすぐに亡くなってしまった。
[青] あと、松岡さんの集まりには必ず来ていた田中泯さん。イベントで踊ったりもしていたね。いろいろな企画をサポートしていた二期クラブの北山ひとみさんとも知己を得た。
[赤] ちくま学芸文庫の『山水思想』の解説文を頼まれた。
[青] まるで専門外のオレたちにどうして頼むのかよくわからなかったけど、興味があったので書かせていただいた。
[赤] 要は、日本の山水画が何を発見したか、ということだった。書いたのは、湿度の発見、ということ。これは建築家だから言えることだからね。
[青] 書き直しや修正を言われるかも知れないと思って原稿を送った。
[赤] 電話がかかってきて、あれでそのままいってください、と言われて心底ホッとしたのを覚えているな。
[青] 北山ひとみさんが主催する那須の二期倶楽部の庭に、松岡さんから頼まれて森の中に石舞台を作ったこともあったよね。
[赤] あー、懐かしいな。完成したのは2006年かな。松岡さんに提案しながら案を作っていった。楽しんでくれたと思うな。
[青] ごろっとした庵治石を高松の和泉正敏さんに据えてもらって、それを紙に写し取ってステンレスの厚板をレーザーで切り出して、それを鏡面に磨いて隙間に埋め込んだ。石の存在感と鏡の組み合わせ。
[赤] できた時は、現実と幻が混在した凄い風景になったなー。あそこで松岡さんが唄いに合わせて即興で踊ったんだよねー。カッコよかった。
[松岡正剛] 頼んでいた演者の到着が遅れたんで、間を持たせるためにやったんだよ。よかったろ。
[赤] いやー、なかなかのもんでしたよ。
[青] 今は持ち主も代わって、人知れず森の中にあるみたい。先日、うちのスタッフが見つけ出して写真を撮ってきた。
[赤] 磨けば元通りになると思うけど、もったいない。100年後かな。
[青] 何度か入院したことは聞いていたけど、最近も関口宏の歴史解説のテレビ番組「一番新しい古代史」に出ていたので、なんだ元気そうだな、と思って安心していた。
[赤] あの人は癌くらいでは決して死なない人だと思い込んでいたので、突然の訃報はショックだった。
[青] 3.11の時みたいに、本当に思い悩んだ時には誰に相談すればいいんだろう。
[松岡] まあ時たまそっちにも出てやるから。
[赤] あっ、よろしくお願いします!
本の本題に
[赤] 松岡さんにちなんで、本について、ってわけでもなく、ちょっと前から書き始めていたから、その勢いでやることにした。松岡さんの訃報に接して、この偶然にちょっと驚いたくらい。
[青] うーん、タイムリーすぎる。これも何かの縁かも知れない。まあ、盆の時期だからいいかな。虫の知らせだったのかも知れない。怒られそうだけど。
[松岡] 怒らないからやってみな、見てるけど。
[赤] 松岡さんから比べると数百分の一ですけど、オレたち、ともかく本の読みすぎだと思うんですよねー。
[松岡] キミの本業は建築の設計をすることなんだから、それを考えれば本を読む時間は無駄ってことになる。でも建築は雑学の集合体みたいなもんだから、広く浅く、行けるところまでやってみるのも悪くないんじゃないかな。所詮は人間のことなんだから。
[青] それにしても、今時の若いやつは本なんて読まないですよね。若者の本離れは加速しているらしい。イギリスじゃあコロナでこもってる時に本文化が復活したみたいだけど。
[赤] ネットメディアの時代だからねー。電車の中でも本読んでいる人がめっきり少なくなった。みんなスマホ見てゲームしているやつばっかりだよ。
[青] 電車の席でも本を広げると肘がちょっと広がるから嫌な顔をされることもあるしな。
[赤] スマホだとそうはならないからなー。まあ、文字通り肩身がせまいってことだね。電車の中で人目も憚らず化粧している若い娘よりよっぽどましだと思うけどな。
[松岡] 同感だね。
読めば読むほどアホになる
[青] でも、不思議なことに本屋に行くと新刊がいくつも並んでる。それだけ読む人がいるってことだろ。どうなってるんだろうね。
[赤] 扇情的な帯文に騙されて買う人もたくさんいるんじゃないかな。
[青] それにしても、たくさんの本が毎月出版されていくよね。こんな国はないんじゃないの。本を読めば賢くなったような気になるけど、本を書いた人より賢くなれるわけじゃあないのにね。
[赤] まあ、病気だね。読めば読むほど結果的にはアホになるような気もする。
[松岡] 読み方が悪いんじゃないの。
[赤] こんなワタシにしたのは、半分以上は松岡さんのせいですからね。どうしてくれるの ?
[松岡] かってにしろ !!!
[青] 知識量は増えるし、それらしい小理屈を考えるようになるし、それで分かったような気にもなるし、よく考えてみるとあんまりいいことないなー。
[赤] 自分の中の大事なことが、本の知識で補強されるより、逆にぼやけていく感じもするよねー。なんとかしなきゃ。あっ、BUNGA NETは別だよ。宮沢さんの絶妙なスケッチもたまにあるしね。まだ一回だけど。出し惜しみしてる。
[青] あのスケッチがテンパった脳みその回路を解除してくれるのがいい。(ちなみにこの回の話です)
[赤] 難しい建築論なんてまるでなくて、こんなんでいいんだって感じになるしね。
[青] 我にかえるキッカケだね。
[赤] なんにせよ、少し読書量を減らして、自分の頭で考えたり感じたりする時間を増やしたほうがいいかもしれないな。知らない間に本に書かれた内容に洗脳されているかもしれないからね。
[青] でも、本屋に行くとついつい興味が湧いて買ってしまう。かなり買わないように気分を引き締めてはいるんだけど。未知の世界を知りたい、っていう欲望には勝てない。
[赤] 出版業界は売るのが仕事だからね。手練手管でオレたちの弱いところを突いてくるんだよ。本屋は危険地帯だよ。
[松岡] それはよくわかる。これも業界だからな。本当に読むに値するいい本は少ないよ。あとは商売と売名行為だな。
[青] 偽物ばかりが並んでいる中近東のバザールみたいなもんかな。あの空気に取り囲まれると、なんかよく見えちゃうんだよね。オレですら気持ちが緩んじゃうもんね。とくにTSUTAYAがやばい。
[赤] あそこに行くと、なんか賢くなったみたいな気になっちゃって、うっかり買っちゃうんだよねー。
[青] 青鬼的には、やめとけって止めてはいるんだけど、まあ、行けば4~5冊は買っちゃうね。
[赤] CCCの増田宗昭さん、すごい人だけど、オレたち結局は彼の掌の上で転がされてるだけかも。それも悔しい。
若い頃はあんまり読まなかった
[青] オレたち若い頃はあんまり読書なんてしないタイプだったんだけどな。
[赤] 読み込む、ってのはしたけど、あんまり本は買わなかったよね。
[青] 二十代に読んだ本で記憶に残ってるのなんて十冊くらいだよ。『地獄の季節』、『パリの憂鬱』、『茶の本』、『臨済録』、『世界史概観』くらいなもんかな。
[赤] どれも3回以上は読んだし、ボロボロになってるよね。
[青] スペインに住んだ時も持って行ったのもこのくらい。荷物になるしね。身軽なほうがいいから。
[赤] あとの本は忘れた。そんなに読んでないし。
[青] 独立して三十代、本当に苦しかった。仕事は思ったようにならないし、苦労は多いし、あの時期に人や社会の表裏もあらかた見た気がする。
[赤] そんな時に、突然ドストエフスキー狂い。本当にハマったね。
[青] あの中に人間の全てが描かれてる。小説なんてあれで終わってる、ぐらいに思った。村上春樹なんて、どうしてみんなあんなに騒ぐんだろう、って思うよ。
[赤] 当人は余韻を作っているつもりなんだろうけど、最後で保留して逃げるあの感じが好きになれないね、たしかに文章はうまいけど。
[青] 大江健三郎もそうだけど、あのナイーブさが気持ち悪い。
[赤] それにしても、図書館にはあんまり行かないなー。「十日町情報館」は設計したけど。あれはいい空間ができた。
[青] あの空間なら近くにあれば行くけど。
[赤] でも、読む本は自分のものにしたいから、原則借りない。
[青] それにしても本がたくさん届くねー。恐縮するね。だいたい一年で本棚の幅分で1mくらいになるかな。届くたびに、みなさんすごいなー、って思う。
[赤] 礼状を書こうと思って積んでいくけど、とても読めない。
[青] 読みたい本がたくさんあるんで、なかなかもらった本になかなか手が伸びない。それで随分と不義理をしているよな。
[赤] 申し訳ありません。でも、読まないで礼状を書くのも妙だし。松岡さんみたいな読書術があったらなー。
[松岡] それには鍛錬がいるからな。お前たちみたいないいかげんなヤツにはムリムリ。その時間もないんだろうからやめといた方がいい。
[青] 本を買うときは、こちらが知りたいと思ったりこちらが何かを求めて買うわけだけど、もらう本は、義理を果たす、って気持ちにどうしてもなっちゃうから、つらいものがあるよね。
[赤] 目次に目を通すくらいのことはやるけど、滅多なことでは読まないな。
[青] たまたまオレたちのその時の興味をヒットしてるのは読むけど。
[赤] あっ、オレたちも本ができると送りますけど、読まなくていいです。ご無沙汰の挨拶や生存確認みたいなもんなんで、まったく読む必要はないので。本棚の片隅に置いておいてください。
作品地獄
[青] 毎月建築雑誌は数誌を一通り目を通すんだけど。だいたい一誌を5分くらいかな。これは速読だね。1ページ1秒くらいかな。それ以上見ると落ち込んじゃう。
[赤] 丁寧に見るとだんだん暗い気持ちになってくるから、できるだけちゃんと見ないようにしているよね。誌面に出ているのは、どれも面白い。自分にはとても思いつかないし、とてもできない、と心底思っちゃうからなー。
[青] 見終わる頃には、すっかり落ち込んでいる。だからできるだけ素早く見て忘れることにしている。
[赤] だいたい三誌を15分くらいかな。さーっと目を通す感じ。マジに見るとツライから。今、建築界がどんなことになっているのか、これも勉強にはなるけど、あまりマジに見ると擦り込まれるからなー。でも、辛い。
[青] 建築の作品集を送られてくると、これがさらに辛い。
[赤] 正直、すごいなー、オレたちにはこんなことできないなー、こんなことどうして思いつくんだろう、綺麗だとか楽しそうだとか、どれもとてもできない、って思って落ち込むことがほとんどだよね。
[青] これも修行なんただよ、きっと。
[松岡] そのとおり。
[赤] 自分を叱咤激励する刺激にもなっているんだけどねー。そう思わなくなったら、もの創りとしてはおしまいなのかも知れないな。
[青] そんな中でも、数年前に届いた岸和郎の作品集『TIME WILL TELL』にはまいったね。
[赤] あれはいい本だった。まいりました。
[青] ともかくエディトリアルが隅々までデザインされていて綺麗な本だった。あのこだわりには頭が下がります。
[赤] 建築でやろうとしていることと、本で表現されていることがピッタリ重なり合っていた。
[青] でも、こういうことって滅多にないね。
[赤] オレたちみたいにふざけたことやっていると、こういう技はできない。あの作品集見て、けっこう落ち込んだね。
[青] 落ち込んだといえば、これも数年前だけど北山恒から届いた難しい本『モダニズムの臨界』、あれにもまいったね。執念かな。少し左寄りのやんちゃなものの見方が変わらない。
[赤] ずっとだぜ。それはそれですごい。これも落ち込みました。
追悼適齢期
[赤]書評とか追悼文とかも頼まれることも多くなったなー。
[青] これもそういう歳になったってことだよ。
[赤] 適齢期かー。
[青] たぶんな。帯文や書評は身元保証人みたいな役割なんじゃないの。追悼文はリレーの繋ぎ役みたいなもの。
[赤] 追悼文なんか書くたんびに思うんだけど、すごい生涯を過ごした人ってたくさんいるよね。オレたちがくたばった時、どうなんだろう。誰か書いてくれるのかな。
[青] ふざけたことばっかりやってるから、ムリムリ。
[赤] 鶴見俊輔の『悼詞』って本、あれはいいね。とくに、お姉さんの鶴見和子さんへの追悼文。胸に迫るものがある。嵐山光三郎の『追悼の達人』、これも面白い。確か、磯崎さんも追悼文集『挽歌集』を出してたな。みんな文章が上手い。お別れの挨拶みたいなものだから、どれも心を込めて書くので、文章がいい。
[青] 最近、本の帯文をたのまれることも多くなったけど、年に二、三本かな。これがたいへん。
[赤] 内容を見ないで書くわけにはいかないから、ゲラで中身を読んでから書かなきゃならないしね。
[青] 出版前の分厚いゲラのコピーが送られてきて、それを読んで書く。A3二百枚程度で、これをリュックに入れて持ち歩く。重いのなんの、年寄りにはハードワークだよ。だいたいが時間が限られていて、二週間程度、これはきつい。
[赤] 出版社は、本が出来上がるくらいになって、どうもオレたちに身元保証人みたいになってほしい、っていうことになって頼んでくるみたい。それも売るためだよ。いい加減な話だね。
[青] ここんとこ出版業界もきびしいものがあるから必死なんだよ。紙媒体は応援したいんだけどね。
[赤] 勉強にはなるけれど、ほとんどが時間がメチャクチャないので、つらい。
[青] 批判的に読むと帯文にならないから、細かいことは気にせずにできるだけ好意的に読む。
[赤] これも適齢期といえばそれまでだけど、目は衰えるは、体力はなくなるわ、脳みそもスカスカになってくるわ、こんなボケ老人に書かせていいのか、って気持ちにもなってくるよね。
[青] なんか愚痴っぽくなってきたなー。
[赤] だいぶ長くなっちゃったしね。
[青] 今回は、このあたりにするか。
[赤] 建築のことなんかほとんど話してないし、どうする。
[青] やっぱり延長戦かな。サービス精神を発揮して、付録でもつけて許してもらうか。
[赤] それで勘弁してもらおう。付録はご参考まで。
[青] 露天で古本を売るみたいな気分で、気になる本を並べてみることにする。
[赤] たまに日に当てないとカビが生えてくるからね。
[青] では次回また似た話題で。
※付録
■この一年で読んだ本の列挙(ほぼ時系列順)。乱読の様をご覧あれ
『花田清輝批評集 骨を斬らせて肉を斬る』 花田清輝 /忘羊社
骨を斬られて、肉を斬られた!
『後鳥羽上皇 新古今集はなにを語るか』 五味文彦 /角川選書
けっこうハードルが高かった。新古今、どういうことか初めて知った。
『深い河』 遠藤周作 /岩波文庫
再再読 やっばりすごい。
『ふたりの画家、ひとつの家』 高見澤たか子 /東京書籍
親しくさせていただいた画家の毛利眞美さん( 堂本尚郎夫人)の評伝。
『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』 黒川祐次 /中公新書
こんなに複雑な歴史を持っているとは。
『中世益田ものがたり』 益田市・益田市教育委員会 /益田市教育委員会
展覧会をやるので益田という街の歴史の再勉強。
『ドイツの統一』 鹿取克章 /自費出版
中学からの友人の外交官のドキュメンタリー。
現地で歴史的な事件を見る迫力。
『アンナ・カレーニナ (上・中・下) 』 レフ・トルストイ /新潮文庫
ロシアを知りたかった。
『覇王の家』 司馬遼太郎 /新潮文庫
時たま司馬遼太郎が読みたくなる。家康嫌いの司馬が書いた家康。
『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 岩崎夏海 /ダイヤモンド社
ドラッカー学会から、秋(9/14)に椎木講堂で講演を頼まれたので。面白かった。(講演の情報はこちら)
『紫式部日記・和泉式部日記』 与謝野晶子 /角川ソフィア文庫
けっこうリアルで面白い。
『ラーゲリから来た遺書』 辺見じゅん /文春文庫
映画を見て原作を読む。
『三酔人経綸問答』 中江兆民 /岩波文庫
そうとう面白い。赤鬼青鬼に似ている。
『定家明月記私抄』 堀田善衛_/ちくま学芸文庫
堀田善衛に興味があったので。
『東京都同情塔』 九段理江 /新潮社
知人に勧められて。これで芥川賞かぁ。落ちたもんだ。
『ひとはなぜ戦争をするのか(アインシュタインとフロイトの往復書簡)』 A・アインシュタイン、S・フロイト /講談社学術文庫
さすが。
『墨子よみがえる』 半藤一利 /平凡社
半藤さん最後の愚痴。よくわかんない。
『峠 ( 上・中・下) 』 司馬遼太郎 /新潮社
長岡の謎が解けた。
『ハイパーインフレの悪夢』 アダム/ファーガソン /新潮社
1928年のインフレ。マルクの価値が1兆分の1になる。
『魔の山(上・下) 』 トーマス・マン /新潮文庫
若い頃に読み損ねた本。
NHK【100分de名著】のテキスト /NHK出版
毎月欠かさず10年。
水先案内役にとても便利。本棚のテキストの幅が2mにもなる。
『民藝とはなにか』 柳宗悦 /講談社学術文庫
いやー、すごい。主客転倒の思想。
『南無阿弥陀仏』 柳宗悦 /岩波文庫
この人はどこまで勉強する人なのか。この一冊で浄土思想がわかる。
『戦時から目覚めよ』 スラヴォイ・ジジェク /NHK出版
ウクライナとヨーロッパ、さらにはアメリカの政治状況がよくわかる。
保守系右派とリベラル系左派の二極化ということ。
『百年の孤独』 ガルシア・マルケス /新潮文庫
読み損ねていた本が文庫化されてバカ売れなので。
縁のあったコロンビアにも興味があるので。
■これまででいいと思ったやや偏った本10冊 思いつく限り 実は無数
『時間は存在しない』 カルロ・ロヴェッリ /NHK出版
理論物理学の最高の知性は、明らかに文化を土台にしている。
『ホモ・デウス ~テクノロジーとサピエンスの未来(上・下)』 ユヴァル・ノア・ハラリ /河出書房新社
人間という奇妙な動物の行末。
『自死の日本史』 モーリス・パンゲ /講談社学術文庫
昔の人はちゃんと責任をとった。読むのに覚悟がいる。
こんなすごい本をフランス人が書いたのが驚き。三島の自刃が理解できなくて書いたらしい。
『表徴の帝国』 ロラン・バルト /ちくま学芸文庫
かつての日本の分かりやすい姿。遠い面影を見るような気分。
『崩れ』 幸田文 /講談社文庫
『台所のおと』 幸田文 /講談社文庫
『木』 幸田文 /新潮文庫 のどれか
最高の文章。心に心地よい。
『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー /光文社古典新訳文庫
『悪霊』 ドストエフスキー /岩波文庫
『白痴』 ドストエフスキー /岩波文庫 のどれか
言うまでもない。人間の心の全てが描かれている。
『金子みすゞ名詩集』 金子みすゞ /彩図社
全部いいとは言わないけれど、いいものがたくさんある。
『中原中也詩集』 中原中也 /新潮文庫
茶色い戦争ありました、、、、は今に響く。
『虞美人草』 夏目漱石 /岩波文庫or 新潮文庫
異論はあると思うけど、これが漱石の最高傑作だと思う。
『千夜千冊(第1~7巻、特別巻)』 松岡正剛 /求龍堂
松岡正剛の偉業。ネットでも読めるので、何かの時に。
『地獄の季節』 ランボオ /岩波文庫
ランボオというより小林秀雄(翻訳)。
『戯作三昧』 芥川龍之介 /新潮文庫
岡潔の『春宵十話』から見つけた「悠久なものの影」という言葉の出所。
『追悼の達人』 嵐山光三郎 /新潮文庫
うまい。
『悼詞』 鶴見俊輔 /編集グループSURE
すごい。人を見る目、語る目の鋭さと深さ。
[青] 全然10冊に収まっていない !!!!
[赤] まあ、いいんじゃないの。だいたいだから。
内藤 廣(ないとう・ひろし):1950年横浜市生まれ。建築家。1974年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。同大学院理工学研究科にて吉阪隆正に師事。修士課程修了後、フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓建築設計事務所を経て1981年、内藤廣建築設計事務所設立。2001年、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学助教授、2002~11年、同大学教授、2007~09年、グッドデザイン賞審査委員長、2010~11年、東京大学副学長。2011年、東京大学名誉教授。2023年~多摩美術大学学長