空き家の記憶を継承する一軒分の廃材と、そこから再生された日用品の数々

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 建築が解体されるとき、それはどの時点から建築でなくなるのだろうか? そんなことを考えさせる展示イベント「中園町で逢いましょう」が始まった。会場は山口市の山口情報芸術センター(YCAM)。ホワイエ・スペースの大空間に、古い建築の部材が積まれ、その脇で食器などの日用品が売られている。これらのすべては、一軒の空き家を解体して生み出された廃材であり、その一部をアップサイクルしたものである。

展示が行われているホワイエ・スペースの全景(写真:磯達雄、以下も)

 今回の展示は、YCAMが市民参加型のアートプロジェクトとして一昨年から続けてきた「meet the artist 2022 メディアとしての空間をつくる」の最終成果発表として開催されている。このプロジェクトは、山口市内にある空き家を、時間をかけて少しずつ解体しながら、その場でイベントを行っていくというものだった。なぜ空き家が取り上げられたのか。それは地域にとって、重要な問題となっているからだ。

空き家の廃材をクリエイターたちが日用品に再生し販売

 山口市にはおよそ1万7860軒の空き家があり、これは市内にある住宅の17.0%を占める。これは全国平均の13.6%よりもかなり大きな数値で、都道府県別のランキングだと山口県は9番目に高い空き家率となっている。山口市に空き家が多いのは歴史的な背景も関係している。太平洋戦争の際に空襲を受けなかったため、都心部も古くからの敷地割りのままで、細い路地を介してのみ接道する住宅が残ってしまったのだ。建て替えることも難しく、立地の悪さから売買もはかどらない。取り壊すと税額が上がることから、人が住まなくなっても空き家のまま放置されてしまうという。

 プロジェクトの対象となった空き家は、およそ80年前に建てられた木造の住宅で、解体は重機を使わず、人の手でほとんど行われた。通常であれば1週間で終わるところを、1年半という長い期間をかけて壊している。解体の手順に際しては、安全を考慮して専門家からのアドバイスも受けた。徐々に解体されていく空き家の状況に合わせて、上映会、コンサート、ワークショップ、レクチャーなど、様々なイベントが考案され、実施された。そして解体で生じた廃材は、基礎のコンクリートガラなど、ごく一部のものを除き、すべてが分別して保管された。

 家をていねいに解体した事例というと、年配の建築関係者であれば、建築家の鈴木了二、美術家の田窪恭治、写真家の安斎重男の三人による「絶対現場1987」を覚えているかもしれない。解体が同時に創造であることを示した画期的なプロジェクトだったが、こちらは写真による記録のほかは、すべてを消滅させることでプロジェクトを完結させていた。一方、「中園町で逢いましょう」では、逆にあらゆるものを残すことが目指されている。

 そして家を構成していた部材は、プロジェクトに関わった様々な分野のクリエイターたちによって、別のものへと再生された。木材から家具や食器をつくったり、雨樋の板金から傘立てをつくったり、庭に生えていた植物で布を染めてクッションにしたり。屋根瓦の下に敷いてあった土で陶器を焼いたが、これは土の性質が悪くてうまくいかず、代わりに地面を掘って出てきた粘土で皿を焼いている。廃材から生まれ変わった日用品の数々は、展示会場で販売され、共有されていく。衣食住にかかわる日用品に換わることで、それらはかつてあった家の記憶を受け継ぐものとなる。

空き家の廃材からつくり替えられた様々な日用品が値段を付けて売られている
庭木(イブキ)からつくった鉢と梁材(スギ)からつくったスツール
木材を組み合わせて製作した屋台。期間中も屋外イベントのために持ち出される

 会場の空間デザインは砂木(木内俊克+砂山太一)が担当した。ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加(2021、2025年)や「小豆島ハウス」(2022年)の設計・企画で知られるチームだ。床面をじっくり見ると、ブルーシートが分割されているのがわかる。これは元の空き家の間取りを原寸大で示したもの。解体した家の印象を、少しなりとも伝えようという工夫だ。タタミを転用したテーブルが置かれているのは、居間だったところ。その周りに建具を立てるパフォーマンスが、30分ごとに行われる。かつて存在した室内空間が、一瞬のうちに現れ、すぐにまた消える。

床のブルーシートは解体された空き家の間取りを示している
建具を立てて元の部屋を再現するパフォーマンスが30分おきに行われる

 会場となっているYCAMの建物を設計したのは磯崎新である。「中園町で逢いましょう」の企画制作を担当したYCAMの渡邉朋也さんは、プロジェクトを続けるうち、磯崎の建築論とも通じるところがあることに気づいたという。「家はそもそもが古材の貯蔵庫だった、とも言える。磯崎が建築をそう捉えたように、家もまた初めから廃墟だったんです」

会場の山口情報芸術センターは磯崎新アトリエの設計により2003年に竣工

 展示会場には、どのように再生されるか決まっていないままの廃材も持ち込まれ、イベントの期間中にもいろいろな試みが行われていくという。バラバラに分解されても、ここで目にしたものから建築を感じることはできる。あるいはこのプロジェクトを、建築におけるリノベーションのひとつのあり方だということも可能だろう。建築とは何かについて、考え直すきっかけとなる展示イベントだった。(磯達雄)

■イベント概要
中園町で逢いましょう
開催日時:2024年9月13日(金)~10月6日(日) 11:00~17:00
会場:山口情報芸術センター ホワイエ(山口県山口市中園町7-7)
イベント休止日:火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)
入場料:無料
主催:山口市、公益財団法人山口市文化振興財団
後援:山口市教育委員会
協賛:金子技建株式会社、ファブラボやまぐち、株式会社アワセルブス
助成:令和6年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業
技術協力:YCAM InterLab
企画制作:山口情報芸術センター
公式サイト:https://www.ycam.jp/events/2024/lets-meet-in-nakazonocho