個人的に2026年に一番注目していた「星のや奈良監獄」を見てきた。国の重要文化財「旧奈良監獄」の改修だ。ホテル部の建築デザインは、星野リゾートの施設を数多く設計してきた東利恵氏(東環境建築研究所代表)。文化財改修の設計の中心になったのは安井建築設計事務所だ。開業日(6月25日)の2日前、6月23日に行われたメディア内覧会に参加してきた。


多くのメディアが取材に来ていたので、既に報道を目にした方もいらっしゃるだろう。「すべての建築好きが読みたくなる建築ネットマガジン」を目指すこのBUNGANETでは、他のメディアに先を越された以上、「そうだったのか」「全く知らなかった」ということを書かねばなるまい(と、わざわざ自分でハードルを上げてしまう…)。
BUNGANETでまず書くべきは、あまり報道されない「設計者・山下啓次郎」についてと、「なぜこの監獄が美しいのか」についてだろう。それを知らないと、「どうしてマイナスイメージの施設をホテルにするのか?」というそもそもの疑念がぬぐえないと思うからだ。
多くの記事で書かれるのはこの辺りの情報だ(太字部は公式サイトより)。
旧奈良監獄は、明治五大監獄(千葉、金沢、奈良、長崎、鹿児島)の一つとして、1908年(明治41年)7月、当時司法省に勤め、数多くの刑務所や裁判所の設計を手がけた山下啓次郎氏の設計によって建てられました。建設の大半は受刑者の労働によって作り上げられ、使用されたれんがも構内に窯を築いて自給されたと伝えられています。

現代でも美しく重厚なイメージを残すロマネスク様式の赤れんが建築は、随所に当時の先進的な技術や意匠が取り入れられ、赤れんが造りの塀で囲まれる、およそ10万6千㎡の敷地の中央には、「ハビランド・システム」と言われる放射状に伸びた収容棟が配置されています。
2017年(平成29年)3月まで、百有余年に亘り刑務所としての機能を果たし、日本最古の刑務所建築としてその全貌を残した旧奈良監獄は、同年2月に、重要文化財に指定されています。


設計者・山下啓次郎は辰野金吾が帝大で教えたエリート建築家
…と、ここまでは一般論。実は、報道されないだけであって、公式サイト(旧奈良監獄アーカイブス)には設計者・山下啓次郎についてもちゃんと説明が載っている(太字部)。
旧奈良監獄を含む、明治五大監獄を設計したのが司法技師であった山下啓次郎です。
1868年(慶応3年)に現在の鹿児島市に生まれた山下は、帝国大学造家学科(現在の東京大学工学部建築学科)を卒業後、警視庁に入り、巣鴨監獄建設に携わることになります。
巣鴨監獄建設は、当時の行政施設の見本を作るような作業であり、その後日本各地で次々と建設された監獄の配置計画、建築計画に大きな影響を残しました。
巣鴨監獄を担当した警視庁技師の山下は1897年(明治30年)5月、司法技師に転じ、司法省営繕の業務に携わることになります。

山下は、旧奈良監獄の着工前に欧米約8カ国を歴訪し、 約30の監獄建築を視察しました。その知見を活かし、帰国後に明治五大監獄をはじめ、数多くの裁判所、監獄の建設に関与したことで知られています。
特に五大監獄のうちの千葉、奈良、 鹿児島については自身が設計を担当したと推測されており、旧奈良監獄については、本人の履歴控えに、1899 年(明治32年)の時点で「奈良県知事ノ嘱託ニ依リ同県監獄設計ヲ立ツ」とあり、視察以前の段階で旧奈良監獄の建設に関与していたことがうかがえます。
明治五大監獄設計から退官する昭和3年まで司法省営繕課長の職につき、司法省建築全般に指導力を示しました。
建築好きのために補足すると、山下啓次郎は帝国大学工科大学造家学科(後の東京大学工学部)で辰野金吾に建築を学んだエリートだ。同期生に伊東忠太がいる。
そんなエリートを司法省が呼んで全国に監獄をつくる必要があったのは、不平等条約の改正を目指す明治政府が、欧米に対して「日本は監獄まで人権に配慮している近代的な国家だ」とアピールする目的があったからである。


完成したのは1908年。師である辰野金吾が設計した日本銀行本店が竣工したのは1896年、東京駅丸の内駅舎は1914年。辰野のライフワークの序章が日銀、総仕上げが東京駅とすると、その間あたりに弟子の山下らが社会の底辺的な建築の近代化を推し進めたといえる。
ちなみに辰野は1909年、奈良に「関西の迎賓館」ともいわれる「奈良ホテル」を完成させており、これは辰野にしてはかなり珍しい和風デザインである(下の写真)。それは、前年に完成した弟子(山下)の奈良監獄が本格的な赤レンガ建築であったため、これとかぶるのを避けたことも一因でないかと筆者は思っている(一般的にはライバルの片山東熊が設計した「帝国奈良博物館」が洋風で不評だったから、とされることが多い)。

いずれにしても、旧奈良監獄は「マイナスイメージの施設」ではなく、もともと「世界に自慢するためにつくった美しき監獄」であることを知っておいてほしい。
一度は民間事業がとん挫するも、星野リゾートが名乗り
次に、「どういうお金の流れで再生が実現できたのか」について。これは、星野リゾートとパートナーシップを結んだ日本テレビ放送網のプレスリリース(こちら)がわかりやすかったので、そこから引用する(太字部)。
法務省が地方創生と観光活性化を目的として、公共施設等運営権(コンセッション)制度を活用し、2017年に民間事業者を公募しました。当初は別の事業予定者が決定していましたが、事業断念により本事業は一旦停止しておりました。今回、星野リゾートが事業を継承し、推進することになりました。この事業は、耐震改修工事と維持管理を、ミュージアムやホテルなどの事業収益でまかなうスキームで進められています。「美しき監獄からの問いかけ」をコンセプトにし、歴史的建造物の保存を担うと共に、その建築美や歴史的価値を未来へと継承していくための拠点となることを目指した「奈良監獄ミュージアム」が2026年4月27日に開館。また、旧奈良監獄を活用したラグジュアリーホテル「星のや奈良監獄」が2026年6月25日に開業予定です。
補足すると、土地・建物は法務省が所有したままで、民間事業者がここで経済活動を行い、借り賃を払う。「この事業は、耐震改修工事と維持管理を、ミュージアムやホテルなどの事業収益でまかなうスキーム」とあるように、民間側で耐震改修を実施して、それも法務省の所有となる。

税金を一円も使わないかというとそうではなくて、重要文化財の修復については原則50%(上限は85%)の補助金が国から出る。とはいえ、今後の修繕費が民間からの賃料収入で賄えるというのは、国の文化財施策として画期的だ。そして後述するように、文化財である既存部分にかなり大胆に手を入れている点も画期的である。
ちなみに、 「当初は別の事業予定者が決定していました」とあるのは、2017年の事業者公募のことで、このときには3者の応募があり、ソラーレホテルズアンドリゾーツが代表を務める「ソラーレグループ」が優先交渉者となった (それ以外の応募者は一般社団法人ノオトを代表とする「チームZERO」と、三菱UFJリースを代表とする「三菱UFJリースグループ」)。 2020年のオープンを予定していた。なぜ「事業断念により本事業は一旦停止」となったのかは調べてもわからなかったが、この施設で収益を上げる事業を組むのは相当難しいことは間違いない。2019年に、ソラーレホテルズアンドリゾーツの持つ特別目的会社(SPC)の全株式を星野リゾートが取得し、再生が実現した。建築界の今後のためにも、星野リゾートにはぜひともこの事業を大成功させてほしい。

レンガ壁を生かした改修は見事!
建築好きが一番知りたいのは設計体制と、設計のこだわりや苦労だろう。設計体制については、内覧会時の説明で、こんな図が投影された。

東利恵氏と安井建築設計事務所の佐野社長のコメントがプレスリリースに載っていたので引用する(太字部)。
ホテル建築デザイン:東環境建築研究所代表取締役 東利恵氏
明治時代の重要文化財である旧奈良監獄を「星のや」として改装するという、貴重な機会にワクワクしました。視察に訪れた際、中央の看守所から5本の棟が伸びる空間構成に感嘆し、明治時代、これだけの美しい空間を監獄として生み出したことに驚きました。


この文化財の価値を守りながら、「星のや」らしさをどう出すか考えましたが、すでにここには「非日常」の空間があり、その空間の美しさをより強調していく形でデザインをすることで十分であると思いました。 当時の日本人が未知の欧米文化にいかに向き合ったか、その想いを残しながら現代のゲストが快適に過ごせる空間を目指しています。




煉瓦造を生かす鉄骨補強は無骨にならないよう配慮し、ヴォールト天井や、漆喰の下から現れた煉瓦など、現代では再現できない意匠を各所に残しました。また、欧米文化を取り入れた空間ということで、「星のや」としては初めてヨーロッパの家具を採用し、日本人がデザインする洋館を表現しています。(ここまで東利恵氏)










文化財改修設計:安井建築設計事務所代表取締役社長 CEO 佐野吉彦氏
重要文化財である旧奈良監獄のホテルへのコンバージョンは日本初の試みであり、技術的に大きな挑戦でした。現地で明治政府の使命感や職人たちの情熱に圧倒され、「何としても成功させねば」と身震いしたことを覚えています。 その中で、私たちは文化財および文化的価値の保存を重視し、耐震補強やホテル設備を実装しながらも、建物の魅力をいかに残すかに最も拘りました。
多様な関係者と守るべき価値を整理・共有する困難を乗り越え、建物の魅力とホテルの機能を見事に両立できたと確信しています。ゲストの皆様には、建築の材料が持つ質感やきめ細やかさから、当時の時代に思いを馳せていただければと思います。よく整えられた建築空間で過ごす時間は格別なものに違いありません。(ここまで佐野吉彦氏)


先ほどチラリと触れたが、文化財の活用手法としては、既存の各房の壁(レンガ積み)の一部をくりぬいて、横長の客室にしているのが画期的だ。各房の天井はレンガのアーチなので、この壁は少なくともレンガアーチの力を受けていると思われる。当然、くりぬいた部分の代わりとなる補強が必要だ。上部にはあえてわかりやすく補強鉄骨が見せているのだが、壁ではそれがほとんど意識されない。見せ場の中央看守所↓では全く補強がわからない。これは耐震補強の技として見事だ。

そして、客室の内装は、もともと見えなかったレンガ(監獄時代はしっくいで仕上げがされていた)を「表し」にしたのがグッジョブ。特に、天井の小さなレンガアーチの連続は、おそらくここでしかできない印象的な体験だ。

先ほどの体制図には載っていなかったが、プレスリリースにはランドスケープ設計者と照明設計者のコメントも載っていたので引用する。
ランドスケープ設計:オンサイト計画設計事務所デザインパートナー 長谷川浩己氏
初めて現地を訪れた際は、監獄という特殊な場所であり、しかも文化財ということで、ホテルという新たな機能を与えるデザインの糸口が難しいなと感じました。転機となったのは、刑務所の塀の内側において、ランドスケープデザインの対象となる場所は「内の外」であると気づいた時が、最初の一歩であったように思います。そこは、完全に遮断された内と内(独居房)と比べて、内の外は、否応なしに外の世界を感じる場所でした。

かつては厳重に管理するための茫漠とした広がりは、できるかぎりそのまま残し、ところどころに外の世界の断片である「手入れされた美しい風景」を取り込みました。内と外のコントラストとしての断片であり、ホテルとしての滞在場所を文化財に組み込む一石二鳥の手法となりました。かつて想像したであろう「外の世界」を感じる滞在をしていただければと思います。(ここまで長谷川浩己氏)


照明デザイン:ICE都市環境照明研究所所長 ライティングディレクター 武石正宣氏
このプロジェクトをいただいた時に感じたのは、近代遺産という大切な建築群であると同時に、監獄という暗いイメージと星のやの持つホスピタリティーの両立を、どのように考えていくかでした。ですが初めて現地調査をして感じたのは、日本の近代遺産の素晴らしさと、近代の電気照明が導入された頃への想いを、今の光で表現できたら。ということです。照明デザインでは、この空間に、より奥行きや深さを間接光で感じさせています。近代の照明イメージに加えた照明では、手仕事で作られた陶器の器具を使用したり、中庭に遠くからの月明かりを感じさせたりといった手法を用いました。文化財である建築空間を守りながら、「星のや」らしい灯りの演出が、出来たのではと考えています。(ここまで武石正宣氏)

1泊1室14万7000円~と、なかなかのお値段なので、実物を見られる人は限られるかもしれない。今年4月に先行開業した「奈良監獄ミュージアム」の方はずっとハードルが低いので、そちらは別の記事で改めて紹介したい。(宮沢洋)
■施設概要
施設名称:星のや奈良監獄
所在地 :奈良県奈良市般若寺町(はんにゃじちょう)18
客室数 :48室 チェックイン 15:00/チェックアウト 12:00
施設 :客室、レセプション、メインラウンジ、ダイニング、ダイニングラウンジほか
併設 :奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート(日帰り利用可能)
アクセス:JR奈良駅より車で10分、近鉄奈良駅より車で6分
開業日 :2026年6月25日
価格 :1泊 147,000円~(1室あたり、税・サービス料込、食事別)
URL :https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyanarakangoku/
■計画概要
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート(保存棟及び展示エリア)
建築面積 :1,860㎡
延床面積 :2,463㎡
敷地面積 :100,478.80㎡(星のや奈良監獄を含む)
耐震対策工事 技術指導:文化財保存計画協会
耐震対策工事 設計監理(総括):安井建築設計事務所
耐震対策工事 設計監理(耐震補強):飯島建築事務所
ランドスケープデザイン:オンサイト計画設計事務所
耐震対策工事 工事請負:戸田建設(大阪支店)
内装、展示設計・施工:乃村工藝社


