サウナ好きも要チェック、隈研吾氏が新拠点とする北海道東川町の新作「キトウシの森きとろん」に行ってみた

 隈研吾氏の設計監修で今年8月21日に北海道東川町にオープンした保養施設「キトウシの森きとろん」を見てきた。レストラン、ショップ、温浴施設から成る。大の風呂好きなので、風呂も堪能してきた。

(写真:宮沢洋)
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リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:米ニューヨーク×日江井恵介氏その2、映画ナイトミュージアムの舞台「アメリカ自然史博物館」にスタジオ・ギャング設計の波打つ新館

米国ニューヨークの2回目に、現地の日江井恵介氏がピックアップしたのはミュージアムの話題作だ。映画の舞台としてもよく知られる「アメリカ自然史博物館」の新館で、シカゴのスタジオ・ギャングが設計した。2014年の計画発表から9年、今年の5月にオープンした。(ここまでBUNGA NET編集部)

アメリカ自然史博物館の既存10棟をつなぐRichard Gilder Center(リチャード・ギルダー・センター)

 マンハッタンにはメトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館(MoMA)、グッゲンハイム美術館など多くのミュージアムがあり、毎日多くの人が訪れている。アメリカ自然史博物館も人気施設の1つで子どもから大人まで楽しめるミュージアムだ。映画ナイトミュージアムの舞台として有名であり、実際行ったことがなくても恐竜やクジラの展示は画面越しに見たことがある人は多いのではないか。

 ニューヨークの2回目に選んだのは、マンハッタンのアッパーウェストサイドにあるアメリカ自然史博物館の新館であるリチャード・ギルダー・センターだ。

リチャード・ギルダー・センターの館内に入るとすぐ大階段が来場者を迎えてくれる(写真:以下も日江井恵介)

 1869年に開館したアメリカ自然史博物館は長い歴史の中で少しずつ規模が拡大し、その最新の建物として世界クラスの研究施設や科学コレクション、学習施設を有するリチャード・ギルダー・センターが2023年5月にオープンした。もともと150周年記念となる2019年にオープン予定だったが、新型コロナウイルス禍の影響などもあり、2014年の計画発表から9年越しで今年やっと完成した。

 設計はシカゴに拠点を置くスタジオ・ギャング。マンハッタンにもいくつか作品があるが、彼らの形状や生態学、そしてマテリアルの研究などを通してつくり出される建築はとても独特で特徴のある建物ばかりだ。今回4億6500万ドルを投じて建設されたこの新館は、10棟の既存建築を新たなサーキュレーションでつなぐことで回遊性が改善され、以前より博物館全体が見やすくなった。

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倉方俊輔連載「ポストモダニズムの歴史」12:境界面を問い続けてきた建築家、谷口吉生

 谷口吉生は、境界面を問い続けてきた建築家である。「金沢市立図書館」(現・金沢市立玉川図書館、1978年)について、1979年に谷口吉生は「内と外とが、たえず一方が他方の仮像となって感知されるような曖昧性のある空間である」と語っている(注5)。これこそまさしく「表面」が可能にするものである。

谷口吉生「金沢市立図書館」(現・金沢市立玉川図書館)1978年(写真:倉方俊輔)
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長野県の佐久新校はSALHAUS・ガド建築設計事務所JVに、赤穂総合学科新校は畝森・tecoJVがSALHAUSを抑える

 2023年は、「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」の2年目として、3校の施設整備事業で、長野県教育委員会は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施した。そのうち、11月5日に行われた須坂新校の2次審査は既報の通りだ。1週間後の11月12日には赤穂総合学科新校の2次審査が行われ、新たに最適候補者が決定し、今年の3つのプロポを終えた。ここでは、9月30日に2次審査を実施した佐久新校の結果、最新の赤穂総合学科新校の結果を振り返っておく。

通りに建築を開き、学校の様子が感じられ来校者がアクセスしやすい施設配置に

佐久新校の最適候補者による校舎全体の鳥瞰パース(資料:下2点もSALHAUS・ガド建築設計事務所設計共同体)
同最適候補者によるプロジェクトセンターのパース
同最適候補者による2次審査用の提案書の最初の1枚。2階の回遊デッキは生徒の屋外の居場所であり、すべての校舎をつなぐ動線でもある

 佐久新校は野沢北高校と野沢南高校の統合によって誕生する高校で、野沢北高校の敷地・校舎を活用する。同校のプロポで最適候補者に選ばれたのは、SALHAUS・ガド建築設計事務所設計共同体だ。次点となる候補者になったのはワンダーズ(平井政俊建築設計事務所、千田建築設計、KONTE一級建築士事務所で構成)で、次々点の準候補者は、K+Y+H共同企業体(渡邉健介建築設計事務所、下山祥靖建築設計事務所、ハシゴタカ建築設計事務所で構成)だった。

 SALHAUSは、1年目にも仲建築設計スタジオとの共同企業体(JV)で、松本養護学校のプロポで最適候補者に選ばれている。今回JVを組むのは地元佐久市のガド建築設計事務所。佐久市野沢児童館併設型子育て支援拠点施設の設計も両者のJVで手掛けている。

 SALHAUS・ガド建築設計事務所JVは、「佐久新校が地域とつながり、佐久らしさ・野沢らしさを活かした新しいまちをつくる」といった大きなフレームを設定。新校が立つ野沢エリアをウォーカブルなまちに再生する、探究的な学びにより「まち全体」を学びのフィールドにするという目標から、通りに開かれた建築とし来校者がアクセスしやすい位置に「共学共創ゾーン」を配置するといった具体的なプランまで示した。

 配置計画の特徴は、各エリアに4つの広場を配し、それらを回遊して多様な居場所を発見できるプランとしていることだ。前面道路に対して開かれた「地域のひろば」と「エントランスひろば」、生徒の学びや生活の場となる「探究のひろば」と「班活のひろば」を設け、それらを回遊する。生徒の日常空間は2~3階に配し、1階の地域共創スペースとは分けつつ、つないでいる。

 2次審査の終了後、SALHAUSに佐久新校で実現したかったこと、今後の抱負を尋ね、共同主宰者の1人である日野雅司氏から次のコメントをもらった。

 「佐久新校は地域の伝統校である野沢北高校、野沢南高校の統合校であり、これまで地域内でもその将来像について様々に議論されてきた新校だ。私たちはその新校を地域づくりの1つとして捉え、接道性が高く地域連携の活動がまちにあふれ出てくるような校舎を提案した。スーパー探究校として、生徒の自主性・能動性を育む分野横断的な学びを実現するために、回遊しながら様々な活動との偶発的な出会いのある空間を構想している」

現状の野沢北高校をグラウンド側から見る(写真:下も長野県教育委員会)
佐久新校の2次審査は野沢北高校の岳南会館で開催した。写真は審査結果発表・講評の様子

「まちミチ」と「まなびミチ」、東西2本のミチで回遊性

赤穂総合学科新校の最適候補者による校舎全体の鳥瞰パース(資料:下2点も畝森・teco設計共同体)
同最適候補者による、まなびミチ(メディアセンター)のエントランス付近の内観パース
同最適候補者による2次審査用の提案書の最初の1枚。4つの校舎が西側の「まちミチ」と東側の「まなびミチ」でつながる

 赤穂高校の普通科・商業科を総合学科に転換する赤穂総合学科新校のプロポで、最適候補者になったのは畝森・teco設計共同体。畝森泰行氏率いる畝森泰行建築設計事務所と金野千恵氏率いるtecoのJVだ。両者は2018年に北上市保健・子育て支援複合施設のプロポで最優秀者に選ばれて以来、JVで複数のプロポーザルを取った。現在、東京都台東区の6階建てのビルを事務所としてシェアしている。

 次点となる候補者はSALHAUSで、次々点の準候補者は「該当なし」とされた。SALHAUSは佐久新校でのJVに対して、こちらは単独で連勝を狙ったものの、惜敗した。昨年も単独で臨んだ伊那新校のプロポでは候補者にとどまっている。

 今回の赤穂新校プロポで対象となる総合学科とは、普通科と専門学科に次ぐ第3の学科であり、普通教育から専門教育まで幅広い科目の中から生徒が選択して学ぶことができるカリキュラムを持つ。畝森・teco設計共同体は、「“まち”と“まなび”のふたつのミチが織りなす学びの循環」をテーマに提案をまとめた。歴史ある三州街道を継承し、“まち”と“まなび”の2つのミチを通すことで、地域社会とのローカルなつながりと、時間や場所を超えたグローバルな学びの両方を併せ持つ学校をつくる考えだ。

 教室や大講義室を4つのボリュームに分節し、その両側の東と西を南北にミチでつなぎ、さらに周辺へ関係を拡張するボリュームをミチの外側に配する。「まちミチ」は地域開放の拠点としながら、行事によっては校舎に囲まれた「ソトニワ」でもイベントを共有するような、まちと共にある高校を目指す。

 2次審査が終了した後日、畝森氏と金野氏から連名で以下のコメントをもらった。

 「地域とつながる環境づくりと、総合学科の特徴である移動時間の『学び』への変換、これらが相互に関係する『学びの循環』を生むことを考えた。そこで、敷地周辺にある小径を延長した『まちミチ』とメディアセンターも兼ねた『まなびミチ』の2本のミチが、各教室棟を挟む回遊性あるプランとした。『まち』と『まなび』の2つを基軸に、新しい学校とまちのあり方について、みなさんと議論していきたい」

赤穂総合学科新校プロポの2次審査は、赤穂高校 同窓会館「100周年記念館」で開催した。写真は審査委員による2次審査対象者へのインタビューの様子(写真:長野県教育委員会)

<NSDプロジェクトで最適候補者に選ばれた設計者>

  • 松本養護学校施設整備事業:SALHAUS・仲建築設計スタジオ共同企業体
  • 若槻養護学校施設整備事業:COA
  • 小諸新校施設整備事業:西澤奥山小坂森中共同企業体(西澤徹夫建築事務所、奥山尚史建築設計事務所、一級建築士事務所小坂森中建築)
  • 伊那新校施設整備事業:暮らしと建築社・みかんぐみJV
  • 佐久新校施設整備事業:SALHAUS・ガド建築設計事務所設計共同体
  • 須坂新校施設整備事業:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体
  • 赤穂総合学科新校施設整備事業:畝森・teco設計共同体(畝森泰行建築設計事務所、teco)

 NSDプロジェクトの2年目は3つの新校で基本計画策定支援の設計者が選ばれ、1年目と合わせると計7校の設計者が決まったことになる。うち、5校が高校だ。長野県の高校再編計画では県立高校78校を64校にしていく考えで、それらすべてがNSDプロジェクトの対象と考えれば、今後の道のりはまだまだ長い。

 2年目のプロポの2次審査を見ていると、応募者は過去の事例を学んでおり、特にプランについては、よりシビアな戦いになっている。ただ、一つ言えるのは、過去の「傾向と対策」だけでは、これまで選ばれた事務所の案を超えられないということだ。さらに、その提案を教育の現場や地元が受け入れてくれる可能性はあるのか、現実的に運営は可能なのか、高騰している施工費にどう対応していくかなど、検討しておかなければならない課題は多い。(森清)

<佐久新校プロポーザル概要>

  • 名称:佐久新校施設整備事業 基本計画策定支援業務委託プロポーザル
  • 主催:長野県教育委員会
  • 最適候補者:SALHAUS・ガド建築設計事務所設計共同体(構成員:SALHAUS、ガド建築設計事務所)
  • 候補者(次点):ワンダーズ(構成員:平井政俊建築設計事務所、千田建築設計、KONTE一級建築士事務所)
  • 準候補者(次々点):K+Y+H共同企業体(構成員:渡邉健介建築設計事務所、下山祥靖建築設計事務所、ハシゴタカ建築設計事務所)
  • その他二次審査対象者:宮本忠長・Eureka・kttm共同企業体(構成員:宮本忠長建築設計事務所、一級建築士事務所Eureka、kttm)、NASCA+Pha設計共同企業体(構成員:ナスカ 、PERSIMMON HILLS architects)、ラーバンデザインオフィス・小林・細谷共同企業体(構成員:ラーバンデザインオフィス、小林大祐建築設計事務所、細谷悠太建築設計事務所)(以上、提案書受付順)
  • 審査委員会:委員長/赤松佳珠子(法政大学教授、シーラカンスアンドアソシエイツ代表/建築分野) 委員/寺内美紀子(信州大学教授/建築分野)、西澤大良(芝浦工業大学教授、西澤大良建築設計事務所代表/建築分野)、垣野義典(東京理科大学教授/建築・教育分野)、高橋純(東京学芸大学教授/教育分野)、武者忠彦(立教大学教授/地域分野)
  • 事務局アドバイザー:小野田泰明(東北大学教授)
  • 参加表明書の提出期間:2023年7月5日(水)~11日(火)
  • 一次審査書類の提出期間:2023年7月28日(金)~8月3日(木)
  • 一次審査の実施日:2023年8月20日(日)
  • 二次審査の実施日:2023年9月30日(土)
  • 二次審査の結果発表:2023年9月30日(土)

<赤穂総合学科新校プロポーザル概要>

  • 名称:赤穂総合学科新校施設整備事業 基本計画策定支援業務委託プロポーザル
  • 主催:長野県教育委員会
  • 最適候補者:畝森・teco設計共同体(構成員:畝森泰行建築設計事務所、teco)
  • 候補者(次点):SALHAUS
  • 準候補者(次々点):該当なし
  • その他二次審査対象者:翔設計・flat class architects共同企業体(構成員:翔設計、flat class architects一級建築士事務所)、大建met(以上、提案書受付順)
  • 審査委員会および事務局アドバイザー:佐久新校と同様
  • 参加表明書の提出期間:2023年8月4日(金)~10日(木)
  • 一次審査書類の提出期間:2023年8月30日(水)~9月5日(火)
  • 一次審査の実施日:2023年9月24日(日)
  • 二次審査の実施日:2023年11月12日(日)
  • 二次審査の結果発表:2023年11月12日(日)

麻布台ヒルズが11月24日開業、高さ日本一のタワーやヘザウィック氏デザインの低層部など建築の見どころを総ざらい

「麻布台ヒルズ」が2023年11月24日に開業する。東京都港区の虎ノ門と麻布台、六本木にまたがり高台と谷地が入り組んだ高低差の大きい場所だ。森ビルが11月20日のメディア内覧会で主要施設をマスコミに公開したので、その中から建築的に見どころがある空間をピックアップしてお届けしよう。

 麻布台ヒルズは、35年もの時間をかけて、官・民・地元が一体となって進めてきた市街地再開発事業だ。森ビルは1989年に「街づくり協議会」を設立し、約300人の権利者らとともに再開発を進めてきた。区域面積は8.1ヘクタールに及ぶ。東京の国際競争力アップに向け、世界水準の多様な都市機能を高度に複合している。例えば、慶應義塾大学の予防医療センターや、都心最大級のインターナショナルスクールを備える。開発のコンセプトは、“緑に包まれ、人と人をつなぐ広場のような街 -Modern Urban Village-”。2.4ヘクタールの緑地を創出し、人々が自然と調和しながら、安全かつ心身ともに健康で豊かに生きることのできる街づくりを目指している。

敷地北東側の地下鉄神谷町駅の出口周辺から見た全景。左側の超高層棟が森JPタワーで、右側がレジデンスA(写真:以下森清)
敷地東側の桜田通りを挟んで見る。右奥の超高層棟が「アークヒルズ 仙石山森タワー」
配置図(資料:森ビル)

 施設は大きく、森JPタワーとタワープラザ、ガーデンプラザA~D、レジデンスA~B(Bは建設中)、そして中央広場から構成される。森JPタワーの横には「ブリティッシュ・スクール・イン 東京」の校舎が立つ。オフィスやレジデンスを中心とする森JPタワーは、高さ約330mで、日本一の超高層ビルとなる。レジデンスAには、レジデンスの他、13階までにアマンによるラグジュアリーホテル「JANU(ジャヌ)」が入る。2024年2月開業予定だ。ガーデンプラザとタワープラザでは、エリア全体で150店舗、延べ2万3000 m²の商業施設が順次、開業する。

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倉方俊輔連載「ポストモダニズムの歴史」11:黒川紀章の利休ねずみと磯崎新のモンローカーブに見る「表層」

 前回、丹下健三槇文彦について見ていったように、1977〜81年には皆、「表層」に憑かれたのだった。それぞれの建築家の中心思想や世代論を越えたその拡がりから、引き続き、この時代の建築を捉えたい。

黒川紀章の「利休ねずみ」論

 同じメタボリズム・グループの一員であっても、菊竹清訓や大高正人とは違い、黒川紀章─や前回とりあげた槇文彦─は、時代に鋭敏に反応する建築家だったから、この時期、急速に表層を論じるようになった。

 「利休ねずみ」がそれである。この言葉は「石川厚生年金会館」(1977年)が『新建築』1977年9月号に発表された際の論考で初めて中心的なテーマになった(注1)。江戸時代後期に、緑がった茶色が流行し、茶人の千利休を連想させることから「利休色(いろ)」と呼ばれた。その灰色に近いものが「利休鼠」と称されたわけだが、黒川紀章は彼らしく、この一点を、大衆の誰もが日本文化の代表者と認識している「利休」と「ねずみ色」(グレー)とが直結しているのだという分かりやすい主張に拡張し、以後ぐいぐいと論を進める。

黒川紀章「石川厚生年金会館」1977年(写真:倉方俊輔)
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豪雨復興の青井阿蘇神社・国宝記念館、隈研吾流の本気の木造建築で“木の建築展”

 11月10日に開館した熊本県人吉市の「青井阿蘇神社 青井の杜(もり)国宝記念館」を見てきた。設計は隈研吾氏だ。自称「隈研吾ウオッチャー」とはいえ、さすがにこのために熊本には行かない。佐賀県に出張があり、行こうかどうしようか迷ったのだが(レンタカーで往復約4時間)、「1日潰して行った甲斐があった」と思える建築だった。

(写真:宮沢洋、以下も)
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連載小説『ARTIFITECTS:模造建築家回顧録』第8話「フランカ・ロイド・ライトの惑星」──作:津久井五月

第8話「フランカ・ロイド・ライトの惑星」

    計画名:アーティフィテクトの火星移住に関するスタディ
    竣工日:2078年12月20日
    記録日:2078年11月14日~12月20日
    記録者:フランク・α・ロイド・ライト

「フランカ・ロイド・ライト、あんたに作ってほしいのは、火星だ」
 その依頼者がヒトでないことは、すぐに分かった。
 わたしは特別に鼻の利く犬なのかもしれない。どんなアバターを使っていようと、“匂い”で分かってしまう。相手が、わたしに存在の意味を与えてくれるヒトなのか、その使いでやってきた人工知能にすぎないのか。ほとんど一瞬で分かる。
 仮想空間「VOWフォアヘッドα」。
 今は無人となった大平原。
 いつも通り、よく晴れた涼しい真昼。無人の丘陵地帯がどこまでも続いている。
 ぽつりと建つ、わたしの自宅兼事務所。その窓辺に現れたのは1匹のカブトムシだった。
 ごく一般的な――つまり正体を推測するヒントにならない――アバターだった。相手も自分の素性を語らなかった。
 そういう依頼は珍しくない。人間の建築家や並みのアーティフィテクト(模造建築家)ならば警戒するのかもしれないが、わたしにはほとんど無限の仕事のリソースがある。報酬が妥当である以上、断る理由はなかった。
「火星だ。太陽系第4惑星。先月から開拓が始まった、あの星だ」
 そんな依頼も、決して珍しくはない。
 わたしは髪を頭の後ろでまとめ、ドレスをクライアント対応用の群青色に染めると、窓辺に歩み寄った。
「空間IDは取得済みですか?」とわたしは訊いた。
「地番は必要ない」とカブトムシは答えた。「ほかの仮想空間と連結するつもりはないんだ。独立した空間に、原寸大の火星を作ってもらいたい」
「なるほど。シミュレーション用の閉じた空間が必要だと?」
「さすが、話が早いな。シミュレーション。そういうことだ」
 わたしは納得した。
 今の立場になってから、数え切れないほど手掛けてきたタイプの依頼だった。
 都市計画や環境保全、災害対策などのシミュレーションを行うために、指定された地域をそっくりそのまま仮想空間上に再現する。風景だけでなく、地質から生態系、物質の循環まで、精緻な環境モデルを作り込むのだ。
 ――ということは、相手は火星開拓事業の関係者か。
 カブトムシが言うように、人類はつい最近、本格的な火星開拓の第一歩を踏み出していた。ただし、火星の砂利を踏んだのはヒトではなく、AIを搭載した汎用作業ロボットだ。
 物理的な移動だけで1年を要する遠方に浮かぶ、砂埃にまみれた不毛の惑星。火星を新たな住処にしたいと考える人間は少ない。主な目的は、さらなる宇宙探査のための基地建設。無人機を木星へ、その先へ、送るための足がかりだと言われている。
「ちなみに、用途は?」
 わたしが尋ねると、カブトムシは枝分かれした角を傾けた。
「用途……」
「お作りするシミュレーション空間の用途です」
「今、答えなければ作れないか?」
「いえ、ただ興味があるだけです。穿鑿はしません」
「それなら、今は秘密にしておこう」
「今は?」
「火星をきちんと作ってくれたら、話そうじゃないか」
「いいでしょう。では、完成までおそらく1週間ほど頂きます」
 わたしが話を切り上げると、カブトムシは驚いた様子を見せた。
「そ、それだけで済むのか」
 わたしは、ドレスを設計用のオリーブ色に変えた。
「ええ。どれだけ巨大だとしても、所詮は珪酸塩鉱物の塊です」

    *

 宇宙は寂しく、激しい場所だ。
 大気がなければ、そもそも気温というものはない。背景放射を考慮すれば、宇宙空間の温度は3ケルビン――摂氏マイナス270度。ただし、直射日光が当たれば物体の温度は簡単に100度を超える。
 火星は宇宙よりは少しはましだ。気圧は地球の160分の1程度とはいえ、薄い大気があるので気温が定義できる。その幅は摂氏30度からマイナス140度。平均気温はマイナス60度前後。宇宙よりも少しだけ柔らかで、それゆえに寂しさが一層強くなる場所であるような気がする。そこに立ってみたいと思った。
 仮想の宇宙で、仮想の火星を、わたしは作り上げていった。
 今世紀半ばまでに行われた数々の無人探査によって、火星の地質や内部構造はかなりの部分が解明された。太陽系の誕生から46億年の間に辿った惑星形成のシナリオはまだ揺れているが、現在の姿をトレースするだけならそう難しい仕事ではない。
 マグマが冷えて固まった、玄武岩や安山岩。その破片。砂礫。
 火星には土はない。土とは、鉱物のかけらに生物由来の有機物が混じったものだからだ。
 火星を「死の星」と呼ぶ人間は多いが、地球の方がずっと死に満ちている。生があるからこそ死がある。火星では、かつて死が存在したのかどうかすら、はっきりとは分からない。
 わたしは、6日間を費やして火星を作った。

(画:冨永祥子)
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長野県の須坂新校はコンテンポラリーズ+第一設計JVに、NSDプロジェクト4度目の挑戦でプロポーザルを突破できた勝因は?

 建築設計者が基本計画から参加する「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」。その2年目の第2弾となる須坂新校(須坂市)の整備事業で、長野県教育委員会(県教委)は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2023年11月5日に2次審査を開き、即日に結果が出た。NSDプロジェクトは、これからの学びにふさわしい県立学校をつくろうという試み。23年度は佐久新校(佐久市)、須坂新校、赤穂総合学科新校(駒ケ根市)が、公募型プロポーザルの対象となった。

 なかでも注目されるのが須坂新校だ。農業・商業・工業の3科を持つ総合技術高校である須坂創成高校と、隣の普通科高校である須坂東高校を統合。普通科はみらいデザイン科として他の3科や地元と協働して地域づくりに取り組んでいく。「いわゆる専門学科と普通科の統合という新しいスタイルであり、2次審査候補者にはそれぞれ知恵を絞っていただき、甲乙つけがたい提案をしてもらった」。県教委事務局高校教育課高校再編推進室の宮澤直哉参事兼室長は、審査結果発表直後にそう語った。

須坂新校プロポの最適候補者による「沈床」のパース。この場所を中心にキャンパスを構成し、周囲の山々の風景を校舎に取り込む(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2階棟間のFLA(フレキシブルラーニングエリア)のパース(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2次審査提案書の最初の1枚 (資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)

授業のカリキュラムを分析してプランに生かす

 最適候補者に選ばれたのは、コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体(JV)だ。柳澤潤氏が率いるコンテンポラリーズ(横浜市)と第一設計(長野市)は、昨年からJVでNSDプロジェクトのプロポに応募しており、4回目の挑戦で最適候補者の座を勝ち取った。次点となる候補者は、イシバシナガラアーキテクツ(大阪市)とPERSIMMON HILLS architects(川崎市)によるイシバシナガラ・PHa 設計共同体だった。次々点となる準候補者は該当なしとされた。

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