BUNGA NETでも「大阪・関西万博」のリポートを始めようと思う。個人的に気になっていた「日本館」を取材する機会が得られ、初めて万博の敷地に足を踏み入れた。
初めに言っておくが、筆者は万博肯定派でも否定派でもない。最初に「大阪で万博を再び」というニュースを知ったのは2014年だったと思う。大阪維新の会が大阪に万博とカジノを誘致するという構想を打ち上げたのだ。そのときには「今の時代に万博で何を見せるの?」と思った。でも、意外に大阪の人たちは好意的で、2017年に朝日新聞などが行った大阪府民の世論調査では、「賛成」が62%、反対24%(男性の67%、女性の57%が賛成)だった(朝日新聞の報道より)。2018年11月に決戦投票でロシアを下して2025年大阪開催が決まり、コロナ禍などあれこれあって今日に至る。
なんだかよくわからないものに拒否感を覚えるのは人間の性(さが)だろう。それを回避するために、専門家にはその判断材料をわかりやすく提供する責務があると思う。誰に頼まれたわけでもないのだが、建築界の片隅を担う1人として、もっと万博の情報を伝えるべきと腰を上げることにした。小メディアだから書けることもあるはず…。ということで、ずっと気になっていた「日本館」からリポートする。
佐藤オオキ氏が「循環」をテーマにプロデュース
まず、公式サイトにある概要の説明文から(太字部)。
日本館は、大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」を開催国としてプレゼンテーションする拠点であり、主催は経済産業省。当該テーマの具現化や、日本の取り組みの発信等を行います。
「いのちと、いのちの、あいだに」をテーマに、万博会場内の生ごみを利用したバイオガス発電や、世界に貢献しうる日本の先端的な技術等を活用し、一つの循環を創出し、持続可能な社会に向けた来場者の行動変容を促します。
日本館の総合プロデューサーは佐藤オオキ氏(1977年生まれ)が務める。佐藤氏の肩書はnendoを主宰する「デザイナー」だが、もともとは早稲田大学理工学部建築学科卒業、大学院修了の建築畑だ。佐藤氏の演出を形にする「建築」の基本設計・実施設計は日建設計が担当。施工は清水建設が担当する。工事費は建築が約76億円、内装が約67億円で計143億円という(2024年8月の読売新聞の報道より)。
万博の公式サイトとは別に、「『循環』再ハッケン! 月刊日本館」というサイトがあって(公式WEBマガジン「月刊日本館」を毎月発行)、日本館の「建築」についてこう説明している(太字部)。
円環状の構造体によって、いのちのリレーを体現する日本館は、ホスト国のパビリオンとして唯一無二の存在感を放ちます。最大の特徴は、円を描くように立ち並ぶ無数の「木の板」。その隙間からは内部を垣間見ることができ、中と外、展示と建築の連続によって、日本館のテーマにもある「あいだ」を来場者が意識するきっかけをもたらします。主にCLT(直交集成板)で構成される「木の板」は、万博終了後に日本各地で建物としてリユースされることを前提に、解体や転用がしやすいよう工夫されています。
(中略)
建築デザイン(基本設計・実施設計)
日建設計
創業1900年、建築・土木の設計監理、都市デザインおよびこれらに関連する調査・企画・コンサルティング業務を⾏うプロフェッショナル・サービス・ファーム。日本館の設計担当者はホキ美術館や有明体操競技場など美術館や木材利活用の設計実績を持ち、日本建築学会作品賞、JIA建築大賞、ウッドデザイン最優秀賞、ARCASIA Awards Gold Prize、RIBA Awards 他、国内外の受賞多数。日本館では国産杉材によるCLT(直交集成板)を、構造耐力を有する内外壁に活用。技術とデザインをインテグレートし、展示と一体となったパビリオンとして設計した。
こんなふうに設計者について詳しく説明されていることにちょっとうれしくなった。今回はこのメンバーが現場を案内してくれた。
会期後に「CLTを返す」という前提で設計
建築面の説明に戻ると、「主にCLT(直交集成板)で構成される『木の板』は、万博終了後に日本各地で建物としてリユース(再利用)されることを前提に、解体や転用がしやすいよう工夫されています」という部分が重要だ。CLTを使うことは知っていたが、会期後に使い回すということは知らなかった。
本題から離れるが、このプロジェクトの前段として知っておいてほしいのは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で選手団の交流拠点となった「選手村ビレッジプラザ」。日建設計の高橋秀通ダイレクターと高橋恵多アソシエイトは、この施設の設計担当だった。これは公募によって全国の63自治体から無償提供を受けた木材を、建物全体で約1300㎥使用。大会後には、木材を提供元の自治体に返却するという画期的なプロジェクトだった。
今回の日本館で使用するのは国産スギ材のCLTパネル280組(560枚)。体積でいうと、「選手村ビレッジプラザ」を上回る約1600㎥。そのうち約半分の約860㎥を、日本CLT協会が無償貸与し、日本館解体後に建築分野を中心に再利用する。それ以外のCLTもできるだけ再利用する予定だ。
使い終ったら返すということで、できるだけCLTに傷をつけず、取り外しやすいディテールを追求した。
初期の段階からCLTを使い回すことは決まっていた。普通に考えると平面の連続になりそうなところだが、「板をずらして建て、曲面を体感させることを考えた」(高橋秀通氏)という。なるほど、設計者の意地。
ガラスが直接CLTにはまる繊細なディテール
設計者の意地だなと思ったことがあと2つあって、1つはこのCLTが単なる装飾ではなく、水平力を負担する構造部材であるということ。通常の建築基準は鉄骨部分だけでも持つが、公共施設の安全率上乗せ分をこのCLTが負担するという。
もう1つは、CLTにガラスがはまる部分があるということ。筆者は屋外のパーゴラのようなものを想像していたのだが、内外を仕切る部分は壁やトップライトにガラスがはまっている。しかも、縦長の大判ガラスがサッシを使わず、直接CLTに差し込まれている…。仮設建築というと、なんとなくざっくりなディテールを想像するが、恒設でもここまではしないのではと思える繊細なおさまりだ。これは、実際につくる清水建設の意地と言った方がよいか。
この日は曇天であったが、「晴れた日には今でもこのように↓美しく光が入り込む」と後日、日建設計設計担当の横井丈晃氏が写真を提供してくれた。
建物の真ん中には円形の中庭がある。ここもCLTパネルがぐるっと回っており、仮設足場が取れると、神殿のような空間になりそうだ。
施工者を決める入札に時間がかかり、当初予定よりも3か月遅れで2023年9月に着工。それでも工事は順調に進み、クリティカルなポイントはほぼ越えたとのこと。これから本格化する内装工事については、現段階では具体的な演出が公表されていないので、まだ言えない。ただ、建築については、大阪・関西万博の必見プロジェクトの1つであることはすでに間違いない。「間に合うように急いでつくりました」というレベルの建築ではない。
周りの施設についても興味津々なので、「うちにも取材に来て」という建築家の方、出展者の方はぜひともお声がけください。連絡先はこちら。(宮沢洋)