取材期間1年半の『誰も知らない日建設計』発刊、著者の想いを凝縮した「あとがき」を公開

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「あとがき」から本を読むという人は多いかもしれない。筆者もその1人だ。あとがきには、つくり手の想いが凝縮される。拙著『誰も知らない日建設計』(日本経済新聞出版、11月19日発刊)の発刊を記念して、同書のあとがきを掲載する。(宮沢洋)

日本経済新聞11月24日付朝刊1面掲載、『誰も知らない日建設計』の広告。小さいけれど、日経本誌はちょっとうれしい
表紙と中身の一部

あとがき:今、なぜ日建設計なのか

 最後になってではあるが、「なぜ日建設計なのか」について書きたい。

 本書は、筆者が独立して2冊目の書き下ろしの著作となる。1冊目は2021年5月に発刊した『隈研吾建築図鑑』(日経BP刊)だった。スターアーキテクトの隈研吾氏と、組織設計事務所の日建設計──。物書きとして無節操と思われるかもしれないが、これは筆者なりに考えたうえでの“初めの2冊”である。

 「まえがき」でも触れたように、筆者は建築を学んだ人間ではない。文系出身で、たまたま建築専門雑誌『日経アーキテクチュア』に配属された。そこで建築の面白さに目覚めた。同誌の読者は建築のプロたち。次第に「この面白さを一般の人にも伝えたい」という想いが強まり、30年目に独立した。

 独立1年目の大半を費やしたのが、隈建築巡りと、日建設計の取材だった。隈氏に着目したのは、誤解を恐れずに言えば、隈氏が“有名”だからだ。今や具体的なプロジェクトを知らなくても、ほとんどの人が「隈研吾」の名を知っている。全国各地に続々と隈建築が誕生している。隈建築を通して「建築と社会をつなぐヒント」を探りたい。そんなことを考えた。

 一方で、日建設計についてまとめたいと考えたのは、これも誤解を恐れずに言うと、“あまりに知られていない”からだ。日建設計を知らなくても、東京タワーや東京スカイツリーは知っている。なぜこれほど、社名が社会に知られていないのか。

 そもそも一般の人は、組織設計という存在を知らない。個人の建築家を知ると建築への興味が増すように、組織設計について知ると、街を見るのが楽しくなる。日建設計を通して、組織設計という存在に関心を持ってもらいたいと考えた。

主役の2人、山梨知彦CDO常務執行役員(左)と大谷弘明 CDO常務執行役員。林昌二氏による名作、「パレスサイド・ビルディング」の屋上にて(写真:宮沢洋)

林昌二氏に学んだ「反省」という原動力

 そうした意図で執筆したので、本書は広く一般の人が興味を持てるエピソードを中心に展開した。分かる人にだけ分かるような話は避けた。それゆえ、もっと深掘りしたかった話もある。その1つが林昌二氏(1928~2011年)についてだ。

 そもそも筆者が日建設計に興味を持ったのは、四半世紀前、林昌二氏を取材するようになってからだ。“建築界のご意見番”的な存在だった林氏の下に、社会経済ネタ担当だった若き日の筆者はしばしば取材に出向いた。一般的には「辛口」とくくられる林氏だが、筆者には「反省の人」というイメージが強い。林氏は自身の担当作について「もっとこうできたはず」と公然と反省の弁を述べるのだ。

 普通ならば、依頼してくれたクライアントに配慮して、「この施設は最高です」と言うもの(隈氏はよくそう言う)。しかし、林氏は「自身の限界」を認め、「あり得た別の可能性」を指摘する。

 特に印象深いのが、2005年に「超高層を背負う近代建築は都市の風景を美しくしているか」というテーマで取材したときのコメントだ。この記事では、近代建築の未利用容積率を使って、背後に屏風のような超高層ビルを建てることをどう思うか、と識者に聞いて回った。「新たな保存の可能性だ」「いや、経済優先はけしからん」といった意見が並ぶなか、林氏だけスタンスが全く違っていた。

 「そもそも何のために超高層化するのか。それは建ぺい率を減らして、ビルの足元にオープンスペースを生み出し、気持ちのいい都市空間をつくろうという発想から来たものだ。その足元に威圧感のある近代建築がどんと構えている姿は、超高層のあるべき姿とは違う。(中略)これは私たちの世代が、魅力的な都市のオープンスペースをつくってこれなかったということである」──(日経アーキテクチュア2005年1月10日号より)

 本来目指していた超高層ビルを実現できていない我々に問題がある、という指摘だ。日建設計がこれまで設計した超高層すべてにダメ出ししている、ともとれる。そう言い切れる林氏にも惹かれるし、その林氏がリーダーシップを執ってきた日建設計にも惹かれるではないか(社内の人の気持ちはさておき……)。

 単なる批判では、世界は何も変わらない。過去の検証と冷静な分析によってこそ、未来の可能性は開かれる。筆者は林氏からそんなことを教わった。林氏が一線から退いて20年近くたつが、今回のデザイン戦略づくりも、そんな精神を受け継いだものに見える。

 筆者の力量で、その挑戦の面白さがどれだけ一般の人に伝わったかは正直、自信がない。校正紙を読み返すと、ああすればよかった、こうもできたかもしれないと、思うことが多々ある。しかし、ここは林氏を見習って、次の挑戦への原動力にしていきたいと思っている。

2021年10月14日 宮沢洋

■『誰も知らない日建設計 世界最大級の設計者集団の素顔』
価格:2750円(税込)
ISBN:978-4-532-32442-1
発行日:2021年11月19日
著者:宮沢 洋
発行元:日本経済新聞出版
ページ数:184ページ
判型:A5判
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4532324424/

 ところで、書籍の表紙も、(分かる人には分かると思うが)宮沢が描いたイラストだ。今回、「とにかくページをめくってもらおう」という狙いで、余白にパラパラ漫画を描いた。表紙に描いた6つの建築が変態(トランスフォーム)する。動画をYouTubeに上げたので、下記をのぞいてみていただきたい。