3年目を迎えた「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」。県立学校の再編に伴う施設整備に当たり、建築設計者が基本計画から参加して、県や学校関係者のパートナーとして寄り添う。高校として6校目となる中野総合学科新校(仮称)の施設整備事業で、長野県教育委員会は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2024年11月10日に2次審査を開き、当日に結果を発表した。
坂本一成氏率いるアトリエ・アンド・アイ、飯田善彦氏によるアーキシップスタジオ、小川次郎氏によるアトリエ・シムサなど、多くの実績を持つベテラン勢がそれぞれJV(共同企業体)を組んで参加するなか、最適候補者に選ばれたのはラーバンデザインオフィス・小林・細谷JV(以下、ラーバンJV)だ。ラーバンデザインオフィス代表の雨宮知彦氏は1980年生まれ。小林大祐建築設計事務所主宰の小林大祐氏は79年生まれで雨宮氏と同級、細谷悠太建築設計事務所主宰の細谷悠太氏は86年生まれと、2次審査の対象者5組の中では最若手に当たる。
次点となる候補者は、アトリエ・シムサ、kittan studio、スタジオウエストによるシムサ・キッタン・アンド・ウエスト設計JV(以下、シムサ設計JV)だった。次々点となる準候補者は該当なしとされた。
学校を南北に貫く「ラーニングパサージュ」を背骨として構成
中野総合学科新校は、中野立志館高校と中野西高校の統合によって誕生する。前者は、旧中野高校と旧中野実業高校を統合して2007年に開校した総合学科校で、旧中野実業高校の校舎を一部改築して使用している。一方、1984年開校の中野西高校は普通科校で、県内初のユネスコスクールとしてESD(持続可能な開発のための教育)活動を重視する。両校の特徴を継承する中野総合学科新校は、中野立志館高校の敷地に、既存校舎を部分的に残しながら整備する。関係者は「非常に難しい設計条件だ」と口をそろえる。
審査結果発表後、インタビューに応じた審査委員長の赤松佳珠子氏(法政大学教授、シーラカンスアンドアソシエイツ代表)は、「審査ではプラン(平面計画)を最重視したのではないか」という質問に対して、「審査の観点としてどれか1つを重視したわけではない。まちとの関係、外部空間の利用の仕方など、広範囲にわたる議論の中で全体として評価した結果だ」と語った。
ラーバンJVは昨年、2次審査まで進んだ佐久新校のプロポで、教育空間やまちとの関係など、全てにおいて検討が甘かったと反省。今回はどんな質問にも答えられるように、建築の隅々まで歩き回るように検討したという。まさに全方位の「総合力」で乗り切った格好だ。
ラーバンJVの案は、中野のまちを形づくる南北の「通り」による都市構造を、新校の背骨として取り入れ、学校を南北に貫く「ラーニングパサージュ」を配置。それを起点に学びや交流のダイナミズムが生まれ、地続きにまちに伝播していくイメージを描いたものだ。地球規模で考え、地域社会で行動を起こす新しい高校の姿「総合学科×ESD」の実現を目指す。
大きく4つのポイントを掲げている。(1)まちに接続し、開かれた学校としてエントランスに「ソソラひろば」を設けて中野カフェ(地域連携協働室)やファブラボなどを配置。まちとの接点をつくりながらESDの活動基盤とする。(2)「ラーニングパサージュ」によって他の科目専攻の生徒と会い、新たな発見や知恵の交換が生まれる新校の軸をつくる。(3)「家」のように安定した環境で学びを深める1年生から、校内から地域まで自由に動いて学ぶ2~3年生まで、総合学科の学びに対応した学習空間とする。(4)校舎の間は、隣接する機能に応じて多様な性格を持つ「にわ」を配置し、横断的な交流を促す——。
インタビューでは「非同期・非対面のコミュニケーション」についても問う
一般に公開された審査委員会(2次審査)は、中野立志館高校の大講義室を会場に、午前11時30分から始まった。2次審査対象者5組によるプレゼンテーションは1組の持ち時間が15分。順番は当日の抽選によって決定している。アトリエ・アンド・アイ+MMAAA設計JV、アーキシップ・アーキテクトカフェ設計JV、シムサ設計JV、古森弘一建築設計事務所、ラーバンJVの順だ。審査委員の顔ぶれは、昨年と変わっていない(記事の最後の概要を参照)。
2次審査対象者への審査委員によるインタビューは、午後1時30分ごろから、約1時間30分をかけて行った。インタビューの冒頭では、中野総合学科新校再編実施計画懇話会の座長を務める中野市教育委員会の柴本豊教育長が「生徒から要望が出ている屋上テラスについてどう考えているか」と問うた。この後、審査委員からは「断面方向は何を重視して計画しているか」「非同期・非対面のコミュニケーションについてどう考えているか」「長野の寒さ対策をどう捉えているか」「FLA(フレキシブルラーニングエリア)」の寸法をどう考えているか」など、根本的な考え方から、具体的な寸法まで、幅広い質問が出された。
最適候補者には学校や地域との真摯な対話を期待
インタビュー終了後に実施した非公開の審議は1時間30分ほどを要した。結果発表・講評が始まったのは午後4時30分すぎだ。赤松審査委員長は、2次審査対象者5組について、プレゼン順にそれぞれの案の魅力や審議で論点となったポイントなど、講評を述べた上で結果発表に移った。
「今回の皆さんからの提案は、本当に拮抗するレベルであり、建築としてのありようはもちろん、非同期なのか同期なのか、非対面なのか対面なのかといった点まで含めた新しい学びの可能性、そしてまちの読み取り方など非常に多岐にわたるものだった」。赤松審査委員長はこう前置きした上で次のように語った。
「1番のアトリエ・アンド・アイ設計JVには、独創的で魅力的な空間構成を示していただき、2番のアーキシップJVの案は独創的な平面形で非常に綿密に練り上げられていた。また、多様なFLAを組み合わせた3番のシムサ設計JVなど、それぞれを強く推すような審査委員の声もあった。最終的に、ソソラひろばやラーニングパサージュなどの空間をしっかりと組み合わせた5番のラーバンJVを最適候補者に選定することを全会一致で決定した」
赤松審査委員長は最後に最適候補者へメッセージを送った。「ラーバンJVは、その提案の妥当性だけではなく、学校や地域と真摯な対話が期待できるという判断から選定されたわけであり、その期待を裏切ることがないように全力を尽くしていただきたい」
「その一方、審議の議論の中で出てきたのは、まだ非常に若いチームであり、建設費が急騰するなか、この難しい事業を成し遂げるには、今後、相当多くの困難が予想されること。本事業に関わる全ての人が、『自分たちが携わったから素晴らしい学校ができた』と胸を張って言える学校づくりができるように、本当に丁寧に、また全力でこのプロジェクトに取り組んでいただきたい」
長野県教育委員会事務局高校教育課によれば、今年のNSDプロジェクトのプロポーザルは、高校に関しては1校だけだったが、来年度以降に計9校でプロポの可能性があるという。これまで、プロポの対象とされた高校は、各校の実施計画懇話会を通して話し合いを重ね、機が熟した段階で県議会に諮り、承認が得られたものだ。9校も同じプロセスを踏んで、議会で承認されればプロポに移る。現在、長野東スーパーフレックス新校再編実施計画懇話会や塩尻総合学科新校再編実施計画懇話会などが動いている。ただ、予算が確保できるかどうかという問題はあるという。
昨年の佐久新校より全ての面において解像度を上げる
最後に2次審査会終了後のラーバンJVへのインタビューをまとめておこう。
――最適候補者に選ばれた最大の勝因はどこにあったのでしょうか。
雨宮 中野総合学科新校のプロポ応募に当たり、まちのリサーチから結構、詳細に行い、今回の新校に求められているものは何か。かなり深掘りして、きちんと提案に結び付けたことが良かったと思います。
——審査はかなり拮抗したようですが、他のチームとこの辺で差がついたという手応えはありましたか。
雨宮 プレゼンの際は、他のチームの提案内容まで見る余裕はあまりなかったのですが、我々と同様に南北方向に軸を通している案が他に2つあったかと思います。その中で比較されたときには、外部空間と建物とのバランスや割合、もしくは教育に対する細やかな配慮では差をつけることができたと捉えています。
——今回の提案に当たって、誰にも負けないぐらい検討した、もしくはリサーチしたという部分はありますか。
雨宮 1次審査の後に「まちに続く広場をどう考えているのか」という質疑をいただき、広場のブラッシュアップというか、まちにどういう場所があるといいのか。敷地内だけではなくて、まちとのつながりの中で、きちんと位置付ける作業はかなりやったと考えています。
——NSDプロジェクトのプロポへの2回目の応募ということで、1回目の反省をうまく生かせたところはありますか。
雨宮 ありますね。今回のチームは佐久新校のときと同じです。佐久のときは全てにおいて、提案の解像度が低かったと思っています。教育空間もそうですし、地域との関係も少し甘かったなと反省しています。今回は全ての面において解像度を上げて、何を問われてもしっかりと答えられるというぐらいまで、自分でも建築の隅々まで歩き回るように検討しています。
ただ、NSDプロジェクトのプロポへの取り組みはとてもハードで、今回も良い結果が出なかったら、来年度以降の応募は躊躇していたかもしれません。
——チームとしての役割分担、個々の強みや得意分野はいかがですか。
雨宮 私と小林、細谷は、結構フラットな関係です。どちらかというと、細谷はまちづくり、地域との関係づくりが得意ですし、小林は実務の推進力がかなり高い。私は全体を見る、まさに統括主任形で、チームとしてバランスが取れているかと思います。
——チームの皆さんは年齢が近いのでしょうか。
雨宮 私と小林は、同じ大学の同級生ではなく、共にリスボンに交換留学していたときに、一緒にリスボンで過ごした同学年の友人です。細谷は一時期、私の事務所のスタッフでしたが、今は独立して事務所を持っています。小林と細谷は千葉大の先輩と後輩で、私と細谷はもともと、岡部明子氏(現・東京大学教授)を通したつながりがありました。
——基本計画策定のパートナーとしてまずは何から始めようと考えていますか。
雨宮 高校生と話をしたいと思っています。チームに信州大学工学部建築学科助教の佐倉弘祐氏が加わり、大学生にも参加してもらう予定です。高校生がこのまちをどう見ているのか。高校生より年齢が少し上の大学生を交えて一緒にやれば理解が深まると考えています。(森清)
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<中野総合学科新校プロポーザル概要>
- 名称:中野総合学科新校(仮称)施設整備事業 基本計画策定支援業務委託プロポーザル
- 主催:長野県教育委員会
- 最適候補者:ラーバンデザインオフィス・小林・細谷共同企業体(構成員:ラーバンデザインオフィス、小林大祐建築設計事務所、細谷悠太建築設計事務所)
- 候補者(次点):シムサ・キッタン・アンド・ウエスト設計共同企業体(構成員:アトリエ・シムサ一級建築士事務所、kittan studio、スタジオウエスト一級建築士事務所)
- 準候補者(次々点):該当なし
- その他2次審査対象者:アトリエ・アンド・アイ+MMAAA設計共同体、アーキシップ・アーキテクトカフェ設計共同体、古森弘一建築設計事務所(以上、一次審査書類受付順)
- 審査委員会:委員長/赤松佳珠子(法政大学教授、シーラカンスアンドアソシエイツ代表/建築分野) 委員/寺内美紀子(信州大学教授/建築分野)、西沢大良(芝浦工業大学教授、西沢大良建築設計事務所代表/建築分野)、垣野義典(東京理科大学教授/建築・教育分野)、高橋純(東京学芸大学教授/教育分野)、武者忠彦(立教大学教授/地域分野)
- 事務局アドバイザー:小野田泰明(東北大学教授)
- 参加表明書の提出期間:2024年7月31日(水)~8月5日(月)
- 1次審査書類の提出期間:2024年8月21日(水)~27日(火)
- 1次審査の実施日:2024年9月17日(火)
- 2次審査の実施日:2024年11月10日(日)
- 2次審査の結果発表:2024年11月10日(日)