岡山で隈研吾氏の建築を巡ってきた。
筆者が2021年に『隈研吾建築図鑑』を上梓した頃には、“隈建築の3大聖地”は高知県の梼原町(こちらの記事)、栃木県の那須周辺(こちらの記事)、茨城県境町(こちらの記事)の3エリアだ、と語っていた。その後も全国各地に隈建築が増え、数だけでは人に伝えづらくなってきたところに、“数よりテーマ性”で台頭してきたのが岡山県である。
隈研吾氏が岡山県でテーマにしているのは「CLT(直交集成板)」だ。何それ?という人のために説明すると、CLTはひき板を繊維方向が直交するように積層接着した重厚な木製パネルで、厚みや幅があるため、高い断熱性や耐火性、強度が期待できる。欧米を中心に中高層建築物の壁や床に利用されており、日本においても、様々な建築物がCLTで建築されることで、木材の需要拡大が期待されている。岡山県はCLTの生産能力が国内最大。県としてCLTの普及に力を入れている。CLTの大手、銘建工業があるのも、岡山県の真庭市だ。
短冊状のCLTパネルをずらして積んだ吉備高原Nスクエア
竣工の時系列が逆になるが、隈氏がCLTを使って岡山県に建てた最新の建築がこれだ。岡山中心部から北西に車で45分ほど、岡山県加賀郡吉備中央町に今春オープンした「吉備高原Nスクエア」。
隈事務所のサイトから設計趣旨を引用する(太字部)。
岡山県の中央の高原の町、吉備中央町にたつコワーキングとカフェを中心とする地域交流・創生施設。地元の世界企業であるシステムズナカシマがイニシアティブをとった。
岡山が日本一の生産量を誇るCLTパネルを構造、内装に全面的に用いた。約4mの高低差のある敷地を跨ぐように、巾2.2m、長さ35m、厚み21cmのCLTの短冊状パネルを角度を変化させながら積みあげ、その角度のズレが多様なスペース、開口部を生み出している。
従来のCLT構造の閉鎖的、反復的な印象とは異なる開放的な空間は、地域への開放、連携をテーマとする施設の精神を表し、コワーキングスペースには、地域の岡山大学も参加して、世代を超え産学の境を超えたクロスオーバーな活動が期待される。
「なるほど、こう来たか!」というデザインだ。「CLTは木の塊」ということが一目で伝わる。外側に換気口やダクトなどの異物が全くないスッキリ感がさすが。
構造材のCLTが直接雨に当たって大丈夫なのだろうか、と心配になるが、下から木口を見上げると、外側は化粧の板のようだ。
上部には、金属板の雨除けがついている。
内部は2階が事前登録会員制(1,000円/日)のコワーキングスペース20席と、レンタルオフィス。許可を得て中を見学させてもらった。CLTの梁が大迫力。片持ちもすごい。
1階には「CAFE & LOCAL DINING 麓」、アートライブラリー、フリーコミュニティスペースがあり、誰でもふらっと入れる。
設計の詳細を知りたい人は、隈研吾建築都市設計事務所の茂中大毅氏のインタビュー記事がこちらで読める。
■建築概要
吉備高原Nスクエア
デザイン監修:隈研吾建築都市設計事務所
設計:株式会社黒川建築設計事務所
施工:ユージー技建株式会社
建築主:株式会社システムズナカシマ
工期:2023年4月26日着工〜2024年2月29日竣工(予定) 約10ヶ月
面積:敷地面積1,608.32㎡(486.51坪)、建築面積385.62㎡(116.65坪)、床面積585.02㎡(1階:276.30㎡、2階308.72㎡)
構造:木造2階建(CLT)
ちなみに建築主のシステムズナカシマは、船舶用推進器のトップメーカであるナカシマプロペラのシステム事業部門が分離し、1985年に独立法人として設立されたシステム開発、AI開発などの会社。本社は岡山市。地方創生への貢献事業の一環としてこの施設を建設した。ナカシマだから「Nスクエア」なのか。
岡山大学共育共創コモンズ オークスは「国内最大級のCLT無柱空間」
次は岡山市に戻り、2023年1月に岡山大学津島キャンパスに完成した「岡山大学共育共創コモンズ (OUX:オークス)」へ。これも、まずは隈事務所公式サイトの説明文から(太字部)。
木造を中心とする、新しい木造教育の教材となる「木の教室」を岡山大学にデザインした。木造を学ぶ学生達の原寸大の教材となる建築をめざし、梁成1.8mのCLT梁を用いた、CLTによる18m×21.6mの無柱の大スパン構造を実現した。
CLTを断熱材無しで内装に用いるモノリシックなCLT造、応力に応じた開口寸法のグラデーショナルな変化、応力図に従った天井梁の有機的な配置、CLTと鉄骨の複合構造による透明なガラスのキャノピーなど、たくさんの新しいアイディアをすべて可視化することで「見える教材」を創造すると共に、サスティナビリティをターゲットとする未来の木造を見せたいと考えた。
この施設は、古巣の「日経アーキテクチュア」に建設中の記事(2022年11月10日号)が載ったときに知って、気になっていた。以下はその要約(一部、情報を更新)。
・施設は延べ面積825㎡の木造、地上2階建て。1階には企業との共同研究室など。2階には312人を収容できる講義室。
・床スラブ以外の主要構造部は、全て岡山県内で製造・加工したCLT。
・設計・施工は清水建設。基本計画を含む、プロジェクトの全体監修は隈氏が担当。
・前例のない大スパンをCLTパネル工法で実現するため、清水建設は「CLT大梁ジョイント・メタルレス構法」を開発。木質系の挿入材と構造ビスを用いた継ぎ手で接合。
・3分割したCLTの梁部材を現場で接合し、約22mの大梁を形成。この大梁により、約18m×約21.6mの無柱空間を実現。これは国内最大級のCLT無柱空間。
・外壁は千鳥格子状にパネルを組んだ。このために、「CLTランダムパネル構法」を開発。
・2つの新構法などにより、国土交通省の「21年度サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)」に採択された。
技術開発の中心になったのは清水建設だが、「仕組みをわかりやすく見せる」デザインは隈氏の真骨頂といえそうだ。
なお、日常的に使う校舎なので、ふらっと行っても中には入れないので、注意(上の講義室の写真は許可を得て撮影した)。
■建築概要
岡山大学共育共創コモンズ (OUX:オークス)
設計:清水建設株式会社
アドバイザー:有限会社 江尻建築構造設計事務所
監修:隈研吾
ちなみに、この施設は中島博ナカシマホールディングス会長から多大な寄付をいただいて建設されたとのこと。先ほどのシステムズナカシマの創業者だ。ナカシマグループは、岡山の世界企業なのだそう。そして、なぜ岡山大学の施設が隈氏の設計なのだろうと思っていたら、隈氏は同大学の特別招聘教授なのだという。“隈研吾ウオッチャー”を自称しているのに知らなかった…。
そして、次は再び岡山を北上し、蒜山(ひるぜん)に向かう。(宮沢洋)