藤森照信ワールド全開、“経営者の夢”が形になったスイデンオフィス

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 水田をテーマにした現代建築というと、坂茂氏が設計した「ショウナイホテル スイデンテラス」(山形鶴岡市、2018年)が思い浮かぶが、坂氏と藤森照信氏ではこうも世界観が違うものか…。藤森氏が設計した「おおオフィス」を見学させてもらった。山口県防府市の社会保険労務士法人桑原事務所の本社ビルだ。

(写真:宮沢洋)

 なんだ、これは。『フィールド・オブ・ドリームス』(ケビン・コスナー主演のファンタジー映画)か!? 「ラ コリーナ近江八幡」(2015年)のランドスケープを見たときにもそう思ったのだが、ここはさらにファンタジー感が増している。今回は商業施設ではなくオフィスなのに…。

名称:おおオフィス
所在地:山口県防府市

建築主:社会保険労務士法人桑原事務所
用途:事務所
設計:藤森研究室、佐田祐一建築設計研究所
施工:施主直営

構造:木造
階数:地上2階
延べ面積:335.36㎡

施工期間:2022年3月~2023年7月

 2023年夏に竣工し、1年がたった。『GA JAPAN』190号(2024年9月号)で見た、という人もいるだろう。同誌から、藤森氏の解説文の印象的な部分を引用させてもらう(太字部)。

「敷地を訪れて、こんなに歴史と自然に恵まれた土地に設計する幸を思った」

「横長の建物の正面側には田んぼ、裏側には社員用駐車場を配するから、田んぼの中を通っての正面アプローチが重要になる。アプロ―チといっても畦道(あぜみち)しかないから、畦道の突き当りの正面入り口はちょっと面白くしたい」

「長さ4mの橋を素人がコンクリートでつくる技術はだいぶ前に独自に開発済みであったが、実行したことはない」

「つくり始めたものの、初の実行は、この度の工事で百戦錬磨の施主一党にも小困難続出」

 フィールド・オブ・ドリームスみたいなアプローチと、青豆みたいな形のにじり口は、設計意図としては「正面」なのか…。その発想がまず普通ではない。現実には、多くの人は駐車場のある北側↓の通用口から建物に入る。

壁柱(塔?)の木材は依頼主の知人の銘木店で藤森氏が選んだもの

 こっちも相当、普通ではない…。

メンテナンス重視の「頂部一列緑化

 建物自体の説明もGA JAPANから拾わせてもらう。

「田んぼ下には弥生時代の遺跡が埋まっているから、土地を深く掘ることは許されない」

「よって木造2階建てとなるが、望むところ。木造での『頂部一列緑化』と取り組んでみよう」

「建築緑化を長くやってきて、成功するか否かの肝所はメンテナンスにあると知った。面より線の方がメンテナンスしやすいから、切り立つ壁をつくり、頂部に草木を植え、メンテは背後のゆるい水勾配屋根に上がってしよう」

山陽新幹線からも一瞬見える。右下の扉は、屋上に出るための扉

 なるほど、高所が苦手な筆者が上っても植物のメンテナンスはできそうだった。ちなみに、このプランター↓は依頼主の桑原亨氏が自らつくったという。何者?

 藤森氏本人は書いていなかったが、今回、内部の照明がいい。

 これも桑原氏を中心とする素人チームが制作に参加したもの。枠組み、糊付け、絵付けなど、従業員による手づくり。使用した和紙は藤森氏が選び抜いた「細川紙」。伝統的な方法と用具でつくられた細川紙は見た目の美しさもさることながら、その強靭さが特徴とのこと。

 この扉↑、桑原氏は「木材をはつる作業をほとんど1人でやりました」とさらりと言う。なるほど、こういうクライアントだから、藤森氏も設計を引き受けたのか。

 印象的な水田からの畦道アプローチについて、藤森氏はこんな感想を書いている。

「この度訪れて見ると、畦道も橋も、とりわけ橋はどこがコンクリート橋なのかわからない。田んぼに、畦道も正面入り口も埋もれてしまった」

 GA JAPANの撮影時は稲がかなり育っていたのだろう。田んぼ側の写真は高い位置から撮って、畦道と橋を見せている。だが、筆者が訪れたのはちょうど稲刈りの直後だったので、普通の目線で見ても、畦道と橋が見えた。

 桑原氏は「以前使っていたオフィスが手狭になり、最初は普通の建物を建てるつもりだったのだけれど、物足りなくなって藤森先生にお願いに行った」と振り返る。藤森氏に「百戦錬磨の施主一党」評されるほどの腕前でさまざまな工事をこなした。会社のサイトにある「建物について」を見れば、その建築好き度がわかる。そんな桑原氏でも、「自分の家は藤森先生に頼む勇気は出ないかも」と笑う。それは確かにそうかも。

この玄関は、自邸ではちょっと…
よくできてる…
オーナーの桑原亨氏

 自分が経営する会社のオフィスを藤森氏に設計してもらい、皆で汗をかきながら建てる。そんな“建築好き経営者の夢”を実現した人をもう1人知っている。この「おおオフィス」の屋上緑化工事を担当した大林緑化技術研究所の大林武彦代表だ。こちらもいずれリポートするつもりなので、お楽しみに。(宮沢洋)

予告の意味で、昨夏に訪ねた完成直前の大林緑化技術研究所本社ビル(滋賀県近江八幡市)