【追加コメントあり】「失われた10年」の自作再生に隈研吾氏が名乗り、福島県玉川村に「乙な駅たまかわ」開業

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この記事を読んだ隈研吾氏から、本作の位置付けについてコメントが届いたので、記事中盤に追記した(青字部)。

 福島県玉川村竜崎区、阿武隈川の乙字ヶ滝のすぐそばに、隈研吾氏が設計した「複合型水辺施設 乙(おつ)な駅たまかわ」が9月28日にオープンした。水辺の景色を堪能しながらカフェやレストランを楽しみ、クラフトビール醸造の見学ができる施設だ。自転車のレンタルを行い、暖かい季節にはカヌー体験もできる。

(写真:宮沢洋)
入り口は地上2階レベルにある。天気がいまいちだったので、外観は2割増しくらいで見てほしい
訪れたのは開店1週間目の休日ということで、施設内は大にぎわい

 「ああ、また隈さんね」と思った方、気持ちはわからなくはないが、隈氏にとって特別な意味がある建築なので、まあ読んでほしい。

 玉川村のWEBサイトにはこう書かれている。

 「村では、令和3年(2021年)1月に、乙字ヶ滝の近くに立地する空き店舗を取得し、「(仮称)複合型水辺施設」として観光交流の拠点施設と位置付け活用することとしており、今回、「(仮称)複合型水辺施設改修基本計画」では、既存施設の老朽化改善と合わせ、複合型水辺施設としての必要な機能を踏まえた改修計画を立案し、官民連携での整備手法を検討してきました」。

 「当該施設は竣工から20年以上が経過し、また、東日本大震災以降10年以上空き家となっていた」

 つまり、村が買い取った「空き店舗」をリノベーションして「乙な駅たまかわ」は生まれた。元の建物も隈氏の設計だ。これ↓が工事着手前の写真。こんな状態で10年以上放置されていた。さあ、何かわかるだろうか。

工事が始まる前の2022年9月に撮影

 答えは、1997年にオープンした「川/フィルター」だ(竣工は1996年12月)。「川/フィルター」というのは建築界ネームで、実際の名前は「乙字亭(おつじてい)」。須賀川市の老舗製麺所「安積屋」が出店したロードサイド型そば・うどん店だ。

 簡単な隈研吾史を書くと、建築界でその名を一躍有名にしたのは、1991年に完成した「M2(エムツー)」だ。そのインパクトで一躍有名になったものの、完成と同時にバブル経済が崩壊。「M2」は、“バブル建築の象徴”のようにメディアに取り上げられ、以後、隈氏は東京での仕事がパタリとなくなる。隈氏はこの期間を「失われた10年」と呼ぶ。
 
 失われた10年から抜け出す大きなきっかけとなったのが、全面木ルーバー(縦ルーバー)の「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)で、この乙字亭はその約3年前の完成。横ルーバーだが、明らかに広重美術館に向かうステップであることが見てとれる。

 隈氏自身はこう位置付ける。「この作品、実は、僕の歴史にとって、結構重要なんです.駐車場の下に、メインヴォリュームを埋めて建物を小さく見せたところは、亀老山(きろうざん)以来の、埋める系なので、ルーバー系と埋める系の、移行期の作品でもあります」。

 コメント中の「亀老山」というのは、「失われた10年」の前期に完成した「亀老山展望台」(愛媛県今治市、1994年)↓のことだ。

亀老山展望台

 隈氏のコメントを図式化すると、「埋める」系:亀老山展望台→「埋める+ルーバー」系:乙字亭→「ルーバー」系:広重美術館、ということになるだろうか。

工事が始まる前の2022年9月に撮影
乙字亭の断面をざっくり描くとこんな感じ(イラスト:宮沢洋)

村が買い取り、PFI事業に

 東日本大震災以降、閉じたままだった乙字亭の店舗を玉川村が買い取り、リノベーションした。設計業務は特命発注ではなく、公募。正確に言うと、利活用の提案を求める施工や運営までを含めたPFI事業の公募だ。

 2022年8月~12月にかけて行われた公募型プロポーザルで、下記のチームが選ばれた。

業務受託候補者: (仮称)複合型水辺施設の整備・運営事業共同事業体
・三柏 工業株式会社(本社:須賀川市)
・株式会社隈研吾建築都市設計事務所(本社:東京都)
・株式会社あぶくまビール(本社:玉川村)
・株式会社トーカンオリエンス(本社:東京都)
・三菱HCキャピタル株式会社(本社:東京都)

 保存ではなく活用提案なので、他の設計者の手に渡ったら、どんな形で手を入れられるかわからない。これは何とか自分の手で──。隈氏はそう思ったのだろう。国立競技場を設計した大建築家が面子を気にせず、公募に手を挙げるのはなかなかの男気ではないか。

 竣工時の写真を載せることができないが、見比べても遜色はない。

改修後。右手に国道118号線が通り、阿武隈川の川下(写真奥I)には観光名所の「乙字ヶ滝」がある。住所は言うと、福島県石川郡玉川村竜崎滝山12−19
川下側から見る
1階レストランのテラス席

 外装の杉ルーバーはすべて新しいものに変わったが、構造部の木材は既存のものを生かしている。その古さがいい味を出している。おそらく、木造部はすべてつくり直した方が工事としては簡単だったのではないか。

既存の柱に書かれた隈氏のサイン

 そば店だった時代には、2階の開口部の一部に障子が使われていたが、それはなくなった。日本っぽさが薄まったもといえるが、その代わりにフルハイトの窓ガラスに面してカウンター席(休憩スペース)がつくられ、ゆったりと風景を眺めることができる。

かつて製麺工場だったスペースでクラフトビールを醸造
ピロティ部分はカヌー置き場に

 なお、この建築のイラストルポは、近いうちに「ふくしま建築探訪」に掲載される予定だ。

 玉川村は観光に力を入れており、ここから車で20分ほど東に行ったところに2021年7月、「森の駅yodge(ヨッジ)」をオープンさせている。昭和28年に建てられた「旧四辻分校(小学校)」をリノベーションした体験型宿泊施設だ。設計はSO&CO.+都市環境研究所。これも『新建築』に載るレベルの質の高いリノベーションだ。

「森の駅yodge」。住所は福島県石川郡玉川村四辻新田村中131

 逆方向の須賀川方面に10分ほど車を走らせると、「tette(テッテ)須賀川市民交流センター」(2018年)がある。設計は石本建築事務所+畝森泰行建築設計事務所。これはリノベーションではないが、公共複合施設の最前線。

 玉川村に行くなら、ぜひ三点セットで見てほしい。(宮沢洋)