リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:英ロンドン×PAN-PROJECTSその1、街のストーリーを引き継ぎ存在感

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英ロンドン、ブラジル・リオデジャネイロ、米ニューヨーク、スペイン・バルセロナ——。建築に関わる人ならば、一度は訪れてみたい都市だ。新旧の注目建築が町中にあふれている。この連載では現地に在住、もしくは現地と行き来している4組の建築家に、それぞれの視点で、4都市の見どころプロジェクトをピックアップしてリポートしてもらう。4組のリレーで4つの都市を1年かけて巡る格好だ。トップバッターは、ロンドンに拠点を置くパートナー事務所のPAN-PROJECTSにお願いした。(ここまでBUNGA NET編集部)

石造建築を彷彿とさせる存在感——Amin Taha + Groupworkによる「15 CLEARKENWELL CLOSE」

 2019年11月初旬、デンマーク・コペンハーゲンから英国・ロンドンに到着した最初の夜だった。

 建築家の友人から「今晩パーティーがある」と誘いを受け、空港から直接スーツケースを引きずり向かった先に現れたのが、Amin Taha (アミン・タハ)+ Groupwork(グループワーク)によって設計されたプロジェクト「15 CLEARKENWELL CLOSE(15クラーケンウェルクローズ)」だった。7階建てのこの建物は、各階に1~2戸のフラット、地下と地上にはAmin Taha + Groupwork のスタジオを配置し、最上階は建築家の自邸となっている。

 石切り場からそのまま運び出された石塊が、そのまま積み木のように重なり合い組み上がったようなその建物は、ダイナミックなスケールとラフさが古代的な石造建築を彷彿とさせる。しかし全く新しく、ロンドンの街に不思議な存在感を放っていた。

様々なテクスチャーを持つ石塊の外骨格(写真:PAN-PROJECTS)
Clerkenwell Closeストリートより建物を見る(写真:Groupwork and Timothy Soar)
外骨格と内部構造が鋼鉄製のコネクタープレートによってつながれている (写真:Groupwork and Timothy Soar)

 この日はガイ・フォークス・デーの晩で、ロンドンの街中で花火が打ち上げられる日であった。まずはその光景を一望するため、建物の中心に配置されたコア内部にある階段を上がった。グリル状の階段のため、空気が自由に通り抜け、屋上からは楽しそうな声が聞こえてくる。この上下動線となるコア最上部の塔屋は、屋根と壁の間にスリットが設けられ、ガラス張りのソーラーチムニーとなって、自然換気が行われる。

 屋上に到着すると、そこには美しいルーフトップガーデンが広がっていた。年間平均降雨量の80%をも吸収するという豊かな植栽たち、蜂箱や鳥箱も置かれる中、ロンドンを彩る花火を眺めた。

コア内部のグリル状の階段(写真:PAN-PROJECTS)
塔屋にはスリットが設けられており、自然換気を行う(写真:PAN-PROJECTS)
蜂箱、そしてその後ろに広がるロンドンの風景(写真:PAN-PROJECTS)

 花火も終わり、外で一服しているとき、この建物のエンジニアであるSteve Webb (スティーブ・ウェブ、WebbYates Engineer)と出会った。彼は私たちが仕上げ材であると思い込んでいた石のファサードが実は、耐荷重性のある外骨格であるということを教えてくれた。

 石塊は自立したトラビート構造であり、中心のコンクリートコアから最大で8mの200mm厚のコンクリートスラブを支えているという。初めてこの建物を見たときに感じた古代の石造建築のような印象は、石という素材そのものの様相だけではなく、構造体として組み上がる物理的感覚が、その印象をより決定的なものにしていた。

 また、この石という素材の選択は、この場所にかつて存在した11世紀のノルマン修道院からの引用である。使用されたのはフランスの採石場からもってこられた石灰岩で、外壁に現れる様々なテクスチャーからは、岩盤から採取される過程で残ったもの、生のままの表面、岩盤を割るための手掘り、のこぎりによる切断——などの様子を見て取ることができた。

オーク材のドアや壁が、引き戸や、折りたたみ戸、スイング戸などが開いたり閉じたりすることで、パズルのように多様な空間をつくる (写真:Groupwork and Timothy Soar)
住戸内観 (写真:Groupwork and Timothy Soar)

隠し扉も配した遊び心が混在する空間

 スティーブとの出会いにより、この建物にとって一番重要な気づきを得た私たちはスタジオ内部に移動した。スタジオは地上レベルまで吹き抜けでつながる地下空間となっており、計画の際に掘り起こされた中世から現在に至るまでの様々な状態の既存レンガ壁が、パッチワークのように空間を取り囲んでいる。その中には鉄骨の切断された断面なども残り、歴史を物語る断片が点在している。

 スタジオを見学しながらGroupworkで働く友人がまた1つ、この建物にまつわるストーリーを教えてくれた。彼女はAminの自邸(最上階)で犬の世話を任せられ、家の中を探索していたが、どうしても1部屋を見つけることができず困ったことがあったという。後から、その1部屋は移動する壁(収納)の後ろに隠されており、その隠し扉のような壁を開くことで探していた部屋が現れて驚いたそうだ。

 このように、平面の構成を自由にする建具のような移動式の家具、共有部分にある隠し扉のようなポストボックスなど、住戸エリアでは柱のない空間の中で家具や建具が自由に動きまわる。また手すりや取っ手のディテール、屋外の小石のモザイク床など、この建物には真面目な中にも遊び心が混じり合っている。

地上レベルより、スタジオのある地下に下りる階段 (写真:Groupwork and Timothy Soar)
スタジオ空間の上に浮かぶミーティングルーム(写真:PAN-PROJECTS)
スタジオ風景(写真:PAN-PROJECTS)
ポストボックスは実は扉となっており、裏に倉庫が隠れている(写真:PAN-PROJECTS)

 私たちがロンドンに来て初めて出会った建築、「15 CLEARKENWELL CLOSE」は、歴史ある街に対し、表層的に既存の街並みを踏襲するような建物を提案するものではない。11世紀から現代に至るまでの本当の意味での場所のストーリーを知り、それをどう引き継ぎ新たな建築をつくっていくのか、様々な気づきを与えてくれるプロジェクトであった。

戦時中に破壊された様相を復元——Amin Taha + Groupworkによる「UPPER STREET」

 先述のプロジェクトだけではなく、Amin Taha + Groupworkはこうした歴史との会話を基にした端正でかつエキセントリックなプロジェクトを手掛けている。

 いくつか注目されるべきプロジェクトのうち、もう1つの代表格といえるのはAngel(エンジェル)のハイストリートに面する赤い建物「UPPER STREET(アッパーストリート)」だ。4階建てのビルは1階がショップ、その上に3つの住戸が入る。第二次世界大戦中に爆撃によって破壊された建物の様相を復元し、その上に新しく開いた窓やドアが「ずれ」をつくる外壁が印象的な建物だ。

通りから見た外観。既存の建物と同様の装飾を持つファサードが並んでいる(写真:Groupwork and Timothy Soar)
昔の外壁を引き継いだ窓の位置とずれて開けられる開口 (写真:Groupwork and Timothy Soar)

 建物の外壁は3Dモデルを基に、300枚の発泡ポリスチレンパネルから鋳型を起こし、そこにテラコッタ色のコンクリートを流し込んでつくられた。厚さ50cmの壁は建物の耐力要素であると同時に、外部および内部の仕上げ、また断熱機能も担っている。

 このプロジェクトは都市や建築の歴史を抽出した上で、街の記憶と新しく求められる機能、それらの間に生まれる「ずれ」のようなものを象徴的に表現しているように感じる。

内観 (写真:Groupwork and Timothy Soar)
内部の床にはCLTが使われる (写真:Groupwork and Timothy Soar)
開口部詳細。厚さ50cmの壁は建物の耐力構造であると同時に、外部および内部の仕上げ、また断熱機能も担う (写真:Groupwork and Timothy Soar)

「歴史的建造物を、遊び心を持って扱うことで議論が前進」

 「15 CLEARKENWELL CLOSE」「UPPER STREET」の2つのプロジェクトはどちらも歴史的バックグラウンドを表層的に模倣するのではなく、より広い文脈をリサーチ。そしてそれを理解した上で過去からのストーリーを組み上げながら新しい姿を現代に伝えている。

 設計者自身が「歴史的建造物を、遊び心を持って扱うことで、議論を前に進めることができる」と言うように、街における歴史(ストーリー)を引き継ぎつつ、都市に対応し更新を可能とする建築とはいったいどういったものなのか。そのアイデアが表れる彼らの作品を、ぜひロンドンに来る際には訪れて体感してほしい。(八木祐理子+高田一正/PAN-PROJECTS)

[15 CLEARKENWELL CLOSE概要]
所在地:15a Clerkenwell Close, London EC1R 0AA, United Kingdom
設計者:Amin Taha + Groupwork
完成時期:2017年
行き方:King’s Cross St. Pancras駅より地下鉄でFarrington駅で下車、徒歩5分

[UPPER STREET概要]
在地:168 Upper St, London N1 1US, United Kingdom
設計者:Amin Taha + Groupwork
完成時期:2017年
行き方:King’s Cross St. Pancras駅より地下鉄でHighbury & Islington駅で下車、徒歩10分

PAN-PROJECTSを主宰する八木祐理子氏(写真左)と高田一正氏(同右)
(写真:PAN-PROJECTS)

PAN-PROJECTS:2017年に八木祐理子氏と高田一正氏がコペンハーゲン(DK)で共同設立 。19年よりロンドン(UK)へ拠点を移し世界的に活動を展開する。多様性のある社会を盛り立て、推し進める建築の在り方を目指し、建築設計を主軸とし、アートインスタレーション、プロダクトデザインなど多岐にわたるプロジェクトを手掛ける。www.pan-projects.com

※本連載は月に1度、掲載の予定です。

(写真:PAN-PROJECTS)