「旧江戸川乱歩邸」が改修工事を終えて一般公開を再開してから、ちょうど1年になる。池袋の西口にある立教大学が研究・保存・公開を行っている施設。以前から一般公開はされていたが、立教学院創立150周年記念事業の一環として、プランテックの改修設計で耐震補強などを実施。内部もリニューアルされて再公開されたのが2025年5月18日。この「池袋建築巡礼」シリーズで書かなくちゃ、と思いながら1年たってしまった。

旧江戸川乱歩邸は日本の推理作家の草分けである江戸川乱歩が1934年(昭和9年)から移り住んだ邸宅。立教大学6号館の北側にある。我がOffice Bungaの拠点がある池袋西口には、「池袋乱歩通り商店街」という商店街(駅前通りの駅に近いエリア)があるので、江戸川乱歩の家が近くにあるらしいことはもちろん知っていた。だが、表通りに面していない(この商店街にはない)ので、場所は今回の取材で初めて知った。このシリーズで取り上げた「ニシイケバレイ」↓から南西方向に数分歩いたところだ。知っていなければなかなか来ることがないエリアだ。

立教通りにある案内サインを兼ねた碑。「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」──乱歩は、この言葉を好んで色紙などに記したという。人が現実と思い込んでいるのは夢であり、夜にみる夢の方が本物かもしれない、といった意味。左奥に旧江戸川乱歩邸がある
その場所を発見すると、まず門扉の脇にある「表札」にテンションが上がる。
江戸川乱歩って、本名は平井太郎だったのか! 普通っ!

江戸川乱歩(平井太郎、1894~1965年)は三重県名張市で生まれ、名古屋市で育つ。大学は筆者(宮沢)の大先輩である早稲田大学政治経済学科。卒業後は貿易会社や古本屋、支那そば屋など様々な職業を転々とし、専業の作家となる。ペンネームは、アメリカの作家「エドガー・アラン・ポー」をもじって付けた。引越し魔で、生涯に40回以上引っ越しをしたが、1934年にこの家に移り住んでからは1965年に亡くなるまで暮らし、終の棲家となった。


敷地内には、書庫として使われた2階建ての土蔵(豊島区指定有形文化財)も残されている。乱歩がこの場所に決めた最大の理由は、もともとあったこの土蔵らしい。2002年に住居と土蔵、約2万点の蔵書等が立教大学に譲渡され、同大は2006年に「江戸川乱歩記念大衆文化研究センター」を設立。江戸川乱歩の旧蔵書や資料を核とし、日本内外の大衆文化研究の拠点となった。


さて、本題である「リニューアルで何をどうしたのか」についてだが、「参考に」と教えてもらったプランテックのnoteのリポート(こちら)があまりにも詳しかったので、まるっと引用させてもらうことにした。特記以外の写真とキャプションは宮沢による。
1.リニューアル概要 ― 乱歩邸、謎に満ちた改修プロジェクトの幕開け
江戸川乱歩――「日本推理小説の父」とよばれる日本を代表する推理作家。その乱歩氏が1934年から晩年の1965年まで住み続けた邸宅が『旧江戸川乱歩邸』です。
現在旧江戸川乱歩邸を保有し本改修プロジェクトの事業主である立教大学は、2002年に邸宅と書庫として使われていた土蔵を譲渡され、2006年に江戸川乱歩記念大衆文化研究センターを設立。センターでは現在江戸川乱歩に関する研究・保存・公開を進めておられます。立教学院創立150周年事業の一環である「旧江戸川乱歩邸施設整備事業」として、母屋・洋館の老朽化の改修及び江戸川乱歩に関する資料展示スペースの充実などを目指しリニューアル工事を行うこととなりました。


当社(プランテック)への初めのご相談は「屋根が老朽化して葺き替えたいが、法的にどう対応すればよいか相談したい」という内容。そこで、まずは母屋・洋館の申請状況や増改築履歴の調査を行いました。
「研究論文や当時の図面や写真が残っており、それらを紐解きながら建物の履歴を整理する、まるで“謎解き”のようなプロジェクトだった」と担当のHさんは語ります。(※「Hさん」は早川亮マネジャーのこと)
私たちは孫である平井憲太郎氏に当時のお話やご意見を直接伺いながら、残したいもの、無くしてよいものを整理してプロジェクトを進めていきました。
2.江戸川乱歩と旧江戸川乱歩邸について ― “謎”を愛した男・乱歩が暮らした家とは?
“記録魔““整理魔”であったという乱歩。さらに、生涯でなんと46回の転居を繰り返す“引っ越し魔”でもあったといいます。そんな乱歩が1934年に移り住み、特に土蔵(区指定有形文化財)を気に入り書庫として使い、没年までの約30年間のあいだ過ごしたのが旧江戸川乱歩邸です。30年の間に、息子宅や洋館の建設、母屋の拡張といった大規模な増改築が行われ、乱歩自ら方眼紙に平面図を描き出入りの大工に指示を出しながら竣工させたこともあったといいます。
3.改修計画のポイント ― 老朽邸宅を現代へ蘇らせる、6つの鍵
本改修プロジェクトには、大きく6つの計画ポイントがありました。
1:遵法化
2:耐震化
3:バリアフリー化
4:当時の生活シーンの再現(空間展示)
5:施設機能に考慮した展示室
6:既存利用と更新+性能面を向上し建物の長寿命化を図った内外装
本プロジェクトでまずはじめにぶつかった壁が、今回改修する母屋・洋館に”検査済証(建築物が建築基準法などの関連法規に適合していることを証明する書類)がない”ということでした。不適合部分は”建築基準法12条5項の報告(検査済証のない建築物に対して法適合調査を実施し、特定行政庁・建築主事へ報告すること)”を経て行政へ確認申請を行うフローで適合化させました。
また、改修後は一般公開を行い多くの来場者を迎えるにあたり、バリアフリー化や施設機能に考慮した展示室の設計、来場者に楽しんでいただけるような当時の生活シーンの再現といった空間展示を行いました。









4.担当者インタビュー ― 「謎解き」に挑んだ設計チームの舞台裏
――特に苦労した点はどんなことでしたか?
「調査を進めていくと、今回改修する母屋・洋館は検査済証がない事が判明。そこで国交省のガイドライン調査を実施して、建築基準法の適合判定を行いました。その結果、不適合箇所が数カ所見つかり、そこは法適合するように是正工事を行うのがセオリーですが、階段部分だけは物理的に作り変えることができない状況でした。そこでガラス壁で区画して2階に上がれなくし、”一般階段でない”という法的な扱いとすることで既存階段の形を変えることなく法適合させる事ができました(Hさん)」


「雨漏りがあった部分の柱梁、土間コンクリートに直接立てる柱の根本、外壁タイル裏の柱…解体するたびに発覚する腐食部分が記憶に深く残っています。(Hさん)」
――特にこだわった点を教えてください。
「2階の床の間のふすまの位置に耐力壁(耐震性・耐風性を持たせるための壁)がどうしても必要に。本来は壁になるが見た目は変えたくないよね、という話になり、外見はふすまのまま側面に扉を設け収納として使えるようにしました。そのため、「開かずのふすま」が誕生。(Hさん)」

「設備ダクト(換気と空調を目的とし気体を運ぶための管状の設備のこと)の納まりと制気口(空調の喚起を行う機器)位置を設計から工事期間も含めて何度も検討しました。設計時は部分的な実測から既存躯体(骨組み)を予測してBIMモデル(コンピュータ上での現実と同じ建物の3Dモデル)を作成し、3Dでダクトの納まりを検証。しかし工事が始まり天井を開くと納まらない部分も多々あり、施主・施工者と共に現場で何度も議論を行いました。(Fさん)」
「もとの旧江戸川乱歩邸から残した箇所との部分の接合部分や、もとの良さや雰囲気を残したまま再現する部分の内装材については、サンプルを取り現場で素材感や色味を確認しながら慎重に選定を行いました(Fさん)」

――そのほか印象深い思い出はありますか?
「乱歩が実際に執筆していた書斎の再現については、実は当時の白黒写真をAI機能でカラー化をしました。実際に色合わせの参考に採用し、実現化したんです。(Fさん)」

「乱歩の著名な知り合いが使用した可能性のある既存の客用トイレを残すのか、真剣に議論を行いました。(最終的には取り壊して新設)(Hさん)」
「母屋に比べて洋館は異なる部分が多く、素材についても高級な木材やフランス瓦が使用されていました。他にも現場で施工者が実測したところ、母屋は一般的な江戸間(関東地方で主に使われる畳のサイズ)の寸法をもとに建てられていたことに対し、洋館は中京間(中部や近畿・四国地方などで主に使われる畳サイズ)の寸法が使用されていたんです。大工が異なるのか乱歩のこだわりなのか、建材から寸法などの細部にいたるまで母屋と洋館の違いがみられました。(Fさん)」
(ここまでプランテックのnoteより)

…と、こんな感じである。普通に乱歩への興味で見るだけでも面白い施設だが、建築ツウは「検査済証がない住宅を適法化させて見学できるようにした」という目で見ると、細部を見るのがさらに楽しくなるだろう。乱歩は自身のオリジナル作品を書く以外に、エドガー・アラン・ポーの作品を数多く翻訳したことでも知られる。考えてみると、翻訳という行為は、もとの作品をその時代の人々に読めるようにする「リノベーション」みたいなものかもしれない。
開館日は月、水、金。「ニシイケバレイ」と併せてぜひ見学を。
■建築概要(立教大学の公式サイトより)
旧江戸川乱歩邸施設整備事業
大衆文化研究センター(旧江戸川乱歩邸)
改修工事期間:2024年5月~2025年3月
建築面積:母屋・洋館239.33㎡、資料保管庫87.42㎡
<母屋・洋館改修整備>
設計監理:プランテック
展示計画:大日本印刷
施工会社:中島工務店
<資料保管庫新築工事>
設計施工:システムハウスR&C
■旧江戸川乱歩邸の一般公開について
開館日:月、水、金曜日(祝日の場合は休館になります。)
通常開館時間:10時30分~16時00分
無料・予約不要
※10名以上でお越しになる際は、ご見学の1週間前までに団体予約申し込みフォームにてご予約をお願いいたします。
公式サイト:https://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/rampo/

