今回の大阪・関西万博では、公募型プロポーザルで選出された若手建築家20組が「休憩所」「ギャラリー」「展示施設」「ポップアップステージ」「サテライトスタジオ」「トイレ」などを分担して設計した。それぞれの完成イメージが公表されたのは約1年前(例えばTECTURE MAGのこちらの記事)。筆者がその中でも特に気になっていたのが、佐々木慧氏(axonometric代表)が設計する「ポップアップステージ(北)」だった。
ポップアップステージは音楽、トークイベント、お祭り等のイベント実施を想定した小規模ステージ広場。万博全体で4つつくられるうちの1つだ。本人とはタイミングが合わなかったが、許可を得て実物を見てきた。こんなふうに出来上がっていた。

パビリオン群に比べればさほど大きくはないが、ぱっと見で目が止まる。筆者が気になっていたのは、もちろん見た目の面白さもあるが、それだけではない。
気になっていた理由の1つは丸太を構造材に使っていること。閉幕後に木材を使い回すことを前提にするのであれば、丸太のまま使うのが最も利活用の選択肢が広がる。

理由のもう1つは、テンセグリティ構造。圧縮材と張力材のバランスによって成立し、かつ圧縮材と張力材が接触しない“空中浮遊”のような構造だ。tension(張力)と integrity(総合)を合成した造語で、この言葉をつくったのはバックミンスター・フラー。60年代~70年代のモダニズム建築好きはテンセグリティという言葉を聞くと「それでこそ博覧会!」と気分が上がる。
いや、単に構造的に珍しいから、という理由ではない。テンセグリティ構造ならば、接合部を丸太の両端に集中できる。両端が多少傷んでも残りはまるまる使える。理にかなっている。


想像していたその2点だけでも十分面白いプロジェクトなのだが、佐々木氏の解説文を読んでもう1つ重要なポイントがあることがわかった。以下、axonometricのサイトから引用する(太字部)
木材の流通ルートに万博を挿入する
大阪万博2025の会期後に建築を再利用するにあたり、我々は木材の流通ルートに着目した。
本来、森林で伐採された丸太は工場まで輸送され、乾燥・製材された後、規格化された建材として流し、どこかで建物の一部となる。
今回の計画では、森林で伐採された未乾燥の丸太材をそのまま利用して建築をつくり、会期中に乾燥期間を設け、会期後解体して製材し、建材を再販ルートにのせることができないかと考えた。
本来の流通ルートの途中に、会期6ヶ月の万博を挿入するのである。
未乾燥の丸太材は、含水率が高いため重く、乾燥の過程で収縮し、強度が変化する。また、丸太は製材と違いひとつひとつ形状が異なるため、個体差に対応できる構造が適している。

これらの課題に対応するため、丸太材が立体的に浮かんだテンセグリティ構造を採用した。テンセグリティ構造とは、圧縮材(丸太材)が引張材(ワイヤー)によってバランスを保ち、互いに接触せずに安定している構造システムのことである。これにより、丸太は外気に触れて乾燥が進み、乾燥による材の収縮はワイヤーの長さを調整することで追従させることができる。ワイヤーを接合するための加工も丸太端部だけで済むため、解体後に最小限端部だけ切り落とせば、含水率が下がった丸太材が出来上がる。
このように、建築の解体後まで考慮した構造体を計画するために、丸太材の暴露試験を並行して行い、含水率/ 割れ/ 狂い/ 強度変化を検証し、会期後に製材としての再利用を目指している。

なるほど、「丸太は外気に触れて乾燥が進み」「解体後に最小限端部だけ切り落とせば、含水率が下がった丸太材が出来上がる」と。
つまりは、製材前の乾燥期間中の丸太を半年間借りて仮設構築物に使うイメージなのだ。言われなければたぶん気づかない重要な設計ファクター。
当初は製材を使う案を検討、後利用を重視して方向転換

見学後に、オンラインで佐々木氏に補足の話を聞いた。佐々木氏によれば、会期の半年間に丸太が縮む長さはわずかだが、重量はかなり軽くなる。テンセグリティは重さでバランスを取るので、放置すると全体のバランスが崩れる。そのため、ワイヤーの間あたりにターンバックルを入れて張力を調整できるようにした。

つくりづらそう…と思う形だが、基本は3段のピラミッド型。一段ずつが自立する構造なので、足場を設けずに、高所作業者のみで施工したという。各材を仮締めした状態で全体をつくり、最後にターンバックルを締めてピンと張る。建て方自体にはさほど時間はかからないが、丸太端部の加工を現場で手刻みで行ったため、約3か月の施工期間を要したという。
設計開始時には、丸太テンセグリティではなく、製材をびっしり縦置きにする案だった↓というのも興味深い。

これはプロポーザル段階の提案を引き継いだもので、この方向でかなり設計を詰めたが、「製材を屋外で半年間雨ざらしにすると、閉幕後に屋外の床板くらいにしか使えない」などの理由で別方向に舵を切ったのだという。

構造家の荒木美香氏(関西学院大学准教授、Graph Studio共同代表)とゼロから構造形式やディテールを詰めた。施工は木材に強い篠原商店。丸太はスギとヒノキで、閉幕後に製材に使えることを確認済みとのこと。
単に見た目が変わっているというだけでなく、その伏線が見事に回収される感じが気持ちいいプロジェクトだ。

■施設概要
Expo 2025 大阪・関西万博 ポップアップステージ(北)
運営:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
設計:建築:axonometric
構造:Graph Studio
設備:CHCシステム
照明:Yu light
パラメトリックデザイン:大里 健
施工:篠原商店
敷地面積:1395.7㎡
建築面積:108.9㎡
延床面積:108.9㎡
最高高さ:5.32m(ステージ)
階数:地上1階
人力建て起こしの「ポップアップステージ(西)」はいま…
ところで、4つのポップアップステージのうち「ポップアップステージ(西)」(設計:三井嶺建築設計事務所)も丸太が主役だ。
こちらは建て方の段階ですでに取り上げた。
2024年11月23日に行われた“人力建て起こし”の様子をリポートしたものだが、実際には筆者は見ていなかった。新幹線が1時間半遅れて、間に合わなかったのだ。記事は三井嶺氏から資料や動画を提供してもらって構成した。
これは2025年3月19日時点でこんなふうになっていた。


建て起こし時になかった四角いフレームが丸太の上についている。これは回転式の草葺き屋根のフレームで、上部にこれから松葉が葺かれる。
三井氏の設計コンセプトも再掲しておく(太字部)。
ステージは、人が集う目印があれば十分ではないでしょうか。鳥居やストーンヘンジのような門型にみられるように、柱2本が人間の作る場の最小単位のひとつです。しかし、それよりもシンプルな状態、例えば梁が一本でも十分ではないかと考えました。 梁は松の皮付き丸太。たった一本でも場をつくる堂々とした力強さと優しさを持ちます。梁の上に載る屋根は形をとどめずシーソーのようにパタパタと動いて緞帳代わりとし、祝祭を盛り上げます。
そして、屋根は松葉葺き。会期中に松葉の青々しさを保つためには、多数のボランティアが必要です。皆が参加し当事者となることによって、本来の祝祭のあるべき姿を取り戻せるでしょう。ごく簡素ながら、祝祭の場にふさわしい、新たな原初性をもつ建築を作ります。

■施設概要
ポップアップステージ(西)
設計者:三井嶺 | 株式会社三井嶺建築設計事務所
主用途:イベント広場
階数:平屋建
延床面積:87.84㎡
構造:鉄骨造 一部 木造
施工者:安井杢工務店
三井氏によると、屋根を50度くらいに傾けると、脚立で屋根に登って屋根ふき作業ができるとのこと。草ぶきは枯れるので、会期中に葺き替えも予定している。同じ「丸太」を主題にしても、全く違うベクトルのものが生まれるのが建築の面白さ。

ちなみに若手20組は2段階の公募型プロポーザル(書類審査とヒアリング審査)で2022年に選ばれた(「2025年日本国際博覧会 休憩所他 設計業務」)。256者の応募があり、評価委員会メンバーの平田晃久氏、藤本壮介氏、吉村靖孝氏の3人が審査して選んだ。公募参加資格の1つに「事務所の開設者は1級建築士で、かつ1980年1月1日以降生まれの人とする」という条件があったため、主に30代~40代前半の建築家たちだ(佐々木慧氏は1987年生まれ、三井嶺氏は1983年生まれ)。
開幕前に残り18組の建築をリポートするのは時間的に難しそうなので、開幕後に少しずつ紹介したい。(宮沢洋)
…と、記事を書き終えた後で、三井嶺氏から松葉葺き完了のホットな写真が届いたので、最新情報をどうぞ。

