坪井善勝が設計した下関市体育館で解体見学会、レガシーは新しいJ:COMアリーナ下関に受け継がれる

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 解体工事が進められている下関市体育館の現場を見学する会が、10月19日に開催された。

解体工事が進む下関市体育館の外観(写真:磯達雄、以下も)

 下関市体育館は、山口県での国民体育大会の開催に合わせて1963年に竣工。「連続山形アーチ」の架構を採用し、鉄骨造ながら合掌の形から水平梁の形へとなめらかに断面が変わっていく、ユニークな大空間を生み出した。

 設計したのは坪井善勝。丹下健三の設計による国立代々木競技場、東京カテドラル、大阪万博お祭り広場などの構造設計を担当して、戦後の日本建築界に大きな貢献を果たした構造家だ。建築構造界の大家が、構造設計だけでなく建築設計から関わった建物として、特筆される作品だった。

 体育館として、そして集会場として、長く市民に活用されてきたが、新しい体育館が今年の8月にオープンし、旧体育館は解体工事が始まっている。

アルミ板で葺かれた下関市体育館の放物曲面屋根

解体工事が進む下関市体育館の内観(正面スタンド側とステージ側)

斎藤公男氏が設計時のエピソードを語る

 見学会は、隣にあるセービング陸上競技場の会議室でのレクチャーから始まった。まずは下関市体育館の設計に、坪井研究室の修士課程2年生としてかかわった、日本大学名誉教授の斎藤公男氏が、設計時のエピソードなどを語る。建築計画と意匠設計の共同者として建設工学研究会の今泉善一が参画していたことに触れ、「側屋根の先端部がル・コルビュジエの作品のようにそり返っているのは今泉さんのセンス」と明かしたりした。

見学に先立って斎藤公男氏によるミニレクチャーが行われた

 続いて下関市新総合体育館整備事業作業所長の末永峰之氏(大成建設)が、整備事業全体の説明と解体工事のやり方について説明をした。解体をどう進めるかについて戸惑ったが、斎藤氏がつくった構造模型を見るうちに、合掌の梁が架かる東側から天井が低くなる西側へと順に解体を進めればいいとわかったという。

 その後、体育館の解体現場へと移動。すでに西側のPC庇が取り除かれ、RCのスタンド部を重機で解体している。フローリングが剥がされた内部には、西側から自然光が入り込むようになっていた。

 今回の催しで、大空間構造の解体技術について学べるとともに、この建築の意義を振り返り、日本の戦後建築史に飾った重要な作品の姿を目に焼き付けることができた。

新体育館は「J:COMアリーナ下関」

 隣接して建てられた新体育館は「J:COMアリーナ下関」と名付けられ、今年8月にオープンした。特別目的会社(SPC)として設立された、あすも下関が整備から運営管理までを行う施設で、設計は梓設計・大成建設JVによる。メインアリーナ棟と多目的ホール棟のふたつから成り、バスケットボールB3リーグに所属する山口パッツファイブがホームゲームを開催する会場ともなっている。

新しく建てられたJ:COMアリーナ下関の外観
メインアリーナ棟のエントランスホール

 一番の見どころはメインアリーナ棟のエントランスホールで、壁の上部を端から端までアルミ板が菱張りされている。このアルミ板、実は旧体育館の放物曲面屋根に張られていたものを、ていねいにはがして再利用したものである。元は300ミリ角だったが、傷みのある周囲を切って、小さくして使っている。アルミ板の黄金色は経年変化で劣化していた。塗装の落ち具合は張られた箇所の日当たりや雨のあたり方によって異なる。部位により自然に生まれた色の違いを、張り直された新体育館のエントランスホールではそのままグラデーションにして見せている。これは新品の材料では絶対に出せない味だろう。

エントランスホールの壁面に張られたアルミ板は旧体育館の側屋根に使われていたもの

 体育館の建て替えにあたっては、旧体育館がなくなるのを惜しむ声も地元の関係者から上がったが、保存は難しかった。そうした中で、当初の設計案にはなかった旧体育館の屋根材を新体育館に転用するというアイデアが出され、市長の承認も得て、実現させたものだという。

 建て替えに際して旧建物の一部を取り込むことはそれなりにあるが、隅に追いやられてしまい、悲しくなるような状態の場合も少なくない。ここでは施設内の最も目立つところで大々的に使われていて、旧体育館へのリスペクトがしっかりと伝わってくる。建築における部分保存の好例と言えそうだ。

旧体育館のメモリアルコーナーを見逃すな

 もう一箇所、訪れたら見逃してはならないのが、旧体育館のメモリアルコーナーだ。斎藤公男氏が旧体育館を訪れた際、2階ロビーにあった石膏模型を見つけたことがきっかけとなり、旧体育館の資料を展示するミニスペースの実現にこぎ着けたものだ。下関市で建築設計の仕事をしている鈴木浩介氏(鈴木浩介建築設計事務所代表)が協力し、メモリアル展示を具体化している。

メモリアルコーナーに旧体育館の石膏模型
メモリアルコーナーを企画した斎藤公男氏(右)と鈴木浩介氏

 現在はメインアリーナの風除室の中に、植野石膏模型製作所によるその古い石膏模型と、斎藤氏が新たに製作した構造模型とが並ぶ。また、壁面では建築の解説や旧体育館に関して行われたシンポジウムや見学会などの活動を紹介している。

 なおこれは仮設置とのことで、内容をさらに充実させて、正式なメモリアルコーナーの常設展示を実現させる予定とのこと。これに必要な資金を集めるためのクラウドファンディングも行っているが、今のところは現地を訪れて展示を見た人にだけ振り込みの口座がわかる仕組みになっている。下関市体育館のメモリアル展示を応援したい人は全国に散らばっていると思うので、返礼品は要らないから、ウェブを通じての寄付もできるようにしてもらいたいところである。(磯達雄)

■イベントデータ
さようなら下関市体育館 解体現場見学会
開催日時:2024年10月19日
開催場所:下関市体育館、セービング陸上競技場
主催:一般社団法人日本建築学会中国支部
協力:一般社団法人山口県建築士会青年部

■事業データ
下関市新総合体育館整備事業
発注者:下関市
事業者:あすも下関
設計者:梓設計・大成建設共同企業体
監理者:梓設計
施工者:大成建設・寿工務店・長野工務店共同企業体
工期:2022年4月~2025年3月(予定)