現場ルポ:新生「信濃美術館」は独自の高断熱サッシで善光寺を存分に見せる

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 2017年に行われた公募型プロポーザルで、プランツアソシエイツ(宮崎浩代表)が設計者に選ばれた新生「信濃美術館(本館)」。2020年度竣工・21年度年開館を目指して工事が進む現場を、施工を担当する清水建設・新津組共同企業体の現場所長に案内してもらった。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 施設の発注者は長野県。建設地は、長野駅から北に車で10分ほどの城山公園内(長野市箱清水)。善光寺の東側だ。建築好きには、「1990年に開館した東山魁夷館(設計:谷口吉生)の南隣」と言った方が分かりやすいかもしれない。

 そう、ここにはかつて、日建設計の林昌二氏が設計の中心となった旧・信濃美術館本館(1966年開館)があった。老朽化のため解体となったこの美術館は、林昌二氏の建築の中でも、異色ともいえるクセのあるデザインだった。この建築に潜む様々な謎については、「昭和モダン建築巡礼 完全版 1965-75」で勝手に読み解いている。

(写真:磯達雄、下も)

 一方、谷口吉生氏が設計した東山魁夷館は、モダニズムの極地とも言えるシンプルなデザイン。2つの美術館は、隣り合って立ってはいても、全く別の建物という印象だった。

 しかし、新美術館は、ガラリと印象が変わる(上の模型写真の右上)。模型を見ると、2つの建物はブリッジでつながっており、よく見ないと区切れ目が分からないほどなじんでいる。どちらも水平と垂直のみ。素材も金属とガラスが中心だ。

 設計のコンセプトは「ランドスケープ・ミュージアム」。コンセプトブックでは、「善光寺側から東側道路に至る高低差を活かし、建物が突出することなく、周辺の風景の中に溶け込むことを大きなコンセプトとしています」と説明している。

 公募型プロポーザルの最終審査では、次点となったSANAA案にも心を惹かれたが(公開審査を生で見た)、やはり、宮崎案の選択は正解だったかもしれない。ちなみに、公募型プロポーザルの審査員の1人は谷口吉生氏だった。

いつまでも「ホッとできない」現場

 現場を案内してくれたのは、清水建設・新津建設共同企業体の杉山和弥・現場代理人。

 施工の進捗率は、見学した7月24日段階で約7割。すでに外周部のガラスカーテンウオールが見えており、完成後のイメージはかなりつかめる。杉山氏に「施工の山は越えたか」と聞くと、「宮崎浩さんの建築はあらゆるディテールをきっちり追い込んでいかなければならず、いつになってもホッとすることができない」と笑う。どこを見てもこんな感じ(下の写真)なので、さもありなん、である。

 現場の状況と建築的なポイントを見ていこう。建物は鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造、地下1階・地上3階、延べ面積約1万㎡。総事業費は106億円。

 フロア構成は、上から見て行った方が分かりやすいので、上から見ていこう。

(資料:長野県)

 地上3階には広々とした屋上広場が設けられる。敷地の高低差を生かし、東側の道路から屋上広場に直接アプローチできるようになる。西を臨むと善光寺が見える(写真正面)。善光寺は妻側から見ることが多いので、この方向から見るのは新鮮だ。

 実は旧信濃美術館にも東側道路と高さをそろえた屋上広場があった。だが、善光寺の方角は、最上階の集会室が視界を遮っていた(下の写真)。また、老朽化により集会室が使用されなくなると、屋上広場も使われなくなった。

 新美術館の屋上広場は無料で上がれるようになるという。いわば善光寺を望む無料展望台。今度は使われる屋上広場となるだろう。

 2階は展示室が多いフロア。北側の東山魁夷館は敷地が高いため、このフロアのブリッジでつながる。

(資料:長野県)

 西側のカフェからも、ガラス越しに善光寺がよく見える。

 1階は北側にエントランスホール、中央に吹き抜けの展示室D、西側に交流スペースがある。

(資料:長野県)

 地下1階は県民ギャラリーや多目的ルーム。壁の一部に旧美術館の木製装飾を再利用した。 

(資料:長野県)

宮崎氏らしい高断熱サッシ開発

 今回のプロジェクトは、断熱性も重視している。外壁に外断熱を採用したほか、開口部(複層ガラス)のアルミサッシは、内側と外側のつなぎの部分に樹脂素材を用いたものを新たに開発した。

 下の写真の左側が従来のサッシ、右側が今回使用しているもの。これまでもメーカーとサッシを開発してきた宮崎氏らしい。

 それにしてもこの現場、どこを見ても驚くほどきれいだ。かなり直前になって行くことが決まったので、私のためにきれいにしてくれたわけではなさそうだ。

 「現場をきれいにすることは自分のモットー」と現場所長の杉山氏。「最初からきれいな状態にしておけば、後から来る職人も汚してはいけないと思うようになる」(同氏)。なるほど。自分の机周りを見ると耳が痛い。

 工期は残り約7カ月。美しい現場から美しいディテールが生まれていくことだろう。(宮沢洋)