「建築」をマイテーマにしてよかったと思うのは、建築があらゆる領域と関わっているからだ。専門領域があるからこそ、それを起点に広がる。自分がオールジャンルの物書きだったら、東京にこんな場所があって、こんな世界が繰り広げられているということも、一生知らずにいたと思う。

訪ねたのは、東京・神楽坂に3月27日オープンした美術・工芸のギャラリー棟「soko」だ。この記事↓の取材が、今回の取材へとつながった。
新潮社観察記「ビルのダンディズム」──登録有形文化財となった神楽坂の「新潮社本館・倉庫」を巡る(2025年10月30日)
このリポートは、東京・神楽坂の新潮社の本館と倉庫(いずれも設計・施工:清水建設)が2025年8月に登録有形文化財になったことを機に、かねてからこの建築に興味を持っていた有志で施設を巡ったものだ。昨年、多くの人に褒められた記事なのだが、実は筆者(宮沢)が書いたものではない。東京科学大学大学院修士課程に在籍する片山果穂さんの渾身のリポートだ。
この取材のときに準備中だった2階のギャラリーフロアがオープンしたのだ。
今回は筆者が書く。とはいえ、還暦が視野に入ってきた筆者は、片山さんほどの体力と集中力がない。なので、まずはプレスリリースのコピペ(太字)で全体像をお伝えする。(キャプションは宮沢による)
創業130周年記念事業◆新潮社の出版倉庫が美術・工芸のギャラリー棟に──株式会社新潮社

東京神楽坂にある新潮社倉庫(1959年建造。国登録有形文化財)が、2026年3月27日、美術・工芸の展示棟に生れかわります。
地下鉄東西線神楽坂駅から徒歩2分、建築家・隈研吾氏による大階段が際立つla kagū(新潮社の既存建物を改装した商業施設)を左に見つつ坂を上ると、新潮社本館、別館、倉庫の3棟が建っています。昭和41年竣工(築60年)の本館と、昭和34年竣工(築67年)の倉庫は、昨年(2025年)、国の有形文化財に登録されました。


そして創業130周年の今年、新潮社「青花」事業の一環として、いまでは稀少な昭和の出版倉庫建築を改装(建築家・中村好文監修)、美術・工芸のギャラリー棟(soko)をオープンします。


新潮社は明治29年(1896)創業、大正2年(1913)からここ神楽坂で出版業を営んできました。本館隣に建つ倉庫は昭和34年(1959)、戦後の出版業の隆盛期に、新刊500万冊を収蔵するために建てられました(5階建コンクリート造。延床面積約2500平米。設計施工・清水建設)。その時代の出版倉庫はほとんど残っておらず、近代日本の出版文化を流通・管理という側面から考察できる産業遺産でもあります。

倉庫内は大量の本の荷重に耐えられるよう、コンクリートの太い梁が無数に走り、武骨な内観を見せています。コンクリートの質や工法──木枠の跡による多様な表情、柱梁の角すべてに施された面取りなど──も見どころで、往時の真面目な職人仕事を、時を隔ててまのあたりにする思いです。
かつては倉庫正面にトラックが何台も待機し、荷台に満載された本が、直接各地の書店へ届けられることもありました。その後も出版ブームは続き、刊行点数も増えつづけた結果、ついにここには収まりきらず、都外に新たに流通倉庫を建てることになります。それ以後この倉庫の役割は大幅に縮小、一部書籍の発送などに使われる程度で、約30年間の「長い眠り」に入るのです。
倉庫がふたたび眼ざめたのは一昨年、2024年秋のこと。新潮社は、倉庫改修事業の第Ⅰ期として1階(一部)と3階を改装(監修・中村好文)、同社の一部門である青花室の事業──展示、催事、講座等──をスタートさせました。



青花室の事業とは、2014年設立の会員組織「青花の会」を中核とするもので、それ自体が工芸品ともいえる『工芸青花』誌の刊行を主に、美術・工芸分野の展示と講座、花会、茶会、骨董フェアなど各種催事、建築・美術をテーマとする海外ツアーの催行など、年間約50本の企画を立案、実施しています。
なかでも故・坂田和實──「古道具坂田」店主。主著『ひとりよがりのものさし』(2003年刊)は新潮社刊のロングセラーで、例えば美術家の村上隆さんは坂田を「戦後日本文化の代表者のひとり」と評しています──の美学、すなわち「なんともないものこそ美しい」を伝える場として、彼が集めた工芸品を展示公開するギャラリー「坂田室」を倉庫内で始めたことは、特筆すべきかもしれません。

また、ゼロ年代以降の現代日本の生活文化を代表する「生活工芸」運動との並走──展覧会の継続や関連書籍の刊行、シンポジウムの主催等──により、その文化的側面を国内外に発信しつづけてもいます。
新潮社は文芸出版と「新潮ジャーナリズム」の両輪が特色の版元ですが、それだけでなく、美術・建築関連書籍も東西古今、ジャンルを問わず刊行し、また工芸分野においても、例えば茶の湯の稀覯本や、小林秀雄、白洲正子らによる「文士の骨董」本など多数出版してきた歴史があります。「青花」はその伝統を受けつぐ事業として始まり、そしてこのたび倉庫 sokoという場所ができたことで、それをさらに発展させ、本の中身を立体化、体験化してゆくことになります。
新たにオープンするsoko2階の共用部のデザインは、Ⅰ期工事と同じく建築家の中村好文さんです(中村さんも新潮社刊の著書を多く持ち、坂田さんとは長年の盟友関係にありました)。住宅設計の名手として知られる中村さんの空間らしく、そこはまるで大きな家の広間のようで、壁に七つの引戸があり、開けて入ると……。

今回御一緒する7ギャラリー(下記)は、いずれも「青花」の同志といえる方々です(実際に皆、青花会員もしくは協賛者でもあります)。発会以来、「青花」で志していることは、工芸的心性──工芸に美を見出す心──の探求と紹介ですが、これからはここ倉庫 sokoでも、訪れてくださった皆さんと、そうした歩みをともにできたら、と願っています。
【新装開廊】
2026年3月27日(金)
*一部予約制 https://www.shinchosha.co.jp/special/soko/
【建物概要】
名称|新潮社倉庫soko
住所|東京都新宿区矢来町71
開館|11-20時
休館|毎月第3水曜、年末年始等
*開廊時間、休廊日はギャラリーによってことなります
以下は「soko」の公式サイトから引用した各ギャラリーの基本情報だ。
【soko2F】

A Café Craftern/工藝文化振興会
12-18時 火休
https://kogeibunka.or.jp/
https://www.instagram.com/craft_ern
B ARTISTSAN GALLERY
12-18時 月火休 *臨時休の場合もあるため、事前にInstagramにて御確認ください
https://www.instagram.com/artistsan.tokyo/

C 莨室 LiangShi
火-金13-20時/土日祝11-20時 月休(祝日は営業)
https://www.instagram.com/liangshi_tokyo
*3月27-29日(11-20時)の仮オープン後、一時休業。詳細はInstagramより御確認ください。
D 神楽坂商店
11-17時 不定休 *営業日時はInstagramより御確認ください
https://www.instagram.com/kagurazakashouten/

EF Pâte à chou
11-18時 月火休
https://www.instagram.com/pate_a_chou_45r/


G 1月と7月
11-20時 火水休
https://www.instagram.com/1to7rf/

H Kaikai Kiki Gallery M Cubed
12-18時 月火休 *臨時休の場合もあるため、事前にInstagramにて御確認ください
https://www.instagram.com/kkg_mcubed/

【soko3F】


坂田室
12-18時 不定休 *予約制
https://www.kogei-seika.jp/gallery/sakata/

青花室 12-18時 不定休
https://www.kogei-seika.jp/gallery/seika/

…と、さすが新潮社の人たちが書いたプレスリリースをコピペしたので、知りたいことがほとんどわかってしまった。
見学させてもらったリアルな感想を1つだけ書くと、ここでの体験がとても「雑誌的」であるということ。置かれている物や見せ方は見事にばらばらだ。だが、それらは何か通底するものを感じさせる。明確に1つの方向性を示す「書籍」ではなく、一見無関係なものを見せながら、なんとなくある方向性を示す「雑誌」なのだ。
雑誌に関わる人は知っているかもしれないが、日本で初めて「雑誌」という言葉が使われたのは、洋学者の柳河春三が1867年(慶応3年)に創刊した「西洋雑誌」だといわれる。オランダの雑誌の翻訳版で、西洋事情や最先端の科学技術などを紹介したものだった。柳河が「雑」という言葉を使ったので、日本の雑誌は欧米の「magazine」にも増して「ばらばら」を許容するものになった。そんな世界に惹かれて、筆者は雑誌社に入った。
もう1つ言うと、「magazine」の語源は「倉庫」だ。アラビア語で「hazana」=「蓄える」から派生した「mahazin」=「倉庫」「貯蔵庫」からきている。そこに「知識の倉庫」という意味が加わり、「magazine」となった。そして、この「soko」は雑誌のような倉庫。なんという偶然!
いや、このスペースを企画してつくり上げた菅野康晴氏は、そんなことは当然知っていたに違いない。菅野氏はフリーランスのプロデューサーではなく、新潮社の社員。こんなプロフィルの人だ。
菅野康晴 Yasuharu Sugano
青花の会『工芸青花』編集長。1968年栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、1993年新潮社入社。『芸術新潮』及び「とんぼの本」シリーズの編集部に在籍し、美術・工芸・骨董を主に多くの企画を手がける。担当した本に、川瀬敏郎『一日一花』、坂田和實『ひとりよがりのものさし』、中村好文『住宅読本』、金沢百枝+小澤実『イタリア古寺巡礼』、赤木明登+智子『うちの食器棚』、木村宗慎『利休入門』、三谷龍二他『「生活工芸」の時代』など。2014年に「青花の会」を始め、『工芸青花』の刊行他、講座、茶話会、展覧会等を行う。
そうか、中村好文氏の『住宅読本』はこの人がつくったものだったのか…。そして、雑誌が売れないといわれるこの時代に、「青花」という会員型の雑誌事業を立ち上げ、軌道に乗せた先見性と実行力。元雑誌編集者として感服してしまう。
「美術・工芸・骨董を主に多くの企画を手がける」とプロフィルには書かれているが、建築の知識(体験)も只者ではない。「なぜ倉庫をギャラリーにしようと思ったのか」と菅野氏に聞くと、「窓から入る光がロマネスクの教会に似ていたから」という予想外の答えが返ってきた。菅野氏は毎年のようにロマネスク教会の取材を続けているとのこと。なるほど、そういう人が声をかけたテナントたちだから、表現方法は違えど空間へのリスペクトが根底にあるのだ。

そんな人がつくったと知ったうえで見ると、この「soko」はより楽しめると思う。(宮沢洋)
