藤森照信氏が激推しする「白井晟一」とは? 晩年の代表作・松濤美術館で「入門展」始まる

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 「SANAA」展から1日遅れで、10月23日(土)より「白井晟一入門」展が始まる。会場は白井晟一(1905~83年)の晩年の代表作である渋谷区松濤美術館(1980年竣工、81年開館)だ。同館の開館40周年記念展である。報道内覧会が10月22日の午後に行われた。

(写真:宮沢洋)

 本展は、初期から晩年までの白井建築や、その多彩な活動の全体像にふれる、いわば白井晟一入門編として構成するものです。第1部では白井晟一の設計した展示室でオリジナル図面、建築模型、装丁デザイン画、書などを、白井晟一研究所のアーカイヴを中心に展示し、その活動をたどります。第2部では、晩年の代表的建築のひとつである松濤美術館そのものに焦点をあてます。長年、展示向けに壁面等が設置されている展示室を、白井がイメージした当初の姿に近づけ公開します。
・第1部/白井晟一クロニクル 2021年10月23日(土)~12月12日(日)
・第2部/Back to 1981 建物公開 2022年1月4日(火)~1月30日(日)

(美術館の公式サイトより)

2階の展示

 うーむ、白井晟一……。このサイトで白井について書くのは初めてだ。何を書こうかといろいろ考えたのだが、思いつくネタが多過ぎて、絞れない。今回は、過去に私(宮沢)がつくった本からの引用で逃げることにする。

 2019年に発刊した『昭和モダン建築巡礼 完全版1945-64』に収録した藤森照信氏(建築家・建築史家)と磯達雄氏(建築ジャーナリスト、Office Bungaの相棒)の対談「戦後建築を世界レベルに押し上げた建築家10人」である。2人が挙げた10人の中の1人が白井晟一だ。

 特に強く推したのは藤森氏。こんなやりとりだ(進行は宮沢)。

藤森:白井さんは、相当謎っぽい建築家ですよね。でも、私にとっては最初に強い興味を持った建築家なんです。
:何がきっかけだったんですか。
藤森:建築学科に入って最初に見た建築は、雄勝町役場(1959年)と秋ノ宮村役場(1951年)。
──秋ノ宮村役場は、稲住温泉に移築されていますね。
:雄勝町役場は解体されました。
──白井晟一は1905年生まれで、前川國男と同じ年です。藤森先生が初めて見た雄勝町役場の印象は。
藤森:雄勝町役場は、田んぼの中に水平なデザインの建物が立っていて、ガラスがあって、入っていくとギリシャのエンタシスの柱がバンと1本立っている。
:そう、謎の柱が真ん中に。
藤森:衝撃を受けますよ。そもそも一本柱の建築空間というのはそんなになくて、私は白井晟一が最初です。あれを見て以来、忘れることのできない人になった。
 あの人はわざと来歴の違うものをガタガタと混ぜる。はっきり違和感があるように混ぜる。だけど、その違和感がしみじみ来るというか、忘れられない印象を与えてくれる。
(中略)
 当時、世界にそういう人はいなかった。戦後建築を考えるうえで、大事な人ですよ。村野藤吾だとそういうことをやっても違和感がなくまとめる。
:なるほど、村野藤吾はうまくやってしまう。
藤森:そう、名人芸でまとめてしまう。白井さんはどう見ても違和感がある、松井田町役場(1956年)なんか、あのデザインで町役場だからね(笑)。

旧松井田町役場(1956年)。 書籍『昭和モダン建築巡礼 完全版1945-64』 より(イラスト:宮沢洋)

 藤森氏が言うならば、私も恐れずに言える。白井晟一の建築は「違和感」があふれまくりなのである。なぜ白井がそういう方向を目指したかは、書籍の対談を読んでほしい(出し惜しみしてすみません)。

本展の2階の展示。空間の違和感が強すぎて、展示の内容がストレートに頭に入ってこない…

異質を排除しなかった日本の建築界

 対談は、戦後のベスト建築家10人について語ったあと、こんなふうに結ばれる。

──10人を振り返っていただいて、これから建築を目指す若い人や一般の人に、この時代のこんな面白さを知ってほしいといったお話があればお願いします。
藤森:この時代は、原則というか、「建築界の大筋」というべきものをみんなが共通して持っていた。それはモダニズムです。そして、そのモダニズムの中にも、コルビュジエ的なものと非コルビュジエ的なものがあって、そこにさらに村野さんとか白井さんのような不思議な人たちが共存的にいた。お互いに
つぶすということはなく、それぞれが信じるものを目指していた。当時の建築雑誌を見ると、どの雑誌にもほとんど同じものが載っている。日本のジャーナリズムがあまりイデオロギッシュじゃなかったというとだね。
:メインでないものを排除しなかった。
藤森:しなかった。例えば丹下さんが村野さんを嫌がったとか、白井さんを疎んじたとかは聞いたことがない。いいものはいいと。良好な状態だったのではないかと思いますね。

 なるほど、さすが名建築史家の分析。この時代の幅の広さが、日本の建築の現在を導いたのだ。だから、今の日本では、開放感を追求するSANAA展の一方で、とことん内向きな白井晟一展も実現する。乃木坂(SANAA展)と渋谷なので、1日でハシゴも可能だ。脳内が激しくシャッフルされて、かつてない感覚が得られそうだ。

図録をじっくり見るのも悦楽

 この展覧会はもちろん白井の代表作である松濤美術館で見てほしいが、どうしても会期中に来られない人は図録が必見。この価格(2700円+税)でこんなに網羅的に白井晟一を学べるのはお得。正直なところ、会場で資料を見るより、本で見た方が頭に入りやすい。

「白井晟一入門」。定価:2,970円(本体2,700円)/監修: 渋谷区立松濤美術館/発行:青幻舎/判型:B5/総頁:244頁/製本: 並製PUR/ISBN:978-4-86152-871-2 C0052
https://www.seigensha.com/books/978-4-86152-871-2/

 この本の帯に、白井のこんな言葉が載っていて、ちょっと笑った。

 人々がすぐなじめるとは思わないし、すぐなじまれてはむしろ困る。だが、10年か20年たって…生活に根を下ろしてしまえば…何か心のやすまるものとなってくれるんじゃないか。 白井晟一

 いえいえ白井さん、どの建築も全く心やすまってはいませんよ。ギンギンにとがってます!

 さて、会期の後半(2022年1月4日~1月30日)には地下1階展示室の開口部から光庭を見せるようなので、私は年明けにもう1回見に行こう。(宮沢洋)

地下1階。会期の後半は、おそらく正面の仮設の壁をとって、開口部から外部を見せると思われる
建物の中心には楕円形の光庭がある。ブリッジは1階。コロナ対策で現在は出られない。地下1階には池

渋谷区立松濤美術館(東京都渋谷区松濤2-14-14)
JR・東急電鉄・東京メトロ 渋谷駅から徒歩15分
京王井の頭線 神泉駅から徒歩5分
公式サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/194sirai/