UID・前田圭介氏の「帯=Yon・SHIROOBI」は衝撃作「アトリエ・ビスクドール」を超えたか?

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 筆者(宮沢)は前職で建築担当だった時代、UIDの前田圭介氏がまだどの雑誌にも取り上げられていない頃から「この人を取材しましょう!」と部内で主張していた。会いに行ったメディアの中でもかなり早かったと思う。前田氏は1974年生まれで、当時30代前半だった。自分が目利きだとマウントを取りたいわけではない。そのくらい才能が光る人だったという話だ。

 そんな縁で実作もかなり見ており、中でも強く印象に残っているのが大阪の「アトリエ・ビスクドール」(2009年)。目が点になる住宅だ。そして今回、その第2弾的な住宅が和歌山市にできたと聞き、見学させてもらった。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 まずは、設計趣旨文を引用しつつ(太字部)、主要部を写真でご覧いただこう。

「帯=Yon・SHIROOBI」
中⼼市街地にほど近い住宅街の⾓地に位置する住宅である。
⼦育てが⼀段落つきこれから夫婦でゆったりと過ごす居場所が求められた。

そこで周囲を住宅に囲まれながらも周辺環境と⼀体的につながる開放的な住まいを⽬指した。正⽅形に近い敷地形状は斜⾯に接道しているため平⾯の4分の⼀程度は傾斜地になっており、出来るだけ擁壁による造成された⼈⼯的な地盤をつくらず、現状の地形を活かした場所との接続を考えた。いくつかの空間スタディを繰り返す中で敷地のフットプリントを最⼤限活かすために、傾斜した東⾯はフロアレベルを延伸させ、さらに敷地外周に浮遊する帯を重層させた。

1階のプラン。右が北(資料提供:UID)

周辺住宅の開⼝部や接道⾯からのプライバシーを確保しながら、坂の上の敷地から⽔平⾯に広がる⾵景を取り込んでいくことを考えた。今までも⽤いてきた浮遊する壁による形式は、建物が密集した地域の中で有効的であることを再認識しながら本与件に合わせチューニングし最適解を導いた。今回は内部の延⻑としての外部をつくりだしながら、3 重4 重と⼊⾓のない帯による緩やかな閾によって多様な環境を⽣み出すことを期待した。

(写真:UID)

⽇本古来から着物の緩みや⾝丈を調節し整えるえる上で⽋かせない“帯”というエレメントを建築的に捉えなおした浮遊する4枚の帯は、⽇常⽣活における雑多な様相から⽇々成⻑する植物、そして時間とともに変化していく都市の様相まで、幾重にも合わさりながら内外の様々な環境を整え、また華やかに結び合わせる建築的強度をもった形式である。

■建築概要
帯=Yon・SHIROOBI
⽤途:住宅
住所:⻄⽇本(和歌⼭県)
構造:鉄⾻造
階数:地上1階
延床⾯積:191.26㎡
敷地⾯積:428.84㎡
建築⾯積:237.13㎡

設計:前⽥ 圭介 / UID(建築)、⼩⻄建築構造設計(構造)、荻野景観設計(造園)
設計期間:2022.04〜2023.06
施⼯期間:2023.09〜2024.06

 現地を見て意外だったのは、周囲になじんでいるということ。資料を見て“目が点になる系”を想像してのだが、違った。アトリエ・ビスクドールは道路側の帯が完全に浮いているように見え、まるで宇宙から舞い下りてきた物体のような異質さだったが、今回は環境と植物と建物がしっくり来ていた。斜面地で、かつ角地で2面がよく見えるので、片持ちであることが認識しやすいことが大きいと思われる。帯の外側に枝葉を出す植物によって、帯の存在感が弱められていることもあるだろう。

アトリエ・ビスクドール(2009年)(写真提供:UID)
アトリエ・ビスクドール(2009年)(写真提供:UID)
アトリエ・ビスクドール(2009年)(写真提供:UID)

 内部の印象もかなり違う。アトリエ・ビスクドールは「ここは外? 中?」と頭がこんがらがらがるような迷宮的間取りだった。今回はワンルームに近いつくりで、すぐに全体構成が理解できる。間取りは単純だが、その代わりにスロープによって高さによる見え方の変化が楽しめるようになっている。

今回の「帯=Yon・SHIROOBI」。以下も同じ

 一見、似た手法を用いて異なる空間体験を生み出す、というのがさすがだ。見出しに「超えたか」と書きながら、どっちがどうと簡単には言えない。ただ、筆者のような普通人には、今回の家の方が暮らしやすそうだ。

 見学に行った日は前田氏に会えなかったので、後日メールで「第3弾があるなら、もっと積層させるのも面白そう」と感想を送ってみた。すると前田氏からこんな返事が来た。(前田さん、勝手に載せてすみません)

 「この形式はビスクドール以来禁じ手にしていましたがあらためて、都市におけるプライバシー性と開放を考える上で有効な手法のひとつかと思い今後も何かの機会に第三弾は積層形を試みてみたいと思っています」。

 おお、第3弾あるかも…。とはいえ、前田氏は、筆者が予想できるような凡庸なことはたぶんやらない。帯によってどこまで空間体験の幅を広げることができるのか。この先を楽しみにしたい。(宮沢洋)