世界のウィズ・コロナ/アフター・コロナ@シンガポール03:管理不足で野生化する都市に“本来の自然”を見る

Pocket

シンガポールにおける「コロナ」以降の建築実務の変化を、同国在住20年の葛西玲子氏にリポートしてもらう3回目。最終回となる今回は、シンガポールの「都市」の今後を、身近な経験をもとに展望してもらった。(ここまでBUNGA NET)

次回のベネチア建築ビエンナーレ・シンガポールパビリオン展示プロポザール(資料:Salad Dressing)

 今回の閉鎖期間、多くの住民が散歩で撮影した画像を、競うようにソーシャルメディアに投稿した。その被写体は、交通量が減った路上を闊歩する猿やイノシシ、カワウソたちの姿。あるいは手入れをされていないために伸び放題の植栽や雑草(熱帯では植物の成長は驚くほどに早い)。そしてそこに集まり始めた蝶や虫たち…。

サーキットブレーカー中、刈り込まれずにぼさぼさに野生化した街路の緑(写真:葛西玲子)

 シンガポールは、国家の建設時から緑あふれる“ガーデンシティ”を推進し、国土の緑化と保存を美しい都市づくりの根幹としてきた。通常は、街路から公園、政府が管理する空き地に至るまで、国中に溢れる緑は隅々まできれいに手入れが行き届き、きれいに刈り込まれている。

公共住宅エリアにも豊かな公園が広がる“ガーデンシティ”(写真:葛西玲子)

 ところが、建設現場作業員と同じく、植栽の剪定の多くは出稼ぎ労働者の仕事であるため、この期間、作業の手が回らずに放置された。その結果、街の緑が野生化したのだ。

野生化した街路の緑(写真:葛西玲子)

 日本では珍しくもなんともない、どこにでも見られる空き地や道端に生い茂るぼさぼさの雑草たちを珍しがり、目を輝かせる地元民たち。“頻繁な草刈りをやめることで、本来の自然が戻り、生態系にも良い影響を与える“”コスト削減につながるし一石二鳥だ” といった意見に、賛同の声が多く上がっている。

先進的な“バイオフィリック建築”に時代が追いつく

 シンガポールでは今回のパンデミックを通じて、国土・建築開発がますますサステイナビリティ、生物多様性、バイオフィリック(自然との共生)といった時代のキーワードを中心に展開されていくことは明らかだ。これらは都市開発庁がスマートネーションと並んで今後の国家開発計画の重要なキーワードでとして掲げてきているものでもある。
 
 ドバイ万博・シンガポール館のパビリオンデザインも、バイオフィリックデザインの理念を極限にまで推進した地元の設計事務所、WOHAの提案が採用されている(ドバイ万博は当初は今年10月開催予定で準備が進んでいたが、来年に延期となった)。

ドバイ万博・シンガポール館のデザイン案(資料:WOHA)

 WOHAは一貫してサステイナブルな建築や街づくり追求してきており、高層建築の緑化や、風通しのよい建築を実現してきた。

 2年前に完成した新しいコンセプトの公共集合住宅 -高齢者向けの住宅棟、商業施設、メディカルセンター、コミュニティガーデンを併設した“カンポン・アドミラルティ”(カンポンはマレー語で集落を意味する)は、コロナ後の生活を考えるのに大きな方向性を与える施設だ。

高齢者のための公共集合住宅カンポン・アドミラルティ。屋上がパブリックコミュニティガーデンになっている(写真提供:WOHA)

 これ自体は居住する高齢者が敷地を出ることなく、地元に密着した新なコミュニティを育むことを目的として開発された。孤立しがちな高齢者が交流を持ちながら自足できる公的な住空間として高い評価を受け、一昨年アムステルダムで開催されたワールドアーキテクチャーフェスティバルにて、ワールドビルディングオブザイヤーを受賞している。

住職接近の環境に軌道修正?

 テレワークの体験を通して皆が次に求めるものは “住職が接近した環境”と“健康によいワーク空間”だと言われている。 

 高層オフィスビルが密集するCBD(セントラルビジネス地域)は、分散化が加速していくだろうと予測されている。現在、第二のCBDとして再開発計画が進行中の郊外のジュロン地区も、計画の大幅な軌道修正が行われることとなりそうだ。
 
住職の接近化に伴う都市機能の分散化が進めば、カンポン・アドミラルティのような、緑地も含め垂直に多機能を擁した、それ自体で完結しうる立体的複合施設が増えていくかもしれない。

 高温多湿な熱帯気候においては、風通し、換気の良さは快適性の大前提だ。この数年は、高層建築には当たり前のように取り入れられるようになったスカイガーデン、バーティカル・グリーンだが、国土の緑地化というアジェンダを超えて、人々の健康感や衛生感を促進するにも、緑は室内外共に、ますます重要な設計の要素になっていくだろう。

熱帯の豊かな生態系を見直し、都市に生物多様性を取り戻す─ベネチア建築ビエンナーレ・シンガポールパビリオン展示プロポザール。2020年に開催予定だったが、1年延期となった(資料:Salad Dressing)

野生化を受け入れ、抱擁する都市へ

 2008年のリーマンショック時にはシンガポールでも不動産開発業が大きな打撃を受け、私たちが関わっていた多くの開発物件も軒並みストップした。毎朝、新聞の見出しを見るのも怖く、所員の給料が払えるかと不安で眠れない日が続いたが、政府の迅速な対応により間もなく動き出し、安堵したことを思い出す。今回は出稼ぎ労働者の大量コロナ感染により現時点では多くの建設現場の再開の目途がたっておらず、12年前と同じように不安な心持の日々だ。今朝(6月17日付)の新聞でも、チャンギ空港ターミナル5の建設工程が2年は遅れるという見出しにドキッとさせられた。
 
 政府の決断力と実行力は、私がシンガポールで暮らした20年の間に経験済みだが、今回はどうだろうか。
 
 「今回の不幸な大量感染による建設業への打撃は、新たな存在価値へ転換するための不可欠な出来事といえるのかもしれない」。シンガポール建築家局プレジデントのタン・シャオエンはそう語った。もしそうだとすれば、“野生化を積極的に受け入れ抱擁していく都市”を押し進めるべきと考える人は今回増えただろうし、それはなかなか魅力的なものになる可能性を秘めている。(葛西玲子)
 

緑と光にあふれるバイオフィリックなオフィスデザインがますます求められる(写真:葛西玲子)

▼第1回、第2回はこちら。
世界のウィズ・コロナ/アフター・コロナ@シンガポール01:出稼ぎ現場作業員の大量感染で明るみに出た“二重構造”
世界のウィズ・コロナ/アフター・コロナ@シンガポール02:オンライン化で縮まる距離、多国籍化がますます加速?

葛西玲子(かさいれいこ)
照明デザインの会社、ライティングプランナーズアソシエーツ(LPA)シンガポール事務所代表、東京・香港事務所役員兼務。 2000年末に事務所立ち上げのためにシンガポールに移動し、現在までシンガポールを拠点としている。 傍ら、シンガポールとトロピカルアジアの建築・デザイン、アートを中心としたトピックを、日経アーキテクチュア、カーサブルータス、ペンなど多数のメディアに寄稿してきている。シンガポール居住20年を迎えるにあたり、当地の建築や仕事、生活について本にまとめたいと構想中