国宝「投入堂」などがけ地と一体になった建築の風景にスポットライト、ランドスケープのように写真作品を味わう小川重雄展

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 ギャラリーの2階から眺めると、借景の緑の中に複数の写真作品が浮遊するように並ぶ——。ランドスケープのように写真を味わう小川重雄写真展「懸造(かけづくり)と山岳|Timeless Landscapes 4 」が、東京・根岸のGALLERY Oで6月14日(土)から22日(日)まで開催中だ。同ギャラリーは、建築写真家・小川重雄氏のスタジオ内にある。

 Timeless Landscapes 4とあるように今回の写真展はシリーズの4回目に当たる。毎回、同名タイトルの写真集の発行に合わせて行っており、写真展は東京のほか、大阪・日本橋の家に巡回する形で開催している。日本橋の家は、小川氏がかつての新建築社時代に撮影した安藤忠雄氏設計による住宅で、現在はオーナーの金森秀治郎氏がギャラリーとして貸し出している。

ギャラリーの2階から展示を見る。取材時、小川重雄氏にiPhonで撮影してもらった見学時のおススメポイント(写真:小川重雄)
2階から屋外のブリッジに展示した作品の方向を見る。今回の展示は会場構成をエトルデザイン、プリント制作をアフロ アフロアトリエがそれぞれ担当した(写真:以下は森清)
2階の屋外ブリッジ
小川重雄氏。小川氏は1958年東京生まれ。1986年に新建築社に入社し、91年から2008年まで写真部長を務めた。08年に小川重雄写真事務所設立。23年に日本建築学会文化賞受賞

 小川氏は新建築社に22年にわたって在籍し、『新建築』の表紙や巻頭を飾るプロジェクトを数多く撮影してきた。今も安藤氏や岸和郎氏、横内敏人氏など著名建築家の竣工写真を撮り続けている。「新建築時代は、本当に重要な作品を撮る機会に恵まれ、印刷物としてしっかり残すことがとても重要だと考えてきた。それが今は竣工写真を撮ってデータで納めたら終わりという場合も多い。自分で撮った建築を写真集としてじっくり見てもらいたい。建築写真に限らず文化として残ってほしいという願望も込めている」。小川氏はシリーズの意図をこう話す。

がけ地に立つ最古の懸造をはじめ、10カ所を1年かけて撮影

 今回のテーマである「懸造」とは急峻ながけ地に建物を建てる建築様式のこと。清水寺の舞台を思い出してもらえばイメージがわくはずだ。写真集の企画は、小川氏と、シリーズ1から編集と版元を務める富井雄太郎氏(編集者、millegraph代表)が中心となって、毎回テーマに詳しい識者に加わってもらう形で進めている。懸造では、伏見唯氏(建築史家、伏見編集室代表)に依頼。3人が自分の推す懸造建築を10例挙げて、3人とも推す建築を優先しながら決めていった。

小川重雄写真、伏見唯解説『懸造と山岳|Timeless Landscapes 4 』(2025年6月20日発行、millegraph)。同シリーズの1、3と共に展示会場で販売している。シリーズ2のモエレ沼公園は売り切れ

 中心となるのが鳥取県三朝町に立つ「三佛寺投入堂」や大分県宇佐市にある「龍岩寺奥院礼堂」、福岡県東峰村の「岩屋神社境内社熊野神社本殿」、京都市左京区の「峰定寺本堂」などだ。三佛寺投入堂は地元で「投入堂」として親しまれている国宝建築で、最古の懸造と言われている。同じく鳥取県の「不動院岩屋堂」、大分県の龍岩寺奥院礼堂と共に三大投入堂と呼ばれている。これらの3つはいずれも収録されている。

 撮影は基本的に小川氏が単独で行い、一部1人では撮影場所まで登るのが難しい場合は、現地の撮影アシスタントに機材の運搬などをサポートしてもらった。撮影は2024年2月から1年間をかけて、計10カ所を延べ13日で撮影した。「アングルの決め方、光の選び方、撮影ポジションの決め方など、撮影の仕方は普段、現代建築を撮っているときと変わらない。ただ、登山靴をはいてけっこうな急斜面にずっと立ち続けて、いい光加減になるのを待つ。Timeless Landscapesがテーマなので、周辺をいかに魅力的に取り込むか。光は綿密にリサーチして何時ごろの光がいいか慎重にタイミングを見計らっている」(小川氏)

 こうした小川氏の思いを知って、写真展さらには写真集を見てもらうと、撮影の意図も理解しやすいだろう。写真集には伏見氏による懸造の解説も収録しており、時間をかけずに懸造の歴史や本質を知ることもできる。

会場となるGALLERY Oのエントランス
エントランスの上部に展示されたタペストリー
エントランスまわりの展示
ガラス開口から取り込む緑を借景に利用している
1階ギャラリーと2階に上る階段

時代を超えて雰囲気が生まれていくことに着目

 Timeless Landscapesというシリーズがどう生まれたかについて補足しておこう。これは、シリーズ1の対象となった岡山県備前市にある旧閑谷学校の撮影を通して決まった。「旧閑谷学校 講堂は江戸時代に建てられた。そのふき漆で仕上げられた床に大正時代に植えた木の紅葉が映り込んで風景を生み出す。つくった人間は意図しなかったところで時間が雰囲気を生み出していく。時代をまたいだこんな状況を捉えた」と小川氏は説明する。シリーズ2のモエレ沼公園については、基本設計を手掛けた彫刻家のイサム・ノグチが、閑谷学校の石垣にインスピレーションを受けたという関連性を知って決めた。

 シリーズ3からは単体のプロジェクトではなく、複数の組み合わせで構成する形となった。いずれにも共通するのは、多くの人が重要さを認識しながらも写真集などとして1冊にまとめてこなかった建築やその集合体であるということだ。海外のプロジェクトをはじめ、複数の企画を持ち寄り毎回、詰めていく。今のところシリーズの5回目のテーマは決まっていないという。

 小川氏は、少なくともシリーズの10回、できれば12回までこの企画を続けていきたいと考えている。「この企画がないと自分自身さみしいし、自分に課された宿題だと捉えている。安藤忠雄さんは今も大阪で大がかりな個展を開いており、ベテランのパワーはすごい。ああした先達がいるから自分も頑張らないといけない」。こう小川氏は話す。

 小川氏の写真展は東京に引き続き、大阪で7月5日(土)から21日(祝)まで開催予定だ。「安藤忠雄展|青春」も大阪で7月21日まで行われている。大阪・関西万博と併せて、小川氏と安藤氏の2つの個展を訪れるのもいいだろう。(森清)

2階の打ち合わせテーブルでインタビューに答える小川氏。ここからの眺めも今回の展示コンセプトを象徴する
これまで発行された4冊の写真集。いずれも各テーマの識者による解説付き
ギャラリーへのアプローチ。ギャラリーは小川氏のスタジオ内にある

小川重雄写真展「懸造と山岳|Timeless Landscapes 4 」東京展

  • 会場:GALLERY O
  • 会期:2025年6月14日(土)〜6月22日(日
  • 時間:午前11時~午後7時
  • 所在地:東京都台東区根岸3-22-5 SHIGEO OGAWA STUDIO内
  • 入場料:無料
  • 休館日:なし
  • 備考:6月21日(土)の午後7時から午後8時30分まで連動企画トークイベントを会場で開催 (定員20人、参加費1,000円/イベント後に懇親会を予定)『日本建築の擬』『懸造と山岳|Timeless Landscapes 4』刊行記念 「私たちは日本建築に何を見出したのか」(福島加津也×冨永祥子×小川重雄×伏見唯)

同大阪展

  • 会場:ギャラリー日本橋の家
  • 会期:2025年7月5日(土)〜7月21日(祝)
  • 休館日:7月10日(木)、17日(木)
  • 時間:午前11時~午後7時
  • 所在地:大阪市中央区日本橋2-5-15 1F
  • 入場料:無料