今年(2025年)は日建設計にとって創立125年の節目の年だ。グループまで含めると約3000人の規模を誇る同社は、125年前の1900年にスタートした。といっても、創業時は日建設計という名前ではなく、会社ですらなかった。「1900年(明治33年)」が何の年かというと、野口孫市(まごいち)を技師長として「住友本店臨時建築部」が創設された年だ。日建設計の前身は、住友財閥の設計部門なのである。筆者(宮沢)は2021年に『誰も知らない日建設計~世界最大級の設計者集団の素顔』という本を書いたので、その辺りの歴史には詳しい。


大阪・関西万博の記事でなぜそんな前振りかというと、今回リポートするのは住友グループ(住友 EXPO2025 推進委員会)が出展する民間パビリオン「住友館」。日建設計にとってこの住友館は、住友グループ全社員の期待を背負って取り組む相当な重圧のプロジェクトであるということ。近くに立つ「日本館」(こちらの記事)も日建設計によるものだが、筆者だったら日本を背負うよりも住友を背負う方がプレッシャーは大きいと思う。
そんな住友館が全貌を現した。実は、取材は昨年10月に行ったのだが、「本当にうまくいくの?」「今褒めてしまって大丈夫?」という気持ちがぬぐえず、記事にしていなかった。先日、仕上がりを見て納得したので、今、改めて記事を書いている次第である。

パビリオンの基本設計は電通ライブと日建設計、実施設計は電通ライブと三井住友建設が手掛ける。施工は三井住友建設・住友林業特別共同企業体。
「本当にうまくいくの?」と思ったのは、「合板のコールドベンド」だ。重圧をよそに明るく現場を案内してくれた日建設計アソシエイトの白井尚太郎氏によると、「外部の仕上げとしてこれだけ大規模に用いた例はおそらく過去にない」とのこと。

仕上がった三次曲面のなめらかさを見ると、まるで丸太から曲面の板を切削したようにも見える。が、そうではない。元はフラットな構造用合板(ヒノキ)なのだ。

コールドベンド(コールドベントとも言う)は、「冷えた状態」で「曲げる(Bend)」という意味。例えば、、海外では、カーテンウオールを建設現場でねじりながら取り付けて曲面ガラスファサードを実現する方法を「コールドベント」と呼んでいる。短工期・低コストがメリットで、ガラスについては日本でも行われるようになってきた。
今回はその木材版だ。現場で構造用合板をねじりながら取り付けるわけだ。屋根も外壁も同じディテールで、こういう断面になっている。


薄いとはいえ、9㎜厚の合板がどんなふうにも曲げられるわけではない。ねじれ方に無理がないから可能なのである。建築好きの人は、この言葉を聞くとグッと来るだろう。この曲面は「双曲放物線面(HP=ハイパボリックパラボロイド)」なのだ。


双曲放物線面はいわゆる「線織面」で、空間内に直線を動かすことによって形成される。だから、合板の下地のC形鋼(Cチャン)は直線だ。


双曲放物線面(HP)を組積造建築に積極的に使うようになったのはアントニオ・ガウディだといわれている。構造だからHPシェルだ。ガウディがそれを使ったのは、地元で伝統的に用いられていた「カタルーニャ・ボールト」(カタラン・ボールトとも言う)というレンガ積み工法が線織面をつくるのに向いていたからだ。
その流れを汲んで、戦後のモダニズムの建築家たちがHPシェルを好んで使ったのは、やはりコンクリート打設時に型枠がつくりやすいということが大きかった。技術は進み、21世紀の現在は、どんな曲面でもメッシュ型枠や樹脂型枠などでなんなくつくってしまう時代になった。だから、たまにHPという言葉を聞くと、ものづくりの原点を見るようですごくうれしくなる。
外観から施工方法、展示、閉幕後と見事な“森つながり”
そんな見方をするのは、筆者のような“行き過ぎた建築好き”だけかもしれないので、公式サイトの設計コンセプトもお伝えしておく(太字部)。
住友館の建築
住友の発展の礎である四国“別子の嶺”から着想を得てデザインし、山々が連続するシルエットを表現しています。
パビリオンの建設にあたっては、住友グループが保有する“住友の森”の木を全面的に活用します。
「1本1本のいのちを大切にしたい」という想いから、木材の加工方法に関しても検討と議論を重ね、“合板”を用いる事で木々を余すことなく利用します。
住友館では、屋根と外壁にはヒノキの構造用合板を、エントランス周辺にはスギの角材を主に使用する。どちらも住友グループが別子銅山に保有する「住友の森」から切り出したものだ。


エントランス周辺には、様々なサイズのスギ角材をランダムに取り付け、「時の積層」を表現する。ここで使うスギが別子銅山に植樹されたのは1970年。つまり、前回の大阪万博の開催年だ。

ヒノキ合板は、木材をかつらむきにした薄い単板を張り合わせてつくる。合板を使ったのには、夢洲の地盤が軟弱なので、建物を軽くするためという理由もあった。ヒノキ合板の総量は約107m3。
今回の合板コールドベンドは、もちろん施工の前に何度も検証してから採用したわけだが、「これだけの面積がきれいに施工できるのか、内心ではドキドキだった」と白井氏は明かした。ああ、やっぱり重圧はあったのだ。白井氏に話を聞いたのは昨年10月なので、今は心から安堵していることだろう。
展示設計は電通ライブと乃村工藝社。ちなみに、展示には「葉っぱ切り絵アーティスト」のリトさんが参加するとのこと。筆者は個人的にファンなので楽しみにしている。葉っぱを素材にして、びっくりするほど繊細な切り絵を制作する人だ。
そして展示の最後の部分には植樹体験のコーナーがある。植えた木は万博閉幕後、別子銅山に移植する。

パビリオンの外観から施工方法、展示、閉幕後と、“森つながり”で見事に筋が通っている。このそつのなさこそ日建設計125年の根幹だと、日建設計ウオッチャーの筆者は思うのである。(宮沢洋)