五十嵐太郎監修“装飾展”で髙島屋史料館TOKYOが再開、今こそ問う「形」の意味

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 コロナ禍で休館していた「髙島屋史料館TOKYO」(東京・日本橋)が本日、9月2日から再開する。今日が初日となる企画展は、建築史家の五十嵐太郎・東北大学大学院教授が監修した「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」だ。会期は2021年2月21日までの約半年。

9月1日に開催された内覧会で説明する五十嵐太郎氏(写真:宮沢洋、以下も)
導入部分の展示を担当した菅野裕子・横浜国立大学都市イノベーション研究院特別研究教員

 そもそも髙島屋史料館TOKYOをご存じない方もいるかもしれない。1970年に創設された髙島屋史料館(大阪)の分館として、2019年3月、日本橋髙島屋S.C.本館内に開館した。日本橋髙島屋本館は1933年竣工で、国の重要文化財だ。その4階の一角にある小さなミュージアムだが、企画の着眼点やこだわりのある展示が面白い。入場無料。本展「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」は当初、4月29日から始まる予定だったが、コロナ対策のため開幕が延びていた。

参考記事:保存版!必見ミュージアム22件総まとめ、コロナでどうなった?(2020年6月1日公開)

 日本橋の建築群に施された装飾を解説するこの展覧会。五十嵐太郎氏は、「従来の様式のラベルにとらわれずに、装飾の細部を注意深く見ることに努めた」と語る。

 公式サイトの開催主旨(五十嵐太郎氏執筆)では、こんなふうに説明している。
 
 これはルネサンス様式だと言われると、なんとなく知った気分になって、そこで建築の理解を止めてしまう。だが、本当にそうなのか。現在に比べて、情報や人の移動が少ない近代の日本では、限られた知識の中で古典主義を再現、あるいは建物の用途に合わせて、創意工夫を凝らして改変している。当然、イタリアの純正なルネサンス様式とは違うはずだ。したがって、装飾をていねいに読み解くことで、差異が明らかになり、その建築の特徴も浮かびあがる。

 確かに、過去の偉い先生が「これはルネサンス様式」とラベルを貼ったものなら、それを疑おうとは思わない。非建築出身の人間としては、そのラベルの中で、“逸脱した部分”を面白おかしく取り上げるのがせめてもの抵抗だ。だが、歴史家である五十嵐氏は、いったんそのラベルを外して、装飾を見る。先ほどの文章はこう続く。

 こうした細かい要素について、設計者がわざわざ文章で意図を伝えたものはほとんどない。しかし、かたちそのものが、時代を超えて、われわれに語りかける。その声を聞くことが、必要なのではないか。

 かっこいい。自分も似たようなことをやっているつもりだが、こんなに力強くは書けない(涙)。

 例えば、五十嵐は本展で「日本橋」(1911年、意匠設計:妻木頼黄、上の写真)を取り上げ、こう解説する。

 現在、首都高速の下にある日本橋は、しばしば「ルネサンス様式」のデザインだと説明されている。だが、明らかに純正なものではない。イタリアにおける本場のルネサンス建築と比較すると、むしろどこがルネサンス風なのかと、不思議に思うほど、和風の意匠が混入している。(中略)実は明治時代に日本橋の建て替えに際して、西欧式にするか、和風にするか(しかも木造の朱塗り)をめぐって議論されていた。それゆえ妻木(頼黄)は両者を融合させたデザインを選んだのであろう。

 なるほど。妻木はむしろ「〇〇様式」と呼ばれることに抵抗したかったのか…。

髙島屋の3連アーチに「かえるまた」発見

 五十嵐氏は、史料館がある日本橋髙島屋本館(1933年、設計:高橋貞太郎)を、和風の融合という観点から、西欧の様式建築ではなく、「モダンかつオリジナルなデザイン」あるいは「和風アール・デコ」として評価する。

(イラスト:宮沢洋)

 私も、この日本橋髙島屋本館は書籍『プレモダン建築巡礼』の「寄り道巡礼」で描いたことがあり(上のイラスト)、内部の折り上げ格天井や柱上部の肘木については指摘していた(そんなことは、日本建築の知識がちょっとあれば誰でも分かることだが…)。本展の五十嵐氏の展示を見て「やられた」と思ったのは、正面入り口の3連アーチの上部に「かえるまた」風の装飾があるという指摘。

 ここ(↓)のことだ。確かに、かえるまた風。これは今まで気付かなかった!

展示されている立面図にも「かえるまた風装飾」は描かれていた

 「かえるまた」とは何かと言うと、これも以前にイラストで解説したことがあるので流用する。日本建築の梁にあるカエルみたいな装飾(↓)だ。その応用編が日光東照宮の「眠り猫」である。

(イラスト:宮沢洋)

「かえるまた」は覚えておくと日本建築を見るのが楽しくなるので、ぜひ覚えておいてほしい。

 話が脱線したが、本展の魅力は、展示内容の面白さに加え、その解説のほとんどを実物で確認できること。解説されている建物は、ほとんどが徒歩5分以内で見ることができる場所にある。
 
 今回は展覧会に合わせて、持ち帰りができる日本橋の建築マップも作成した。会場を出たら、是非、手にとって、髙島屋の内外、そして街を散策しながら、実物を観察して欲しい。(公式サイトより)

会場で無料配布される周辺マップの表と裏(下の写真)。表の地図は菊池奈々、裏の装飾イラストは周エイキ

建築家は最終的に「形」にしなければならない

 ところで五十嵐氏は、近著『建築の東京』などで、東京の現代建築が懐古趣味的になっていくことを批判している(参考記事:日曜コラム洋々亭01:勝ったのはザハ?──三題噺「建築の東京」「日経アーキ5月14日号」「コロナ休業要請協力金」)。それがなぜ、今回は日本橋の装飾をテーマに? 以下、五十嵐氏の答え。

 「僕は日本橋の上に架かる首都高速を地下化する構想に否定的。でも、それを推進する人たちは、どれだけ日本橋を見ているのか。日本橋をそれほど大事に思うならば、誰かの評価ではなく、もっと自分の目で見るべき。それともう1つは、『建築』は最終的に『形』だということ。コミュニケーションが大事だとしても、建築家は最終的に『形』にしなければならない。過去の建築家たちの『形』へのこだわりを、今の若い建築家にも知ってほしい」

 さすがです。今度この続きをやるときには、私にイラストマップを描かせてください! (宮沢洋)

企画展「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」
監修:五十嵐 太郎(建築史・建築評論/東北大学大学院教授)
展示期間:2020年9月2日(水) ~2021年2月21日(日)
開館時間:11:00~19:00
休館日:月・火曜日
入館料:無料
展示場所:高島屋史料館TOKYO 4階展示室(東京都中央区日本橋2-4-1)
主催:高島屋史料館TOKYO
公式サイトはこちら