東京・渋谷区の玉川上水旧水路緑道再整備、田根剛氏がコミュニティー形成に向け「食」のランドスケープを描く

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 玉川上水といえば、江戸の町に飲み水を供給するライフラインとして、玉川兄弟が主導して7カ月強で約43kmを開削したことで知られる。東京都渋谷区では40年ほど前、すでに暗きょ化されていた玉川上水旧水路を緑道に整備した。この緑道の傷みや老朽化が顕著なことから区は、「玉川上水旧水路緑道再整備事業」として笹塚から代々木までの約2.6kmに及ぶ緑道の再整備を進めている。

 緑道は笹塚緑道や大山緑道、幡ケ谷緑道、西原緑道、初台緑道、代々木緑道から成り、2024年8月に笹塚工区が着工。26年度末までに全区間での工事着手を目指している。24年12月6日に代々木緑道内に情報発信施設がオープンするのを機に、区はその前日、報道関係者に対する事業説明および情報発信施設ガイドツアーを開催した。そのときの内容をお伝えする。

「食」を根幹に農園と自然がうねり続く緑道をイメージ

玉川上水旧水路緑道再整備事業コンセプトイメージ(資料:以下5点はAtelier Tsuyoshi Tane Architects)
同事業コンセプトイメージ
玉川上水旧水路緑道再整備事業イメージ
同事業イメージ
同事業イメージ

 まずは、建築家の田根剛氏(Atelier Tsuyoshi Tane Architects代表)が設計を担当するランドスケープデザインの全容を、同氏の説明を基にまとめておこう。

 植栽については、現在の緑道に並ぶ樹木は極力残し、新たな草木を加える計画だ。田根氏は「次世代の森を育てる」と表現する。緑豊かな環境を憩いの場とすることで、人のつながりが生まれ、多世代間のコミュニティーが形成されることを目指している。区民とのワークショップで出された農園のアイデアを導入。「FARM(育てる・育む)」をコンセプトに掲げる。

 「玉川兄弟によってつくられた玉川上水のライフラインが緑道に変わった。それを踏まえ、これから未来に向かって人々の手によってつくる農園という形で人々が環境を育てるような地域になってほしいという思いを込めている」(田根氏)。その背景には、東京の都市化の進展で人口の飽和状態が続くなか、食の生産や消費活動は進んでも、日本ではそれを育て、育む環境が整っていないという状況がある。

 世界各地ではフードロスや都市の在り方について真剣に考え、取り組んでいる。そのなか、国内では課題が多いと田根氏は見る。「今回の緑道の再整備では、公園だけでなく、人々が参加して活動できる場を公共事業として実践し、2.6kmの中に自然や“食”がうねり続くようなイメージを最初に提案した」(田根氏)。こうした視点は、フランス・パリに拠点を置く田根氏だからこそという面も大きいだろう。世界中の都市農園などの事例をリサーチした上で、計画をまとめていった。

 「食という文字は、人を良くするという組み合わせでできており、地域を良くするために『食』がコンセプトの大きな根幹になっている。まちづくりのためにコミュニティーをどう形成していくか。そこでも『食』が地域の力になると考えている」(田根氏)

玉川上水旧水路緑道再整備事業コンセプト模型(写真:FransParthesius)
代々木緑道の情報発信施設のわきに設けられたテラゾ舗装のモックアップ(写真:以下は森清)

 豊かな緑を引き立てるのは、緑と補色関係にある褐色のテラゾ舗装だ。現在、緑道の多くを占めるアスファルト舗装をテラゾ舗装に置き換える。雨水をテラゾ舗装の目地から地中に浸透させたり、水勾配により両端の植栽や雨水浸透枡に流したりする考えだ。雨天時でも歩きやすいことやバリアフリーに配慮し、車いすやベビーカーでも通行しやすくする。樹木などの保守のため、高所作業車が緑道内の舗装上に入ることも想定している。

 テラゾ舗装は、厚さ12cmの路盤材の上を厚さ15cmのテラゾ平板で仕上げたもの。テラゾ平板は、厚さ13cmの基礎鉄筋コンクリートと厚さ2cmの表層モルタルで構成する。表層は、コンクリートやれんが、陶器などの解体材や廃棄材を骨材に使用。カラーモルタルで固めて研削して仕上げる。区内をはじめ国内のリサイクル材を活用しようという考えだ。

 全体のプランについては、商店街や住宅地など、周囲の状況も踏まえたものとし、地域の活動に使える広場や子どもたちの遊び場も配置。夜間の照明にも配慮するなど、きめ細かい計画となっている。田根氏はコンセプトを含むマスタープランを描き、植栽の専門家なども交えてランドスケープデザインを詰めている。

タイムラインに経緯をコンパクトにまとめて情報発信

2024年12月5日に開催された情報発信施設ガイドツアーの様子。左手が長谷部健氏(東京都渋谷区長)で、右手が田根剛氏(Atelier Tsuyoshi Tane Architects代表)

 渋谷区は、緑道再整備の対象となる代々木緑道内に、トレーラーハウスを利用した情報発信施設を12月6日にオープンした。今回の緑道整備に当たって同区は、事業を開始した2017年度から、情報をオープンにしてワークショップを重ねて住民の声を聞きながら計画を練ってきた。これまでの断片的な情報をまとめ、17年度からの経緯を正確に住民に伝えることが目的だ。

 区ではササハタハツ会議(玉川上水旧水路緑道再整備に関する説明会)を20年度にスタートさせ、希望者を募って住民の意見を聞いている。ササハタハツとは、笹塚駅と幡ケ谷駅、初台駅の頭文字をとった対象エリアの呼称だ。例えば、緑道の樹木に関して。区では18~19年度に健全度調査を実施し、総数1235本のうち、不健全などとされた189本の植え替えを想定して計画を検討した。それに対して、地域からサクラは残してほしいという要望が上がり、23年に158本の樹木を対象に再調査を行い、20本を植え替えることをササハタハツ会議で伝えた。

 このようなプロセスがタイムライン上にまとめられている。加えて、コンセプトやワークショップの記録、検討模型、動画を放映するモニター、広報紙の配架が1台のトレーラーハウス内に収められている。整備の概要をまとめた広報紙に関しては西原・初台・本町・笹塚地区で全戸配布も実施。再整備のコンセプトを伝える動画の配信も始めた。

トレーラーハウスを用いた情報発信施設。2024年12月6日から公開を開始。年末年始を除く午前8時~午後6時に開放する
情報発信施設の内部。左手の壁に動画を放映するモニターを設置、その下に広報紙を置いている
情報発信施設の内部。これまでの経緯がタイムラインでコンパクトにまとめられている
情報発信施設の内部。検討模型も並べられている

「仮設FARM」で野菜栽培や日常の手入れなど共同管理を試行

 情報発信施設ガイドツアーが終了後、現状の緑道を代々木緑道から幡ケ谷緑道まで、1.5kmほど歩いてみた。アスファルト舗装を主体に、一部はインターロッキングブロック、一部は無舗装とされ、傷みが目立つ。遊具などの老朽化も気になるところだ。

 歩いた区間の両端には、緑道再整備後の農園の在り方を探るため、それぞれ「仮設FARM(初台)」と「仮設FARM(西原)」が設けられている。区は22年から「仮設FARM」を設け、区内在住・在勤・在学者、さらには区でまちづくり活動をする人を対象に希望者を募集。半年を利用期間としている。野菜栽培や日常の手入れなどを通して、共同管理を試行している。整備後には地域の人々が主体的に利用し、交流が生まれ、多世代がつながる場を目指している。

情報発信施設の近くから代々木緑道の新宿方面を見る。この区間は舗装されていない
約710mの長さの初台緑道
初台緑道。昼休みに食事をとる姿も見られる
約600mの長さの西原緑道
「仮設FARM(西原)」のフェンスに設置した案内板
仮設FARM(西原)を見る

 区は、事業費として約110億円を見込んでおり、そのうちテラゾ舗装の材料費などに約41億1000万円かかるとしている。事業費については、金額に対する批判など、様々な意見が上がっている。今後、どのように対応していくか、最後に、当日の長谷部健・渋谷区長のコメントをまとめておく。

 「現在の緑道が整備後40年ほどたってだいぶ老朽化してきている。これまでも生活に役立つ空間だったが、多くの区民の方々に使ってもらいたい。車いすなどで通りにくいといったバリアフリーの課題もある。このタイミングで50年、100年先を見据えて区民の皆さんがシティプライドを感じられ、将来にわたって使っていこうという場にしようと、このプロジェクトが始まった」

 「その中で田根剛さんがランドスケープデザインなどの設計者として選ばれ、『過去の記憶を未来につなぐ』というコンセプトを生かして、今回の整備は進んでいる。テラゾ舗装には多くの費用がかかるが2.6kmの緑道という道を整備するわけなので、メインはやはり道の整備であると捉えている。今までと同じアスファルト舗装や既製品でつくるのではなく、表層はすべて再利用された素材でつくって都心で暮らす我々の責任というものをしっかりとみんなに感じてもらえるようにしたいと思っている。区内の廃材も再利用されるので、多くの方々が、もしかしたら自分が関わった建物が素材として還元されていると感じられるのではないか」

 「テラゾは既製品ではなく、新たにつくるので高い金額になっており、全体の工事費の中で大きな割合を占める。テラゾ舗装の材料費などに40億円ほどかかり、アスファルト舗装にすれば10億円以下で済むという話もあるが、緑道を樹木が映える生き生きとしたデザインにしつらえるばかりでなく、雨水を地中にしっかりと浸透させるという機能性もある。雨水桝ももう一度しっかりと整備することで、さらにこの緑道が木々にとって良い環境になる。先を考えた場合、決して安い費用ではないが、非常に意味のあることだと理解いただきながら進んできた。もちろん一部に納得のいかない方がいるのは理解している。対話を続けながら、スケジュールの中で進めていくのが大切だと思う」

 「そういった反対する方には引き続き理解を求めていきたい。その一環として、今まで計画段階から情報発信してきた中で、情報が断片的だったため、間違った情報が多く流れているときもあった。基本コンセプトから、こういった未来像になっていくという今の段階での情報を田根さんにお願いしてまとめてもらった。これを見て、新しくなる緑道で自分たちがどんな活動をしていくのか、どんなことができるのか。そんな会話が生まれてくれればいいなと考えている」(森清)

報道関係者に対する事業説明でマイクを持つ長谷部健渋谷区長