“最強師弟”をセットで味わう『丹下健三・磯崎新 建築図鑑』、書店の追い風を得て出帆

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 3月1日に宮沢の新刊『画文で巡る! 丹下健三・磯崎新 建築図鑑』が発刊になった。まずはこの写真を見てほしい。紀伊國屋書店新宿本店の5階建築書売り場の棚だ(3月2日の状態)。

 本の表紙をお客さんに見える状態で並べることを、出版業界では「面陳(めんちん)」と言う。1冊面陳で置いてもらうだけでもありがたいのに、なんと2段分この本が専有している。よく見ると、宮沢がこの3年ほどの間に書いた本も下段右端に並べられている。

 自分の名前で集めた「作家棚」を初めて見た。むろん、ずっとこの状態ではないと思うが、有名建築家でもない筆者の本にこれほどのエールを送ってくださった紀伊國屋書店新宿本店さんの建築愛に深く感謝したい。このビルが、丹下健三の師匠の1人である前川國男の設計であることも、何かの縁を感じる。

 さて、ここから新刊の紹介である。

藤子不二雄風の「3」の目で描いた磯崎新が好きでよく使っているのだが、今回は丹下健三も同じ目で描いてみた
アマゾンはこちら→https://www.amazon.co.jp/dp/486417573X/

【基本情報】
著 者:宮沢洋          
発行元:株式会社 総合資格
判 型:A5判  
         
頁  :208ページ(4色カラー)
定 価:2420円(税込)     
発行日:2025年3月1日(発売日:2025年3月3日)
発 売:総合資格学院 出版サイト(https://www.shikaku-books.jp)、その他全国の書店、大学生協、ネット書店など

 中身も読みごたえ十分だと思うが、作者の一番のこだわりは巻頭のとじこみ(蛇腹)年表だ。丹下健三と磯崎新の主要作とデザインの立ち位置を見比べることができる。

「見なくても知っている」と思われがちな2人

 そもそもなぜ丹下健三と磯崎新なのか。それも含めてこの本に込めた思いは「あとがき」に書いたので、まるっと引用する(太字部)。

周りに建築関係者が全くいなかった少年時代の筆者(1967年生まれ)が、生まれて初めて「かっこいい!」と思った建築は「国立代々木競技場」(国立屋内総合競技場、1964年)の第二体育館だった。小学校の遠足のバスから見た夕景だ。今もそのシルエットを覚えている。この話は本編のイラストにも描いた。

もし筆者が小学生ではなく、高校生あるいは中学生だったらきっと「建築家になろう」と思っていたに違いない。絵の好きな少年に、あの造形は刺さる。対談に登場いただいた堀越英嗣氏(1953年生まれ)はまさにそうだったと語っているし、「国立代々木競技場世界遺産登録推進協議会」の代表理事を務める隈研吾氏(1954年生まれ)もそれを公言している。もしあの建築がなかったら、日本の建築の歴史は大きく変わってしまうだろう。

磯崎新氏の「つくばセンタービル」(1983年)も、それに近い存在なのではないか。前職の日経BP に就職した筆者が建築専門誌『日経アーキテクチュア』に配属されたのは1990年。筆者と同世代の建築史家・五十嵐太郎氏が証言するように、この年は“磯崎新祭り” だった。

文系出身で建築のトレンドが理解できていないうえに、磯崎氏が書く文章は抽象的。さっぱりわからなかった。先輩記者たちの話では、当時の「ポストモダン」と呼ばれる奇天烈な建築群の出発点は、この「つくばセンタービル」だという。

自分の中では“難解さの元凶” のようなイメージだったこのビルを実際に見たのは、90年代後半だったと思う。その“普通さ” にびっくりした。予備知識がなければ、地方都市によくある駅前再開発にしか見えない。周囲に対して特段、奇異なものではない。そこに設計者が仕込んだダブルミーニングが、“見える人にだけ見える” のだ。なんという知性。本来のポストモダンというものは、奇天烈な外観を競うものではなく、こういう知的ゲームであったのか。

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いつの間にか建築が面白くなり、2人の建築も見て回るようになると、磯崎氏のデザインが師・丹下健三との距離の取り方で生まれていることがわかってくる。筆者が建築ジャーナリストの磯達雄とのコンビで進める日経アーキテクチュアの連載『建築巡礼』でも、2人の建築はたびたび取り上げた。しかし、難点がある。丹下建築はデザインの幅が広くて“らしさ” が分析しにくく、磯崎建築は自らが語り過ぎるがゆえに、やはり“らしさ” を読み解くのが難しいのだ。

丹下氏が2005年に亡くなって10年もたつと、自分の周りに丹下建築の話をする人が少なくなっていることも気になっていた。時が過ぎればそういうものと思うかもしれないが、もっと前に亡くなっている村野藤吾(1891~1984年)や吉阪隆正(1917~1980年)の建築を見て、その感激を語る人は今も多い。筆者は文系出身なのでその感覚がよくわからないのだが、おそらく大学で建築教育を受けた人には、丹下健三は“王道” 過ぎて、「見なくても知っている」存在となっているのではないか。

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本書の企画は、磯崎氏が2022年12月に亡くなり、年明けに日経アーキテクチュアの磯崎新特集を手伝っているときに思いついた。主要な磯崎建築を改めて見て回る中で、「2人の建築をそれぞれで語るのは難しいが、師弟というくくりで見れば共通点や相違点が語れるのではないか」。そうひらめいた。

磯崎建築は、丹下建築とは別の意味で“王道” であり、しかもその言説の難しさゆえに、本人が発信しなくなれば急速に「見なくても知っている」存在となる危険性がある。微力ではあるが、2人の建築のリアルな面白さを世に伝えたい──。

思いつくと当てもなく始めてしまうのが編集者の性で、かなりの数を見て回ったところで、総合資格出版局から本を出してもらえる約束を取り付けた。日本建築界の両巨頭を、素人に毛が生えたような人間が分析するという無謀な企画に賛同してくれた同社には深く感謝したい。

同じように、「何者?」と思いつつもこの企画に許可をいただき、校正に目を通していただいたTANGE 建築都市設計、磯崎新アトリエの方々にもこの場を借りてお礼を申し上げたい。

2人の建築を見て回って改めて思う。建築は「体験」してこそ面白い。

2025年1月 宮沢洋

 気づけば春も近い。この本を持って、ぜひ2人の建築を体で感じていただきたい。(宮沢洋)