愛媛県松山市を拠点に活動する矢野青山建築設計事務所の矢野寿洋氏と青山えり子氏。2人の実作を全4回の短期連載で紹介したのがちょうど1年前。そのときには着工もしていなかった「今治造船丸亀工場丸亀工作オフィス」が猛スピードで完成したと聞き、行ってきた。(宮沢洋)
【取材協力:矢野青山建築設計事務所】

大御所の建築家を取材するのも面白いが、自分よりずっと歳下の建築家を取材するのには全く別種の刺激がある。自分のコメントがその人の人生を変えていくかもしれないという参加感。その責任を負うスリリングさ。地方に拠点を置き、他のメディアがまだそれほど着目していない人となるとなおさらだ。

矢野青山建築設計事務所を共同主宰する矢野寿洋氏と青山えり子氏はまさにそんな若手だ。だが、2人は筆者が関わろうと関わるまいと、全国区の存在になるだろうと思う。昨年、このシリーズでリポートした「佐田岬亀ヶ池温泉」(こちらの記事)は2024年度グッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」に選ばれ、「だんだんPARK」(こちらの記事)はまつやま景観賞の「大賞」に選ばれるなど、大きな波に乗りつつあるように見える。
そんな2人から新作が完成したので見てほしいと連絡があり、見に行った。今回は集客施設ではなく、オフィスだ。建築空間としての質を高めるのは難しい建築タイプだが、なるほど“矢野青山らしい”と思える空間に仕上がっていた。

「頭脳と身体のハイブリッドなワーキングプレイス」
建築主は今治造船。瀬戸内で暮らす人なら知らない人はいないであろう大手造船会社だ。その丸亀工場内にできた「工作オフィス」を矢野青山の2人が設計した。実は2023年に同じ丸亀工場の「設計・事務向け新社屋」を対象とした指名コンペがあり、2人はそれに参加したが落選した。

落選はしたが提案が評価され、もう1つ計画されていた「工作オフィス」の方を依頼された。
「工作オフィス」とは何かというと、建設現場における現場オフィスのようなものだ。建設現場はその都度場所が違うから、スタッフの打ち合わせや休憩のための場所を仮設でつくる。対して、造船は同じドックでつくり続けるので、恒設のオフィスが必要なのだ。普通のオフィスと異なるのは、知的生産の場であり、休憩スペースであり、元請け(今治造船)の社員と協力会社がどちらも使う、といったダイバーシティ環境だ。
丸亀工場内の既存の工作オフィスは、丸亀工場ができた約50年前に建設されたもので、老朽化・狭隘化が問題となっていた。2人は新工作オフィスの設計にあたり、こう考えた(以下の太字部は設計趣旨文からの引用)。
AIやDXの進化によって、特に地方において純粋な事務部門が縮小されていく中、生産を支える「現場オフィス」こそが、AIやDXでの代替が難しい、頭脳と身体のハイブリッドなワーキングプレイスとして重要なテーマだと考える。
いわゆるオフィスと聞いてイメージする、建物内で働くことだけを考えて計画するのでは不十分で、現場を補完する役割を考えて計画することが必要とされた。
全社員へのアンケートを実施し、雨天時の現場往来の考慮・油で汚れる衣服や靴の対策・段階的なセキュリティー区分・現場との円滑な動線計画など、工場とオフィスを往来する動線をどうデザインするかが重要なことが分かった。
プランニングを重視する2人らしい、ジリジリするような設計プロセス。そして、それらを反映して出来上がったのがこの空間である。

さまざまな職種の人にヒアリングを重ねていくと、それを調整するためにどんどん空間が小割りになっていきそうに思うのだが、大きな傾斜屋根で覆われた、なんともざっくりした空間なのである(いい意味で)。


前述した「佐田岬亀ヶ池温泉」や「だんだんPARK」を見た筆者は、同種の「おおらかさ」を感じた。これはもう、2人の個性と言っていいのではないか。
地上からは実感しづらいが、全体はこんな形をしている。

南側に長方形の本体棟、北側にほぼ同じ平面のラウンジ棟が並び、東側には、本体棟とラウンジ棟にまたがる庇が南北に延びる。本体棟には風車のように傾斜した4枚の大屋根が架かり、ラウンジ棟には東西に傾斜した2枚の大屋根が架かる。光や風を取り入れ室内環境の多様さを生み出しながら、周囲に雨に濡れない屋外との往来スペースをつくった。

本体棟の風車状の屋根は、落選したコンペ案の屋根を引きついだものだ。これは風車ではなく、船の「スクリュー」をイメージしたものなのだという。なるほど、それは造船会社の人たちに響きそうだ。

“魅せるH鋼”は平岩良之氏との信頼関係から
おおらかさの中に「細やかさ」も共存している。
本体棟は、H鋼を表しとしたラーメン構造とし、千鳥状に強軸弱軸の向きを変えて配置した。向きを変えることで水平力のバランスをとっているのだ。大梁の上に小梁を重ね、防煙壁を兼ねながら照明や配線・配管ルートに利用した。これは「だんだんパーク」でも用いた手法。

構造設計は今回も平岩良之氏が率いる平岩構造計画が担当した。平岩氏は矢野氏と東京大学時代の同級生で、矢野青山事務所のプロジェクトのほとんどの構造設計を手掛けている。

ラウンジ棟には、不特定多数が利用する食堂や協力事業者のスペースが入るため、本体棟とは別棟としてセキュリティを区分した。こちらは全体のコストもあり、ボックス柱のラーメン構造でシンプルな構成とした。

2つの棟の間を屋根でつなぎ、地上を工場全体の背骨となる半屋外空間とした。屋根の上は室外機やキュービクル置き場。旧工作オフィスを解体した後、東側には中庭広場を整備する。

施工期間は10カ月。地上2階建てとはいえ延べ約8500㎡の建物をその期間でつくることができたのは、「杭柱一体工法」を採用したことが大きい。鋼管杭と鉄骨柱を直結させる工法で、鉄筋コンクリートの基礎工事が不要となり、工期短縮やコストダウンが図れる。掘削土量やコンクリート・鉄筋・型枠が大幅に削減できるので、環境負荷も低減する。
ただし、精度を出すのが難しく、高さの制約がある。今回は地上2階建てということで、採用できるのではないかと構造設計の平岩氏に相談。設計次第では可能という目途が立ち、採用した。

冴える青山氏の色彩計画、矢野氏は教育の場にも進出
杭柱一体工法を採用したこともあり、柱はグリッド状に整然と立っている。大屋根による高さの変化があるためか、それによる味気なさは感じない。言われなければ、猛スピードでつくられたこともわからず、むしろ丁寧につくられたように見える。それには、青山氏が中心となったインテリアデザイン、特にカラーコーディネートが効いている。なんとも、ほわっと暖かい印象なのだ。ベージュ系の外壁とトーンを合わせたことはすぐに伝わる。


当初、外壁は赤茶のレンガ色を想定し、内部は工場のオフィスらしさを感じるイメージで進めていたという。しかし、今治造船の社長から「工場から戻ったときにほっとできる、温かみのあるオフィスにしてほしい」という要望があり、ガラッと見直した。既製品の什器と外壁の色調が合っているのは、外壁・内装材・什器を平行して選び、外壁タイルや床材についての社長の承認後、それに合うように内装と什器を再調整したからだという。当初のイメージをゴリ押しないのは、「町医者でありたい」と語る2人らしい。。
なお、矢野氏の方は、2026年度に「建築・社会デザインコース」が新設される愛媛大学の准教授に今春、就任する。「愛媛県内の大学には建築を学べる学科がなく、1級建築士が育たない」という話を去年の取材時に矢野氏から聞いていたので、強く願うと周りが変わるのかとびっくりした。教育の場も絡み、矢野青山の活躍の場はますます広がりそうだ。

■建築概要
今治造船丸亀工場丸亀工作オフィス
建築主:今治造船
設計監理:矢野青山建築設計事務所、平岩構造計画、冨山設備設計
施工:りんかい日産建設
施工期間:2024年4月1日~2025年1月31日
構造:鉄骨造、鋼管杭(杭柱一体工法)
階数:地上2階建て
建築面積:5431.88 ㎡
延床面積8488.15 ㎡
最高高さ:11.16m
軒高:10.45m
■取材協力
株式会社 矢野青山建築設計事務所
〒790-0806愛媛県松山市緑町1-2-1和光会館1-B(愛媛事務所)
〒108-0072東京都港区白金5-12-17 2F(東京事務所)
TEL:089-948-8190 FAX:03-6745-2374
MAIL:info@yanoao.com URL:http://yanoao.com
「愛媛発・矢野青山の挑戦」、まとめ記事はこちら↓。