日曜コラム洋々亭23:歴代1位うかがう「鬼滅の刃」、建築関係者のための5分間講座

Pocket

 生来のミーハーなもので、大ヒットしている「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」を映画館で見た(コロナ後、初映画館!)。なるほど確かに面白くて、その前段に当たるテレビ版全26話をAmazonプライムで全話見てしまった…。

ファンが納得する絵が描けそうもないので、後ろ姿で逃げました

 「鬼滅の刃」、知ってますか? 念のため、読み方は「きめつのやいば」である。

 漫画家・吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)が少年ジャンプに連載していた漫画のアニメ化だ。テレビ版アニメの人気を受けて制作された映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(外崎春雄監督)は、10月16日に公開されると、1カ月を待たずに興行収入(興収)200億円を突破。興行収入203億円の「ハリー・ポッターと賢者の石」を超えて日本歴代5位となった。

 さらに上にあるのはこの4作品。
4位「君の名は」250億円
3位「アナと雪の女王」255億円
2位「タイタニック」262億円
1位「千と千尋の神隠し」308億円

 この3連休にも4位~2位あたりが射程圏内と言われている。頭1つ抜け出ている1位の「千と千尋の神隠し」を抜くかどうかがファンの間では話題だ。コロナで制限がかからなければ、たぶん、抜くと思う。

 なぜそう思うかというと、この「鬼滅の刃」というアニメは、ストーリーと登場人物が面白い、映像が美しい、というヒットの大前提に加えて、設定のあれこれが「日本社会の意識の変化」を強く感じさせるからだ。子どもは純粋に面白く、大人(特に私のようなバブル世代)は無意識的に反省を促される。たぶん、大人の方が深く刺さる。建築関係者には特に刺さると思うので、私が感じた4つのポイントについてざっくり書きたい。(ざっくりじゃないと大論文になりそうなので…)

①主人公の驚くべきピュアさ

 1点目は、主人公の少年・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、これまで見たどの戦闘系アニメの主人公よりもピュアで努力家であることだ。

 基本のストーリーだけ説明すると、まず、時代は大正期。主人公の炭治郎は山中で母や妹、弟たちとつつましく暮らしていた。だがある日、町に薪を売りに行っている間に、鬼に家族を殺される。唯一、生き残った妹の禰豆子(ねずこ)も鬼の血を浴び、鬼になってしまう。炭治郎は禰豆子を人間に戻すため、「鬼殺隊(きさつたい)」の一員となって、さまざまな鬼と闘いを繰り広げる。

 これまでヒットした戦闘系アニメの主人公は、もともと特別な能力を持っているとか、始めは弱虫だったとか、ちょっと心がひねくれているとか、何かしら人間としてのクセがあった。しかし、炭治郎は純真無垢。まとも過ぎてつまらなくなるところだが、異常な努力で物語を面白くする。テレビ編の最初は、鬼殺隊員になるために、2年間特訓する話だ。2週間ではなく、2年間である。

 「純粋さ」や「努力」ってかっこいい──。多くの人がそう素直に思える状況に、社会の変化を感じざるを得ない。

②闘うのは「普通の暮らし」に戻るため

 炭治郎が鬼殺隊員となって鬼と闘うのは、妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻すためだ。ほかの家族を殺されたことへの復讐の話かと思ったが、炭治郎はそうした恨みをほとんど口にしない。鬼殺隊の中で出世したいというわけでもない。炭治郎はただただ、妹を人間に戻し、山中での質素で静かな暮らしを取り戻したいのだ。
 
 これが今回の原稿で一番言いたいことなのだが、これまでのヒットアニメは、主人公がもっと上昇志向であるか、あるいは拡大社会の維持を目指していたと思う。海賊王を目指すとか、イスカンダルでコスモクリーナーを手に入れて先端生活を取り戻すとか。

 それに対して、炭治郎が手に入れたいのは田舎での「持続可能な暮らし」だ。大げさにいえば「SDGs」。こんなにまっとうでつつましい目標に多くの人が共感するという事実に、バブル世代としては大いに驚き、未来への光明を見る。

③女性も最前線で闘う

 炭治郎は禰豆子を守るために鬼殺隊員となったのだが、炭治郎が窮地に陥ると、禰豆子も鬼と闘うようになる。そして強い。女性は「守られるべき存在」というジェンダー観は、もはや恥ずかしい、と言うかのように闘う。

 ジェンダー観の変化を感じた点がもう1つ。鬼殺隊には「柱(はしら)」と呼ばれる7人のリーダーがいるが、このうち2人が女性だ。女性がすごく多いとも言いづらい数だが、ウルトラ6兄弟が全員男だったことを考えると、これも社会の変化を感じざるを得ない。

④永遠なんていらない


 禰豆子は鬼化しているが、ふだんは可愛く、永遠の命を手に入れている。そんなに闘って人間に戻さなくても、今のままでいいんじゃない?とも思えてくる。

 この疑問に、テレビ編の終盤で炭治郎が答えてくれた。炭治郎は寝ている禰豆子につぶやく。おれが歳をとっていなくなったら、禰豆子は1人でさびしいもんな、と。
  

 なるほど、生きて、老いて、死んでいくことに人間としての価値があるのだと。機械の体を手に入れたくて宇宙を旅していた少年とはえらい違いだ。生きて、死んで、つないでいく──。これは「全体が持続性を維持するためには、個々は適切に入れ替わっていくべき」と読み替えることもできる。「動的平衡」の考え方だ。少年なのになんて深い哲学。これを老人が諭すように言うのではなく、少年が当たり前にそう思っているのがバブル世代には痛い…

 ふう。「ざっくり」と言いながら、けっこう書いてしまった…。かように何かを言いたくなるアニメがヒットするのは当然。私も見た、という人はぜひ語り合いましょう!(宮沢洋)