日曜コラム洋々亭38:つくり手の熱意が伝わる2冊に学ぶ、「建築はもっと面白がれる!」

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 今回の「洋々亭」は最近、私(宮沢)が刺激を受けた2冊を紹介したい。

お薦めの1冊目はこれ

 Office Bungaに新刊を送ってくれる方はたくさんいらっしゃるのだが、私はこのサイトを含めて、「書評」というものをあまり書いていない(送ってくださる方、本当にすみません)。こんな仕事をしているのでもちろん本は大好きだ。だが、私の面白がり方が「つくり手」に寄り過ぎていて、普通の読者の感想とは隔たりがあるような気がするのである。内容の深さより、「テーマ」とか「熱意」、「つくり方」で判断してしまう。

 しかし、そんな偏った見方でも、刺さる人には刺さるかもしれない。以前、“出版裏事情”みたいなことを書いたこの記事(祝!酒井一光本2冊同時発刊、本当のゴールは「売れること」)もけっこう読まれた。ということで、今回取り上げるのは、つくり手目線のお薦め本だ。

「技術」の面白さは一般の人にも伝わる

 取り上げる1冊目は、私の古巣、日経アーキテクチュアから送られてきた、出来たてホヤホヤの新刊「ARUPの仕事論-世界の建築エンジニアリング集団-」である。

「 ARUPの仕事論-世界の建築エンジニアリング集団-」 。価格:3,520円(税込)、ISBN:978-4-296-11109-1、発行日:2022年1月31日、著者:アラップ+日経アーキテクチュア、発行元:日経BP。ページ数:224ページ、判型B5。amazonはこちら

 奥付を見ると、「発行日:2022年1月31日」とあるので、まだ関係者しか見ていないと思う。amazonではすでに買えるようだ。→https://www.amazon.co.jp/dp/4296111094/

 まず、「アラップ(ARUP)」というテーマに「やられた!」と思った。知らない人のためにざっくり説明すると、アラップは世界で広く活動する総合エンジニアリング会社である。シドニー・オペラハウスを実現した影の立役者として知られる(影でもないか……)。


 私が独立した最大の理由は、「建築の面白さを専門家以外にも伝えたい」ということで、独立後に上梓した『隈研吾建築図鑑』も『誰も知らない日建設計』も、一般の人が面白がれるようにつくった。前者は「デザイン」、後者は「組織論」が核になっている。実は「技術」もいつか必ずやろうと思っていたテーマだった。なので、「アラップを先にやられた!」という悔しさが強くこみ上げてくる。

 本書の主食部分は、WEBサイト「日経クロステック」の連載「アラップ・トータルデザインの舞台ウラ」からの抜粋だ。2012年から10年近く続く人気&長寿連載である。90本を超えるリポートの中から30本を厳選して再構成している。

 例えば、レンゾ・ピアノのザ・シャード(ロンドン、2012年)、ヘルツォーク&ド・ムーロンのテートモダン増築(ロンドン、2016年)、ザハの北京大興国際空港ターミナル(2019年)、坂茂の台南市美術館(2019年)などだ。現在進行中のシドニー・オペラハウスの大改修も載っている。通常なら意匠設計者目線で描かれる実現過程が、技術目線で描かれるので、そりゃ面白いに決まっている。

 とはいえ、この連載はWEBでタダで読める。頑張れば、昔の記事も遡って読める。タダでも読めるものを、お金を出して紙で読むメリットは何か。最大の理由は、ビジュアル性と一目瞭然性だろう。

 編集者を褒めたいのは、判型がB5判であること。WEB連載の書籍化というと、WEBの写真データを使い回したいがために、A5判とか四六判とか、小さい判型にしがちだ。WEBサイトの画像は大抵、長辺が1000~1200ピクセルなので、A5であれば、WEB画像が半ページくらいの大きさで使える。しかし、B5になると、ほとんどの画像は、元データを探すことになる。10年も続く連載だから、元画像が保管されているとは思えず、多くは提供者からもらい直しになるだろう。

 普通は面倒くさいからやらない。でも、この本は、グラビア性が売りだと考えB5にした(たぶん)。狙いは当たっており、ペラペラめくるだけで楽しい。ネウシトラ(デザイン事務所)によるエディトリアルデザインもかっこいいので、多分、建築に詳しくない人でも読みたくなる。「技術の面白さは一般の人にも伝わる」ということを、この本を読んで確信した。

 もちろん、「私だったらこうするなあ」というところもいろいろあるが、人にお薦めできる本である。何より、私自身が技術系の本をつくるときのヒントをいろいろもらった。献本、ありがとうございます。

伝説のブルータス西田編集長、最後の建築特集

 もう1冊は、書籍ではなく、雑誌「ブルータス(BRUTUS)」。2月1日に発売となる通巻955号で、特集は「建築を楽しむ教科書-小さな建築、愛される建築-」だ。

ブルータス2022年2月15日号(2月1日発売) No.955「建築を楽しむ教科書 小さな建築、愛される建築」、マガジンハウス刊、800円(税込)

 本屋に行ったら、まだ売っていなかったので、表紙をアマゾンから拝借した。アマゾンはこちら→https://www.amazon.co.jp/dp/B09PM7877T

 以下は、次号予告より。「小さくて愛される建築〈カトリック宝塚教会〉を知っていますか? 村野藤吾が手がけたこの秀作同様、全国には地域で愛され続ける小さな建築が数多くあります。美術館、図書館、公民館、教会……。建築史の文脈からはもちろん、旅して見て触れて楽しい名建築を巡ります。次号は『建築を楽しむ教科書–小さな建築、愛される建築』。若手建築家が日本を変える、建築の未来も追いかけます」。

 なぜ、まだ見ていない号をお薦めするかというと、私が一部、取材に協力しているからである。私の話がすごい、ということではなく、そのページの着眼点と、それに投じられたエネルギーがすごかったのである。

 私が協力したのは、特集の中の「建築ほめ言葉辞典」という見開きページ。まず企画内容を聞いたときに「やられた!」と思った。これは、私の発想にはなかった。そうか、一般向けに「建築の褒め方」を解説するという手があったか……。

 私のコメントとともに、私がこれまで「建築巡礼」や「隈研吾建築図鑑」に描いたイラスト計11点が補足的に使われている。私は編集者とのやりとりの途中で、何度か「本当に2ページにおさめるんですか?」と確認し、「どうせ入らなくて削るか、ページを増やすんだろう」と思っていた。だが、校正が送られてきたら、2ページにびっちり収まっていて驚いた。まさに「辞典」だ。

 私がグダグダ話した内容をきれいにまとめてくれたのは、知る人ぞ知るライターの平塚桂さんである。最初から平塚さんでも書けそうな内容だが、そういう贅沢な人の使い方も、「さすがマガジンハウス」と感心した。

 たった2ページにこんなにエネルギーをかけて、特集全体はどんなものになっているのか……。

 ブルータスのファンなら既にご存じと思うが、14年の長きにわたって同誌の編集長を務めた西田善太さんが昨年末に編集長を退任した。しかし、実質的にはもうしばらく編集の指揮を執るらしい。それでも、これが西田さん最後の建築特集であることは間違いない。私のページがあろうがなかろうが、必読だ。(宮沢洋)

その後、実物が送られてきたので、当該ページをチラリと