何かと話題の隈研吾氏がシャープの「空気清浄機」の発表会に登壇するというので行ってきた。
「何かと話題」のきっかけは、隈氏の転機になったとされる「那珂川町馬頭広重美術館」(2000年)の外装木ルーバーがボロボロになっていて近々改修される、という報道だ。これについて筆者は1年ちょっと前、まだ改修が決まっていない頃にこの「日曜コラム洋々亭」に書いた。筆者の考えはその時と変わっていないので、そちらを読んでほしい。
おそらく広重美術館の木ルーバーが話題になっているためと思われるが、熊本の青井阿蘇神社の記事もすごく読まれているので、これもご参考まで。
今回、空気清浄機の件に絡めて書こうと思ったのは、なぜ筆者が「隈研吾」と聞けばあちこち見に行っているのか、である。隈氏の建築がそんなに好きなの?と聞かれることもある。もちろん、嫌いではない。というか、嫌いな建築はほとんどない。だが、自分にとって3本の指に入るくらい好きか、と問われればそんなことはなく、本サイトでもよく書いているように谷口吉生とか村野藤吾とかの方が好きだ。
それなのに隈氏の活動をウオッチし続けているのは、筆者自身の活動テーマである「建築を一般の人に開く」という方向に一番シンクロする建築家だからである。ゆえに、独立第1作の書籍は『隈研吾建築図鑑』(2021年、日経BP刊)だった。
その本の「あとがき」で「なぜ隈研吾なのか」について書いているので、今、改めて世に表明しておきたい。
実を言うと、隈研吾氏の建築がすごく好きだった、というわけではない。筆者は1990年から2020年まで30年間、建築専門雑誌「日経アーキテクチュア」の記者として、隈氏を見てきた。隈氏の建築はどれも「写真映え」する。話もうまいので、雑誌に取り上げやすい。しかし実物を見ると、その挑戦的なディテールや、表裏のはっきりしたデザインに、「あれ?」と思うことも少なくなかった。10年前までは、「日本を担うかもしれない」建築家の1人にすぎなかった。
しかし、この10年間の隈氏の活躍の華々しさは、筆者の予想をはるかに超えていた。「なぜこれほど依頼が舞い込むのか」「なぜここまで一般に受け入れられるのか」。そんなことを考えさせる建築家は、それまでいなかった。
その理由探しに真剣に向き合おうと思ったのは、自分が出版社を辞めたからだ。「建築の面白さを専門家だけでなく、一般の人にも伝えたい」。そんな思いが強まり、得意のイラストを武器に「画文家」として独立した。その第一歩にふさわしいと思えたのが本書だった。(太字部は『隈研吾建築図鑑』/2021年の「あとがき」から引用)
「なぜこれほど依頼が舞い込むのか」「なぜここまで一般に受け入れられるのか」──。隈氏が精力的に活動を続ける限りは、手を抜かずに見て回ってその理由を考え続けたいのである。
メーカー発の情報を明らかに上回る隈氏のコメント
発表された空気清浄機も、なるほどねえと思う物だった。会見の案内には具体的な説明は何もなかった。筆者はてっきり、ソリッドなモノリスみたいなものを出してくるのだと思っていた。こっち方向か…。
以下、プレスリリースより。
空気清浄機は、一般家庭をはじめ人々が多く集まる公共施設や宿泊施設、オフィスなどに広く普及する一方で、木材などの自然素材を使用したこだわりの上質空間に調和する空気清浄機の創出が求められていました。本機はKKAA監修のもと、日本の伝統的意匠である「簾虫籠(すむしこ)※」や「障子」から着想を得た細かな木の縦格子を外装に採用。家具のようにさまざまな上質空間に溶け込む高品位なデザインを実現しました。
木工職人たちの手で丹念に組まれた外装は、一つひとつに異なる表情を持ち、時間が経つほどに木の表面が濃くなるなどの変化が生じて愛着が生まれます。当社は、家具のように愛着を持って長く使い続けていただける新しい家電製品の在り方を提案してまいります。
品名 プラズマクラスター空気清浄機
形名 FU-90KK
希望小売価格(税込) 550,000円
発売日 2024年10月21日
月産台数 最大100台
※簾虫籠(すむしこ): 日本の伝統的建築物で、竹で編んだ簾(すだれ)のような窓のこと。
■ 主な特長
1.日本の伝統的意匠「簾虫籠(すむしこ)」や「障子」から着想し、本物の木材を外装に採用
本機はKKAA監修のもと、日本の伝統的意匠である「簾虫籠(すむしこ)※」や「障子」から着想を得た細かな木の縦格子を外装に採用。幾つかの角度を付けて配置した縦格子は、どの方向から見ても同じ見え方となるようにこだわりました。動作状態を確認する表示部も控えめな明るさとするなど、家具のようにさまざまな上質空間に溶け込む高品位なデザインを実現しています。
2.一品一様のオーク無垢材を木工職人が一本一本選定。美しい木目と品質耐久性を両立
縦格子にはホワイトオークの無垢材を採用し、一品一様に表情の異なる格子を木工職人の手で一本一本丹念に組み上げました。また、天面は6枚の突板を異なる角度で貼り合わせる工法により、木の反りや割れを極力抑え、美しい木目と品質耐久性を両立しました。時間が経つほどに増していく木の色の変化を楽しみながら、家具のように愛着を持って長くお使いいただけます。
3.プラズマクラスターやHEPAフィルターを搭載。大風量の空気清浄機として基本性能も充実
空気清浄機としての基本性能も追求しました。シャープの独自空気浄化技術「プラズマクラスター」を搭載したほか、今回のデザインコンセプトに連動し、キレイな空気を4方向に放出できる風路を新開発。花粉やアレル物質、ウイルス、菌などを捕集する静電HEPAフィルター、2つの脱臭機構でさまざまな臭いに対応するダブル脱臭フィルターと合わせ、40畳(66m2)まで対応可能な大風量モデルとして高い空気清浄能力を発揮します。
プレスリリースというものは、あくまで客観的な性能と差異の説明だ。多分、これを読んでもほとんどの人は「ふーん」という感じであろう。それに対して、隈氏が“世に求められる理由“は、その短いコメントからも読み取ることができる。とにかく“位置付け“がうまいのである。以下、リリースからの引用だ(当日の会見でも同じような話をした)。
<建築家・隈 研吾(くま けんご)氏のコメント>
プラズマクラスターイオンのテクノロジーが自然界と同じ原理であることが、私たちが建築で目指していることに非常に近いと感じています。今回完成したプロダクトを見て、機械っぽさが完全に消えたと自分でもびっくりしました。和の空間はもちろん、そこに在るだけであらゆる空間全体を引き立てる力があると思っています。木の家電を建築の中にどんどん使っていくような時代がここから始まるかもしれない、そのぐらい大きな期待を持っています。空気清浄機がもっと身近になり、木を纏うことによって心も癒してくれたらいいなと思います。
素晴らしい。人にどう伝わるかが考え尽くされている。分解すると、ポイントは3つある。
①プラズマクラスターイオンのテクノロジーが自然界と同じ原理であることが、私たちが建築で目指していることに非常に近いと感じています。
→シャープのプラズマクラスターイオン技術が自分たちの設計姿勢に近いと伝えることで、単なるビジネスでなく社会的意義が大きいと感じさせる。
②今回完成したプロダクトを見て、機械っぽさが完全に消えたと自分でもびっくりしました。和の空間はもちろん、そこに在るだけであらゆる空間全体を引き立てる力があると思っています。
→「自分でもびっくりした」が重要。これは普通の建築家だと「機械っぽさを完全に消すことを目指した」と言うところで、結果に責任は持たない。ところが、隈氏は「自分でもびっくりした」と驚いた上で、「あらゆる空間全体を引き立てる力がある」とその効果をアピールする。これは、メーカーにとって嬉しい。
③木の家電を建築の中にどんどん使っていくような時代がここから始まるかもしれない、そのぐらい大きな期待を持っています。
→なんだかすごい瞬間に立ち会っているのかもしれない、という歴史的意義も加える。この文字数でこれよりも魅力的なコメントは、どんな優秀なゴーストライターがいても書けないと思う。
もちろん、“位置付け力”がすごいというのは「プラスα」の能力で、デザインに対する執着も普通ではない。このルーバー、本当に無垢の木材(5㎜×10㎜のホワイトオーク)だ。普通なら木材風の樹脂を使うところだろう。しかも1本1本の設置角がバラバラなものを、ほぞを切って横材にかませている。これはつくるのが大変。木工を担当した岡崎木材工業は、隈氏がシャープに紹介したという。耐久性の面でも、無垢材を使う家電って、どれだけクリアする課題が多かったことか…。「デザイン監修」といっても広告上のお飾りではなく、これは“小さな隈研吾建築”と言ってよいだろう。
さて、今年はあと何回隈氏の記事を書くことになるであろうか。“大家“として安定に向かう気配は全くない。3年前、隈氏を独立第1作のテーマにしたことに間違いはなかったと、当時の自分を褒めたい。(宮沢洋)