
第2回の開催となる「みんなの建築大賞2025」で、一般投票1位の「大賞」が「茨木市文化・子育て複合施設 おにクル」(設計:伊東豊雄建築設計事務所・竹中工務店JV)に贈られたことはすでに報じた(こちらの記事)。推薦委員による選考会議で先に決まっていた「推薦委員会ベスト1」も同施設に贈られ、初のダブル受賞となった。
この賞、文化庁とジンズ(JINS)に協力いただいて進めたものだが、基本的には約30人の推薦委員によるボランティア活動なので、賞金はない。小さなトロフィーを用意するのがやっとだ。にもかかわらず、プリツカー賞をはじめ、あらゆる建築賞を総なめにしている伊東豊雄氏が授与式(於:国立近現代建築資料館)に来てくれた。

伊東氏は「一般の人たちの投票により賞が決まるというのは、まさしく『みんなの建築』賞ということ。『おにクル』は、利用者のためを思う自治体の素晴らしい協力体制のもとで建築が進行し、今は毎日、大変多くの人が来てくれている。そういう建築でこの賞をいただけたことはありがたい」と喜びを語った。

終盤に巻き返した「おにクル」の得票行動を分析する
この賞の言い出しっぺである筆者(宮沢)は、今回の「おにクル」の票の集め方がとても感慨深い。まさに“まちぐるみ”と言ってよい得票のプロセスだったからだ。
すでに公表している上位5件の得票経緯を少し詳しく見てみよう。今回の一般投票での獲得票数トップ5は、上位から順に「茨木市文化・子育て複合施設 おにクル」、「ジブリパーク 魔女の谷」、「グラングリーン大阪」、「エバーフィールド木材加工場」、「伊豆市津波避難複合施設 テラッセ オレンジ トイ」だった。

前回(第1回)は投票手段が「X」(旧ツイッター)だけだったが、「Xのアカウントを持っておらず投票できない」という声がかなり聞かれたため、今回は「Instagram」と「Googleフォーム」でも投票できるようにした(得票数は3メディアの単純合計)。この3つでバランスよく得票したことが、おにクルの勝因といえる。
おにクルは、XとInstagramではいずれも2位。もし前回と同様にXだけで1位を決めていたら、大賞は「グラングリーン大阪」だった。

投票期間は1月27日~2月5日の10日間で、中盤の5日目~7日目までは、Instagramで票を伸ばした「ジブリパーク 魔女の谷」たトップを走っていた。

おにクルは最後の3日間で大きく票を伸ばしたことがわかる。この期間に限定した内訳は公表していないが、特に大きな伸びを示したのはGoogleフォームでの得票だった。
Googleフォームの投票は、XやInstagramと比べると“自然拡散”がしにくい。検索しても投票先のURLは見つかりにくい。このBUNGA NETの記事か、TECTURE MAGの記事からリンクで飛ぶのが通常ルート。もしくは、URLを誰かから聞くかだ。つまり、何かしらの“縁”がある人の間でないと広がらない。
だから筆者は、Googleフォームでの票数が最も少ないだろうと予想していた。だが、おにクルはXを上回る票をGoogleフォームで獲得した。
なぜGoogleフォームでそんなに票が取れたのか。終盤になって知ったのだが、おにクルではこんな呼びかけをしていたのである。

おにクルの館内に設置された投票呼びかけボードだ。右下のQRコードは、BUNGA NETの「投票開始」の記事に飛ぶ。
こうしたものが投票期間中、1階のインフォメーションだけでなく各フロアに設置されていたという。


このことを知った地元のWEBメディア「茨木ジャーナル」から、「投票を呼び掛ける記事を載せたい」という連絡が筆者にあり、この事実を知った。

他にも、おにクルの近くにある高校の先生が「おにクルに恩返しをしよう」と生徒たちに呼びかけている、という涙が出るような話も耳にした。茨木市の福岡洋一市長が投票終盤にXで呼びかけたことも最後の伸びには大きかったと考えられる。
こういう呼びかけが人に届くのは、そもそも施設の側に「クリエイターとともに運営を組み立てていく」という姿勢があったからだと思う。私なら急に言われても、「自分たちの手柄のためでは?」と勘ぐってしまう。
なぜそう思うかというと、おにクルにはオープン直後にこういうパネル↓が掲示されていたからだ。






設計の中心になった建築家の紹介はたまに見かけることがあるが、コラボした各分野のデザイナーが写真入りでこんなに詳しく紹介されているものを筆者はこれまでに見たことがない。
冒頭に書いたように、筆者はこの賞の言い出しっぺだ。なぜこういう賞が必要だと考えたかというと、公式には賞の趣旨にも書いてあるように「既存の建築賞は、建築界の権威付けにはなっても、一般の人に全く伝わっていない。世界に誇る魅力的な建築の数々を一般の人に知ってもらう機会を逸し続けている(建築文化への理解が高まらない一因である)」という問題意識をずっと持っていたからである。
だが、それはかなり先の目標であって、もっと手近な目標としては「その建築の所有者や利用者にその魅力や価値を知ってもらいたい」という思いがあった。
建築設計者の間で最も評価の高い賞は「日本建築学会賞作品賞」であろう。すでに75年の歴史を持ち、毎年数件しか受賞できない狭き門。しかし、筆者はこの賞を受賞した建築の所有者や運営者が「受賞したことを知らない」という場面をたびたび目にしてきた。いわんや「利用者」をや、だ。

前回(第1回)の大賞をとったのはVUILD代表取締役CEOの秋吉浩気氏による「学ぶ、学び舎」だった。東京学芸大学の工房だ(詳細はこちら)。
これは延べ面積300㎡弱の小さな建築。筆者は正直こんな小さな施設が票を集めるとは予想していなかったが、投票が始まると、秋吉氏本人による積極的な発信と、東京学芸大学公式Xの応援発信もあって、見事得票数1位となった。




この時にも、本当の意味での「みんなの建築大賞」に一歩近づいたと思った。そして、今回のおにクルでさらに大きな手応えを得た。結果が思い通りにできない賞ゆえに、想像を超える広がりが面白い。1年後の第3回も注目していただきたい。(宮沢洋)
賞の結果をご存じなかった方は下記をクリック!
伊東豊雄氏らの「おにクル」が大賞と推薦委員会ベスト1をW受賞、「ジブリパーク」は特別賞──「みんなの建築大賞2025」結果発表&推薦委員全コメント集

