パレスサイドビルの「還暦」を祝う毎日新聞社の建築愛と、少しだけ旧香川県立体育館のこと─日曜コラム洋々亭85

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 今日のコラムでは、9月4日(金)からスタートした緊急連載「アーキテクトボイス50─旧香川県立体育館に思う」(まとめページはこちら)への熱い思いを書こうと思っていたのだが、話題を変えることにした。直接それについて書くよりも、もっと伝わりそうな題材を取材させてもらったからだ。毎日新聞社の主催で9月1日に開催されたパレスサイドビル開館60周年記念シンポジウム「建築と『創造の場』~過去から未来へ~」である(毎日新聞社の社告はこちら)。

シンポジウムの会場であり、テーマでもあるパレスサイドビル(1966年竣工)。東京・竹橋、皇居のお堀端に立つ(写真:宮沢洋、以下も)
シンポジウムの様子。画面の中心に映るのは日建設計工務(現・日建設計)で設計の中心になった林昌ニ(1928−2011)

■パレスサイドビル開館60周年記念シンポジウム「建築と『創造の場』~過去から未来へ~」
<主催>毎日新聞社
<共催>毎日ビルディング
<特別協賛>日建設計
<日時>9月1日(火)16時~17時半
<会場>パレスサイドビル5階・日建設計「PYNT竹橋」

 1966年に日建設計工務(現・日建設計)の設計で完成したパレスサイドビルが2026年10月1日に開館60周年を迎える。それを記念してパレスサイドビルの魅力や、今後の可能性について約2時間にわたり語り合った。登壇者は大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」を設計した建築家の藤本壮介氏、1級建築士の資格を持つ俳優の田中道子氏、日建設計取締役会長の亀井忠夫氏、毎日新聞学芸部長の鈴木泰広氏。

 大した期待もせずに見に行ったのだが(すみません)、その“愛の深さ”に驚いた。まず、冒頭に挨拶されたのがこの方。

 このテーマなら普通、施設担当の役員とか総務部長とかが挨拶すると思うではないか。なんと毎日新聞社の齋藤信宏代表取締役社長だ。

 齋藤社長の堅苦しくない挨拶がまた見事で、この会のトーンが瞬時に伝わった。冒頭、こう語ったのだ。

「パレスサイドビルは私と同じ年に生まれました。今年、還暦です」。

 そうか、60周年って微妙な節目だと思っていたのだが、「還暦」か。そう言われて一気に人間的な親近感が湧いてきた。

 その後は、藤本壮介氏による30分ほどの基調講演。テーマは「私が好きな名建築」。広島の平和記念資料館(丹下健三)からパレスサイドビルまで、戦後モダニズムのいくつかの名作の魅力を語った。

 これも良かった。藤本氏が自作を語るプレゼンテーションのうまさはよく知っているのだが、自分の設計ではない建築を解説する、というか「褒める」のがこんなにうまい人だったのか。これから建築の番組を企画するテレビ局の人、藤本さんは逸材ですよ!

 

 ちなみに、なぜ藤本氏がこのシンポジウムに呼ばれたかというと、藤本氏が「2025毎日デザイン賞」と「第67回毎日芸術賞」を受賞したからである(いずれも「大屋根リング」が高く評価された)。

 続いては、4人が登壇してのパネルディスカッション。1時間以上、1つの建築について語り続けるって、建築系のイベントでもあまり聞いたことがない。それでも決して飽きる感じではなかった。

向かって左側席は藤本壮介氏と田中道子氏
田中氏と藤本氏がともにイチ推しポイントに挙げた、外装の漏斗状雨樋。縦管が詰まった時に目視でわかるよう、1層ごとに切ったデザインになっている。田中氏は「かわいい」と絶賛。藤本氏はそれを受けて「設計の中に異なる方向性のものが共存している」と指摘
日建設計取締役会長の亀井忠夫氏(左)と毎日新聞学芸部長の鈴木泰広氏(右)。鈴木氏は進行役
亀井氏は、パレスサイドビルのプロジェクトで林の番頭的な役割だった故・平井堯の直属の部下だった。東京ドーム、JTビル、クイーンズスクエア横浜などは平井の下で担当した。数は少ないが林とも一緒に仕事をしたことがあるという
これはパレスサイドビル・ファンにはよく知られる起工式の日に毎日新聞に載った完成イメージ。着工なのに、まだ2つの円筒(ダブルコア)が存在せず、センターコアの計画。このあと、杭の位置を変えずに、設計を見直した
ディスカッションの終盤には亀井氏も藤本氏も立ち上がって語り出す。投影されているのは、完成時の断面図(短辺方向)。地下に印刷工場があるのは知っていたが、「林は設計段階で2棟を完全に分け、その間に光を入れようとしていた」という話は初耳。そう言えば完成時の『新建築』に、「廊下が薄暗くなってしまったのは残念」みたいなことが書いてあったな…

 そんな登壇者たちのパレスサイドビル愛を1時間も聞いていたら、自分も推しポイントを言いたくなってきた。何しろ筆者は近著『最強TOKYO名建築図鑑』の中で、「東京で見るべき50件」の中にパレスサイドビルを選んだ人間である。この日は手を挙げて発言する時間はなかったので、ここで書いておく。

 まず、外回りでいうと、なんと言っても屋上。ここの屋上の気持ちよさは、筆者の個人ランキングでは都内ベスト1。皇居もよく見えるし、360度ほぼ全方向見える。その気持ち良さの根源は、当初センターコアだったものを、両サイドの円筒に振り分けて真ん中に何も置かないことにしたことによる。機械設備も屋上のデッキから一段下げたところに隠す徹底ぶり。学ぶことが多い屋上だ。

この写真は「東京建築祭2026」での週末公開の様子。平日の昼前後なら誰でも入れる

 内部のイチ推しはこれ↓。通称「夢の階段」。地上1階の中央廊下と地下1階のコンコースを結ぶ、ステンレス線のネットで段板を吊るした独創的なスケルトン階段だ。

 この階段についてあまり知られていない逸話を披露すると、この階段の下の方にあるリング状の手すりは、当初はなかった。これは2006年に加えられたもので、林本人のデザインによる。前職時代、日経アーキテクチュア2007年7月9日号の「されど、手すり」という特集(すごく読まれた!)の中で筆者が直接林に聞いたので間違いない。

 当時の記事(こちら)から林のコメントを引用する。

「昨年(2006年)の初めのこと、ビルを管理する会社から『手すりが低くなっている部分に手すりを足してほしい』と相談があった。ここの手すりは上から下まで1本のステンレスパイプでできている。高さ1mほどのところにランディング(踊り場のように踏み板が広くなった部分)があり、ランディングよりも下は手すりが低くなっている。手すりを頼って階段を下りてきた高齢者がこの部分でつまづいた、とクレームがあったのだという。私としては大変うまくいったと考えていた手すりなので、最初は、本当にそんなことがあるのかしばらく観察させてほしい、とまで言った。けれども、いろいろな人が来る施設なので、事故が起きてからでは困るという管理者の考えもわかる。変な手すりを付けられるくらいならば自分でデザインしようと、スケッチを描いて、手すりを足した」。

 新たに付け加えた手すりの感想を聞くと、「何とか我慢できるものにはなったと思う」と林は答えた。

 林は当時78歳で日建設計名誉顧問という立場。そんな人が「変な手すりを付けられたくない」と、自分でスケッチを描く執念。そして、そのデザインが絶妙。なぜ線材のデザインの上に丸なのか…。でも違和感はない。藤本氏の「異なる方向性のものが共存している」という指摘を聞いて、これもそうだな、と思った。

危機に到る前の“普段の建築”を褒める社会に

 このシンポジウムを見ていた人は、みな何だか幸せな気持ちになったのではないかと思う。まだまだ元気で活躍している人の「還暦パーティー」のようだった。皇居脇の超一等地なので今後が心配になることもあるが、この人たちなら「古希」「喜寿」「米寿」「白寿」も祝ってくれそうな気がする。 

 そして、当初書こうと思っていたことを少しだけ書くと、こういうことが全国各地で当たり前に行われる社会が筆者の目指す未来の日本なのだ。

 議論の渦中にあるこの「旧香川県立体育館」が、そんな未来への道標となることを願っている。(宮沢洋)