まち・建築・ビジネス、田中仁の建築ヒストリー11:建築家VS.事業家――建築家と事業家の違いを理解したとき、はじめて本当の対話が始まる

Pocket

JINSの田中仁氏による連載記事もあと2回を残すばかり。これまで青木淳氏や藤本壮介氏をはじめとする建築家との協働を通して、まちやビジネスとの間をどう行き来してきたかを振り返ってもらった。今回は、事業家の視点から建築家との関係性を捉えてもらう。(ここまでBUNGA NET編集部)

台北のTSUTAYA BOOKSTORE 大直NOKE店で2026年1月14日に開催されたBRUTUSと台湾ジンズのスペシャルトークイベントの様子。登壇者は、BRUTUS編集長の田島朗氏(写真左手の手前)の他、台湾ジンズ社長の邱明琪氏(写真左手の奥)と筆者の3人(写真:筆者提供)

 建築家と事業家は、違うようで、似ている。いや、似ているようで、やはり違う。

 連載も残り2回になった。これまで建築家との仕事を中心に書いてきたが、あらためて思うのは、建築家と事業家は違うようでいて、似ている共通点があるということだ。でも、やっぱり違う。

建築家も事業家も長い目で考えられる人が結果的に残る

 どちらも、まだ形になっていないものを相手にしている。建築家は、まだ建っていない建物を設計する。図面の上で、発注者の希望や、そこに流れる時間を想像する。その場所に人が立ち、歩き、会話し、時間が積み重なっていく姿を思い描く。

 事業家は、まだ世の中に存在しない商品やサービスを考える。お客様に受け入れられるだろうか、と半信半疑のまま、資金や人を投じる。どちらも、最初は頭の中にしか存在しない。

 どちらも、正解はない。データはある。分析もする。けれど、成功の保証はない。合理的ではあっても、確信はない。最後は、どこかで決めるしかない。決めなければ前に進まない不確実なものを引き受ける覚悟。ここは、建築家と事業家がよく似ているところだと思う。

 もう1つ似ているのは、物事を長い時間の中で考えるところだ。建築は完成までに時間がかかるし、完成したあとも長く残る。一度建ってしまえば、簡単には消えない。

 事業には「完成」はないが、続ける限りずっと変化し続ける。商品も、サービスも、組織も、少しずつ姿を変えていく。どちらも、今だけを見ていては続かない。短期で結果を求めすぎると、どこかで歪みが出る。長い目で考えられる人間が、結果的に残る。そんな気がしている。

 もう1つ、似ていると思うのは「翻訳」の仕事だということだ。建築家は、美意識や価値観を空間に翻訳する。光の入り方。素材の選定。空間の密度。人の動き。言葉では説明しきれない感覚を、空間という形に変えていく。

 事業家は、思想やビジョンを商品や組織に翻訳する。どんな社会をつくりたいのか。どんな価値を届けたいのか。どんな会社でありたいのか。そうした抽象的なものを、具体的な商品やサービス、組織の形に落としていく。

「どんな世界をつくりたいか」「何を美しいと思うか」「どうありたいか」——。そういう抽象的なものを、具体に落とす作業だ。だから、どちらも単なる専門職ではない。思想を形にする人たちだと思っている。

 そして、孤独だ。会議はあるし、議論もある。多くの人の意見も聞く。だが、最後に決めるのは1人だ。決断し、サインをして、責任を負わなければならない。ここまでは、わりと似ている。

建築家はアクセルを踏み、事業家はときどきブレーキを踏む

 でも、やっぱり違うところもある。いちばん違うのは、責任の時間軸だと思う。建築家の責任は、建物が完成したときに1つの区切りを迎える。もちろんその後も関わることはあるけれど、基本的には「作品」として世に出る。

 事業家は、完成してからが本番だ。商品を出して、売って、改善して、また考える。人を雇い、給料を払い、組織を維持する。責任は、時間とともに増えていく。建築家が「構想を結晶化する人」だとすれば、事業家は「結晶を持続させる人」なのかもしれない。

 判断の基準も違う。建築家は、空間の純度を守ろうとする。できるだけ削ぎ落とし、一貫性を保とうとする。事業家は、どこかで折り合いをつけなければならない。収支、人材、社会との関係、現実的な制約——。全部を見ながら決める。

 建築家がアクセルを踏むとすれば、事業家は、ときどきブレーキを踏む。その違いが、衝突を生むこともある。実際、建築家との仕事ではそういう場面も少なくない。だが、その緊張関係があるからこそ、空間は予定調和に終わらないのだと思う。

 美意識の扱い方も少し違う。建築家にとって、美意識は出発点だ。そこからすべてが始まる。事業家にとって、美意識はとても大事だが、それだけでは成立しない。経済や組織や社会とつながってはじめて、意味を持つ。

 建築家は、美を守ろうとする。事業家は、美を社会の中で機能させようとする。どちらも必要だ。

2025年5月、「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2025」のオープニング時に現地に集まったメンバー。日本館の展示キュレーター、青木淳氏(写真の中央)の後援会会長を筆者が務めた(写真:筆者提供)

 そして正直に言えば、私はどちらなのだろうと思うことがある。性分としては、たぶん建築家的な思考のほうが好きだ。削ぎ落とし、純度を高める方向に引かれる。できることなら、もっとシンプルにしたいと思う。けれど、その表現力や才能はない。

 代わりに、少しだけ商売の勘があった。それで、気づけば事業家として生きている。事業家には、折り合いが必要だ。予定調和も、時には必要になる。現実と向き合い、続けるための判断をしなければならない。

 本音を言えば、あまり得意ではない。でも、それを引き受ける役割なのだろうと思っている。

 建築家と事業家は、似ている。でも、やっぱり違う。その違いを理解したとき、はじめて本当の対話が始まる。そして、その対話の中から、ようやく“いい空間”が生まれるのではないか。

 残り1回では、もう少し先の話というより、少しだけ原点に戻ってみたい。建築に引かれた、いちばん最初の風景のことを書いてみようと思う。(田中仁)

※最終回は4月半ばに掲載予定

田中仁(たなか・ひとし):株式会社ジンズホールディングス代表取締役会長CEO、一般財団法人田中仁財団代表理事。1963年群馬県生まれ。1988年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001年アイウエア事業「JINS」を開始。2014年群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。同時に衰退していた地方都市・前橋のまちづくりに取り組み、2020年白井屋ホテルを開業し、現在も奮闘している(イラスト:宮沢洋)